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1-2 剣を買う

 翌朝、目覚めたシャルロッテは呆然とした。

「何、この記憶……」

 自分の記憶の他に、もう一つ。玲奈という名の少女の記憶。曖昧な部分も多いが、死の直前まで公式サイトを見ていた乙女ゲーム「ブランクコード」に関することはハッキリ覚えていた。

(前世ってやつ? 玲奈は、乙女ゲームの悪役令嬢に転生して、それが私ってこと? 昨日の状況からして、進行中のシナリオは第一王子ルートか第二王子ルート?)

 昨日起きた出来事は、ゲームと全く同じだ。第一王子ルートと第二王子ルートに共通する、シャルロッテ救出イベント。「シャルロッテを助けにいく」という選択肢を選ばなければ発生せず、このイベントを発生させなければ間もなくデッドエンドになる。

(ゲーム通りにいけば……私は1か月後に死ぬ)

 自分の死を回避するのは簡単だ。アインと関わらなければ良い。アインを魔獣から逃がすために死ぬのだから。

 逆に言えば、シャルロッテがいないとアインはその魔獣に喰われて死ぬ。

(そんなことはさせない。借りは返す。でも……)

 魔獣に喰われれば死体は出ない。それ故ゲームでは、サイドストーリーとしてシャルロッテの死にざまが描かれながらも、アインと2人の王子は「シャルロッテは生き延びていて、身を隠している」と信じて話を進めることになる。

(この1か月のことを考えれば、きっとその後もシナリオ通りに……。……そんなの、嫌。死にたくないし、死なせたくないわ)

 ベッドでごろごろ転がりながら、考える。しばらくして、止まった。

(……なんだ、簡単なことじゃない)

 ゲームの通りに事が進むなら、何が起こるか全て分かる。正しい選択肢を選んでもなお降りかかる災難からアインを守り、自分も生き残り続けるには……これしか無い。

 起き上がり、鏡の前に立つ。

(私が強くなれば良い)

 いかなる苦難も理不尽も、まとめて砕いて突き進む。その覚悟を、シャルロッテは胸に抱いた。



 制服姿で寮を出たシャルロッテは、一般学舎に入らず横を通り抜けて、体育館に向かう。

 今日は授業をサボるつもりだ。

(授業なんて、受けてる場合じゃないもの)

 前世の記憶のおかげで、授業内容も大体分かる。試験に支障は無いだろう。

 試験さえパス出来れば、サボっても許されるのだ。

 体育館に入り、まっすぐステージ裏に行った。そこには、演劇用の衣装が置かれている。その中から、男装に使えそうなものを拝借し、こっそり寮へ持ち帰った。

 自分の部屋で着替え、鏡を見ると、なかなかのイケメンがいる。

(よし、完璧!)

 この時間は、寮に誰もいない。見とがめられはしないだろう。

 今からこの格好で街に出て、剣を買う予定だ。

 わざわざ男装したのには理由がある。

 この国では、女の帯剣が認められておらず、買うことも出来ない。宗教上の理由だ。

 国教たるレリーシャ教の教義では、「女は前衛で戦うべきではない」となっている。そのため、剣などの近接武器を、女が持つことは禁じられているのだ。

 だから、ゲーム内のシャルロッテは、剣など持っていなかった。剣を得手としているにもかかわらず。

 シャルロッテが育ったグレンツは、移民の多い街だった。そのためか国教の教義を気にしていない人が多く、女でも普通に近接武器を持つことができた。

 グレンツの子供たち——特に男子の多くは、騎士団ごっこをして遊ぶ。いくつかの陣営に分かれて、刃を潰した剣で戦い合うのだ。そんな中に、シャルロッテも混ざっていた。

(楽しかったなぁ)

 騎士団ごっこをしている子供たちを、大人たちは注意するどころか面白がって、稽古相手になってやったり技を教えたりしていた。引退した元上級騎士が騎士団ごっこに参戦して、子供たちに絶技を味わわせたりもしていた。

 そのせいか、騎士学校ではグレンツ出身者が群を抜いて強い。騎士の中でも、頭一つ抜けて強い者はグレンツ出身者が多い。

(私はグレンツ最強だった。王都で剣は持てないと思って、忘れようとしていたけれど……)

 これから起こることが分かっているのに、剣を執らずにいられるものか。

 シャルロッテは拳を握り、街へ出た。



 少し歩き、目についた武器屋に入った。

「らっしゃい」店主らしきおじさんが声をかけてくる。「何をお探しで?」

「……剣を」

 シャルロッテはなるべく低い声を出した。女とバレたら売ってもらえなくなる。

「これなんていかがかな。魔力伝導が良く、扱いやすいですぞ。見た所、あなたは随分高い魔力を持っているようだし」

「分かるのか」

「ちょっとした特技で、見た相手の魔力量が分かるんですよ。ちょっと試してはどうかな」

「では、お言葉に甘えて」

 シャルロッテは、勧められた剣を手に取り、魔力を流し込んだ。

 剣は魔力を流すことによって強化できる。強化状態を保つためには魔力を流し続けなければならない。これは前世の記憶ではなく、グレンツで聞いたことだ。

(店主の言う通り、魔力を流しやすいわ。これにしよう)

 金貨を3枚渡すと、店主は目を丸くした。

「なんと。金貨3枚のところを特別に2枚で良いと言うつもりが……。こう言っても、いつも高すぎると文句を言われて結局買ってもらえないのに……」

「2枚で良かったのか……なら、これも貰って良いかな。釣りは要らない」

 帯剣用のベルトを手に取り尋ねると、店主はこくこくと頷いた。

「はいっ。持ってってください! ありがとうございました!」

 店主の声を後ろに聞きながら、シャルロッテは店を後にする。そのまま寮の部屋へ戻って剣を置き、着替え、衣装を返してまた寮へ。

「ふぅ」

 一息ついて、机に向かった。補助魔法の魔法書を開き、ページをめくって目的の魔法を探す。

(……あった、これね)

 熟読し、使い方を理解して、剣を手に取った。

「術式展開。補助の書35節、ステルス!」

 呪文を唱えると、瞬く間に剣が不可視となる。鞘から抜くと、ステルスは解けた。

 色々と制約が多いステルス魔法だが、剣をこっそり持ち歩くには充分使える。

(順調、順調)

 全て目論見通りに事が運んでいる。

(あとは、ハンスの協力を取り付ければ……きっと、上手くいくわ)

 ハンスはアインの幼馴染だ。いつも授業をサボって、秘密の場所で剣の鍛練をしたり本を読んだりしている。

 シャルロッテは、ハンスに剣の稽古相手になってもらうつもりだった。

(試験はサボれないから、試験明けになってしまうけど……楽しみね)

 シャルロッテは頬を緩めながら、明日からの試験の準備を始めたのだった。






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