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皇国

 目が覚めると知らない場所にいて、シャルロッテは溜息を吐いた。とりあえずベッドから降り、部屋を見渡す。

 高級感のある部屋だ。中央には長方形のテーブルがあり、それを囲うように2人掛けのソファーと1人掛けの椅子が2つずつある。ついさっきまで寝ていたベッドは天蓋付きで、鏡に映る自分は何故か豪奢なドレスを着せられている。

 まるでエルデ公爵邸に戻ったようだが、内装の雰囲気が全く違う。こちらの方が趣味が良いように思えた。

(……絶対死んだと思ったけれど……生きてるのね、私)

 大きく息を吐き、ベッドの上に腰を下ろす。マットレスが柔らかく沈んだ。

 傍のテーブルにベルが置いてあるのに気付き、鳴らしてみる。

 少しして、部屋のドアが勢いよく開いた。

「シャルロッテぇぇぇ!」

 声を上げて飛び込んできたアインが、そのまま突進してくる。

「ひゃっ⁉」

 押し倒される形になって、思わず声が漏れた。

 アインはシャルロッテの上に乗ったまま、顔をうずめる。

「うぅ……ぐす……ひっく」

「どうしたのよ、アイン」

「だって……だってぇ……」

 泣きじゃくるアインに困り果ててしまったシャルロッテは、開いたままの扉を見た。そこには、苦笑しているアルベルトがいる。

「ちょっとアルベルト。どうにかして頂戴」

「さっさと起きねーからだ」

「知らないわよ。起こしてくれれば良かったじゃない」

「起こそうとしたけど何しても無反応だったんだ。3日間ずっとだぞ」

 そう言って嘆息するアルベルトの後ろから、クラウスとハンスが顔を出した。

「良かった、起きたんだな」

「なんだ、元気そうじゃねえか」

 2人はアルベルトを押しながら部屋に入ってくる。

 シャルロッテは首を傾げた。

「どうしてクラウスとハンスまでいるのかしら。そもそも、ここはどこ?」

「レリーシャ皇国の、聖レリーシャ学園だ。俺たちの短期留学先」

 アルベルトは答えながらソファーに腰掛ける。それから、シャルロッテが気を失った後船着き場で何があったのかを語った。

 魔獣の因子やら木の精やら、予想もつかないような単語が出てきて、シャルロッテは半ば呆気に取られながら話を聞いていた。そんな中でも、自分がハンスのおかげで助かったのだということはよく理解できた。

「そういうことだったのね。ハンス、ありがとう」

 微笑んで言うと、ハンスは椅子に座りながら

「借りを返しただけだ」

 とだけ言った。

(借り? ……古代兵器と戦った時のことかしら)

 ともかく、目標だったハッピーエンドは達成された。危ないところだったが、こうして皆で皇国に来たのならもう安心だろう。

 そう思いながら、男3人の様子を眺める。クラウスとハンスが何か物申したげにアルベルトを睨んでいた。アルベルトはその視線をどこ吹く風で受け流している。

 シャルロッテは嘆息した。

「アルベルト。何か隠してるわね?」

「そうなんだよ、こいつ自分の生命力を——」言いかけたハンスを、

「とにかく!」アルベルトが大声で遮る。「そういう訳で、俺たち5人はここに泊まることになったんだ。この、聖レリーシャ学園敷地内の、特別来賓用宿泊施設に! 因みに、本来は兄ちゃんがやるはずだった王国内での諸々はウィリアムが代行してるぜ」

「僕より余程上手くやってるよ、ウィリアムは。任せて正解だった」


 この頃になってようやくアインはシャルロッテから離れた。とことこ歩いてアルベルトの隣に座り、小首を傾げる。

「ねえ、魔獣の因子ってどういうこと? 本当にわたしがヴァレリーを倒したの?」

 その発言に、皆は意外そうな顔をする。

「覚えてなかったのか?」

 アルベルトが尋ねると、アインはこくりと頷いた。

「うん。シャルロッテがヴァレリーの攻撃を受けたのを見て……気が付いたら船の上だったよ。その間に何が起こったか知らなかった」

「そうなのか……じゃあ、自分であの力を使ってた訳じゃなくて、魔獣の因子に乗っ取られてた感じだったのか? そりゃちょっとマズいな」

「マズいの?」

「んー……いや、アインは気にしなくて大丈夫だぜ」

 魔獣の因子由来の力はなるべく使わない方が良い、とアルベルトは考えていた。様々な危険性が考えられる上、何度も使えばアインがアインでなくなるような気がしたからだ。自分の意思が介在しない状態であの力を使っていたのなら、尚更その可能性が高い。

 考え込むアルベルト。そこに、クラウスの声が割り入る。

「アルベルト。そもそもこれを言おうと思ってお前を追いかけてこの部屋まで来たんだが……ちょっと前に父上から通信が入った。帝国は速やかにヴァレリーの部下や関係者を洗い出して拘束したらしい。もう危険は無いだろう、と」

「おお、早い。かなり焦ったんだろうな」

「で、帝国への賠償請求する段階に入ったが、何か帝国に要求したいものはあるか? って父上が」

「古代魔法に関する古文書を借りたい」

 アルベルトは即答した。クラウスは目を瞬かせる。

「あの帝国が、そんなもの貸してくれるか?」

「……俺を殺そうとしたことを不問にして非公表にする、くらいの条件はつけねーと駄目かもな。というか、その程度の条件をつけるだけで借りられると踏んでる。帝国式無詠唱魔法とやらを教えろって言ってる訳じゃねーし、古文書だけでメンツが守れるなら安いもんだろ」

「ああ、まあ、そうかもな。だが、こちらに不利な条件をつけるとなると……」

「あー……父ちゃんは渋るよな」

 アルベルトは少し考え、ニヤリと笑う。

「父ちゃんにはこう伝えてくれ。あんな魔法を見ちまったら、もう〈神の魔法書〉じゃ満足できねー。あの魔法に対抗できるような魔法を作ってやる! って」

「分かった」

 あっさりと了解するクラウス。その横で、ハンスが不思議そうな顔をする。

「作れるのか?」

「多分な。帝国式無詠唱魔法は古代魔法を参考に作られたらしいから、きっと俺にも似たようなのが作れる。にしても、レリーシャ教会って最悪だよな。教会の管轄地では古代魔法に関する古文書が焚書されてて残ってねーから帝国に借りるしかねーんだ」

「こんな所でそんなことを言うな」

 クラウスがたしなめると、アルベルトは肩を竦めた。

「さすがに皇国人の前じゃ言わねーよ」

「お前は言いそうだからなぁ……」

「言わねーって。それにこれは教会批判であって宗教批判じゃねーから」

「なら、来週の祝祭に王子として参加する件は」

「それは断っただろ。兄ちゃんだけで充分じゃねーか。第二王子なんか絶対要らねー」

「式典が嫌なだけだろう?」

「兄ちゃんも式典なんて出たくねーくせに。もういっそ、一緒にすっぽかそうぜ」

「それは出来ない。父上に釘を刺されてしまった。この時期に短期留学するからには云々……あと、アルベルトも絶対に参加させるようにって」

「……しょうがねーなぁ。分かった、俺も出てやる! ただし、途中で抜けるぞ!」

「おい」

「大丈夫、ちゃんと口実がある。剣術大会に出るんだ。兄ちゃんも出れば自然に抜けられるぜ? 大会運営の人に聞いたら、2人までなら参加枠にねじ込めるって言ってたから」

「……遠慮しておく。僕が出ても恥をかくだけだ」

 2人の会話を聞いていたシャルロッテは、剣術大会という言葉に心惹かれた。

 レリーシャ教の祝祭は毎年この時期に行われており、高度古代文明黎明期の逸話に基づいている。5日間に渡って行われるその祝祭の初日は、聖女レリーシャが天界から聖剣をもたらしたとされる日だ。そして最終日は、聖剣使いが魔神を次元の狭間に封じたとされる日である。

 この祝祭はレリーシャ教を国教とする全ての国で行われており、様々な出店や出し物が街を彩る。だが王国では、大会の類は何も開催されていなかった。

「ねえ、その剣術大会、クラウスが出ないならもう一人はハンスが出るのかしら?」

「出ねえ。オレが出たら優勝しちまうだろ」

「すれば良いじゃない」

「オレは目立ちたくねえんだ」

「そう言うと思ったわ。なら、私が出ても良いわよね?」

「……は?」

「あ、もちろん男装するわよ。女は参加させてもらえないものね」

 楽しそうに言うシャルロッテに、アルベルトも乗っかる。

「それ良いな。男装道具の調達は任せろ。剣はちゃんと回収して俺の部屋で預かってるから後で持ってくる」

「もし優勝でもしたら大笑いよね。無理だとは思うけれど」

 剣術大会での魔法使用は禁止なので、補助魔法には頼れない。しかも、おそらくは、皇国内外から数多くの手練れが参加する。シャルロッテはこの大会を、自分の実力を試すいい機会だと捉えていた。

「シャルロッテの剣技がどの程度まで通用するのか楽しみだぜ」

 そう言って笑うアルベルトに、シャルロッテも不敵な笑みを返す。

「期待して頂戴。貴方の護衛のシャッテとして、そう簡単には負けないわ」

 そんな2人を、ハンスは呆れたように眺め、アインはにこにこしながら見ていた。クラウスは頭を抱えるしかなかった。






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