1-5 稽古
翌朝、予定通り森へ行ったシャルロッテは、小屋に着くなりへたりこんだ。
「……大丈夫か?」
ハンスが呆れたように声をかけてくる。シャルロッテは溜息を吐きながら
「ただの筋肉痛よ」
と言った。
(昨日、クラウスに治癒魔法をかけてもらえば良かったのかしら)
クラウスは治癒魔法にSの適性をもつ。因みに、アルベルトは火Bと補助Aの適性持ちだ。
「ねえハンス。筋肉痛は治癒魔法で治ると思う?」
「そんなこと知らねえよ」
「そういえば、貴方の魔法適性は防御がSだったわね」
「それがどうかしたか? ……ってか、よく知ってるな。それも公爵家の情報網とやらか」
「まあね。……剣との相性が悪いと思っただけよ。私は補助魔法の使い手だから、剣を使うには最高だわ」
「ああ……確かにな」
「けど、まだろくに覚えていないから使えないの。今日は補助魔法を覚える日にして、明日はそれを使って稽古ということで良いかしら」
「1日じゃ治らねえだろ」
ハンスの言う通りだ。シャルロッテの筋肉痛は本当に酷く、歩くのも一苦労である。とても剣を振るえる状態ではないし、治るのに数日かかりそうだ。
「だから補助魔法を使うのよ」
「そんな無茶したら、体にガタが来るぜ」
「その時はクラウスに治してもらうから平気よ」
「クラウス……? って、第一王子⁉ そんな気安くて良いのか」
「良いのよ。いとこだもの」
「得だなあ」
「貴方も気安く話しかけて良いのではなくて? アインは気安く接しているわよ」
「別に、話したい訳じゃねえ。ただ、貴族や王族と気兼ねなく接せられる立場なのが羨ましいだけだ。アインはその……何を言っても許される感じがするから、また別というか」
苦笑して言うハンスをまじまじと見て、シャルロッテは首を傾げた。
「どうしてそんなに貴族が怖いの? いざとなったらその剣技で切り抜けられるじゃない」
「脳筋か」
「レディに向かって失礼ね」
「……貴族が怖いのは、両親の影響だと思う」
ハンスは語り始めた。
「オレの母親は、貴族の屋敷でメイドをしてて……そこで酷い目にあったらしいんだ。それで、オレが小さい頃から、貴族は恐ろしいから関わるなって言い続けてた。で、父親は商人なんだけど、貴族に騙されて大損したことがあるらしくて。何かある度に貴族の悪口を言ってたんだ」
「……」
「そんな話を聞き続けてたら、怖くもなるだろ。関わったら最後、何をされるか分かったもんじゃねえ」
「刷り込まれてるのね……。どっちが剣聖の子なの?」
シャルロッテは、話に関係ありそうで無い質問を飛ばした。ハンスは嘆息する。
「……父親」
「騎士にはならなかったのね」
「ああ、剣聖の息子として扱われるのがプレッシャーで嫌だったらしい。まあ、剣自体は好きらしいけど」
「やっぱり強いの?」
「そりゃもう。オレに剣を教えてくれたんだ、強えって分かるだろ?」
「あら、てっきり剣聖に教わったのかと思ったわ」
「似たようなもんだ。親父は何やかんや言っても小せえ頃から剣聖に鍛えられて、しっかり剣聖並みの強さになってるぜ」
「商人なのに?」
「そう。護衛を雇わなくて済むから得とか言ってる」
ハンスは呆れたような顔で言っている。しかし、その瞳は誇らしげに輝いていた。
シャルロッテは苦笑しながら立ち上がる。
「そろそろ魔法を覚えに行くわ。また明日ね」
よろよろと歩き去るシャルロッテに、ハンスは
「ああ」
と呟いた。
翌日。朝早く、シャルロッテは森に着くなり詠唱した。
「術式展開。補助の書14節、全身強化」
筋肉痛が嘘のように引いていく。体を動かすのに何の支障も無く、これなら剣を振るえると思えた。
「随分と早いお着きで、お嬢様」
ふざけて言うハンス。既に剣を抜き、ぶらりと軽く持っている。
シャルロッテは風のように駆け、勢いよく斬り上げた。
「っ!」
いない。いつの間にか横に回り込まれている。
「おっ?」
ハンスが横から突き出した剣は、シャルロッテの剣の柄に阻まれた。
「これに反応するか」
「補助魔法って凄いでしょう?」
シャルロッテは得意気に微笑む。
それからしばらく打ち合って、速さも上がっていった。まだいける……互いにそう思い、更に速く動こうとした時。急に、シャルロッテの動きが落ちた。
「⁉」
ハンスは反応しきれずに、剣を当ててしまう。シャルロッテの制服の袖がすっぱりと斬れ、腕から血が滲み出た。
「悪い! 大丈夫か⁉」
「平気。掠っただけよ。流石ね、普通の人ならもっと、ざっくりいっちゃってたわよ」
シャルロッテは息を切らしながら言った。悪いのは自分だ。補助魔法の効果が切れる前に中断すべきだったのだ。
何とも言えない表情で固まっているハンスに、シャルロッテは苦笑する。
「気にしないでよね。私が今動けないのは、筋肉痛のせいよ。昨日より酷くなってるわ」
「その……斬っちまった所は」
「全く痛くないわ。筋肉痛で紛れているし……もう血も止まってる、本当にかすり傷なのよ」
そう言ってから、シャルロッテは再び同じ魔法を使って立つ。
「貴方こそ平気? 強引に動きを止めたでしょう」
「ああ、鍛えてるからな」
「なら、仕切り直しよ」
「まだやるつもりか」
ハンスは呆れたように言った。
「補助魔法無しじゃ立てねえ状態なのに、これ以上やったら……」
「大丈夫。帰りに使う分の魔力は残しておくわ」
「そういう問題じゃねえだろ」
「心配してくれてありがとう。けど、私は引かないわ」
「……どうなっても知らねえからな」
こうして、シャルロッテは毎日のように剣の稽古に励み、3週間が経過した。