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5-1 船着き場

 シャルロッテは慌てて寮を飛び出した。向かうは街の西の端。そこから出ると森があり、その奥が船着き場なのだ。

 急いでいるのは至極単純な理由だ。寝坊した。昨日の激しい戦いの疲れが出たせいだろう。

(ハンスにも声かけようと思ってたのに!)

 時間が無かった。部屋に「船10時発」とだけ書かれた紙が入れられていて、今は9時40分。普通に走っても間に合わないが、補助魔法を使って全力で走れば間に合う。

 そうして街を駆け抜け森を駆け、そろそろ船着き場が見える頃だろうと思って速度を緩めた時。

「待ってたぜ、シャルロッテ」

 上から声をかけられて立ち止まった。アルベルトの声だ。見上げると、彼は木の枝に座って手を振っている。その隣の木の上ではアインがにっこり笑っていた。

「……何してるの?」

 シャルロッテは思い切り胡乱げに尋ねた。アルベルトは肩を竦め、「見ろよ」とばかりに船着き場の方を指さす。

 ここからでは、船着き場は木に阻まれて見えない。シャルロッテは仕方なく近くの木に登って見た。

 船着き場の手前には、大量の円柱があった。地面から少し浮いた、人間くらいの長さと太さの、青色の円柱が。腕のような物も生えている。

「何あれ」

 思わず呟いたシャルロッテに、アルベルトが答える。

「古文書に載ってた機械兵によく似てる。多分、帝国の遺跡で掘り出された機械兵を研究して作られたものだ。ロストテクノロジーのはずだったが、あれを見る限り、量産できるまでに研究が進んでたらしいな。機械兵の強さは、古文書からの推定になるが、上級騎士くらいだと思う。つまり結構強い。その上、あの青い金属は魔法か魔力で強化した剣じゃねーと傷一つつけられない代物だ」

「どうするつもりなの? まさか、私に倒せとは言わないわよね?」

「言うぜ」

「さすがに無理よ、あの数は。すぐ囲まれて終わりだわ」

 シャルロッテは不満げに言った。それに対しアルベルトはニヤリと笑う。

「大丈夫だ。機械兵どもは木を障害物として認識してるみてーだからな」

「……どういうことかしら」

 意味が分からず眉をひそめるシャルロッテ。

 アルベルトは説明を加える。

「人の首にあたる部分に白いラインが入ってるだろ? あれはセンサーで、人間や障害物を認識するための物だ。人間には攻撃するし、障害物は避けようとする」

 そう言われ、シャルロッテはもう一度よく機械兵を見た。どの機械兵も、腕が当たらない程度に木と距離を保って移動している。

 シャルロッテは納得したように頷いた。

「木を上手く利用すれば良い感じに立ち回れるってことね?」

「その通り」

「なら、倒し方を教えて頂戴」

「古文書通りなら、人の頭部に当たる部分の破壊か切断だ」

「……ところで、貴方の火魔法で一方的に攻撃したりは出来ないのかしら? センサーの外からなら気付かれずに攻撃できるのではなくて?」

「残念ながら、魔法を届かせるにはセンサーの有効範囲内に入る必要がある。魔法で倒すにしても前衛か防御役が必要だ。まあシャルロッテの剣技があれば何とかなるだろ。こんなこともあろうかと時間を知らせておいて正解だったぜ」

「遅れて悪かったわね」

「いや、来るかどうか半々くらいに思ってた。疲れてるのは分かってたし、ゆっくり寝てても仕方ねーって。来なかったら引き返そうかと思ってたぜ」

 アルベルトはそう言いながら、木から下りて歩き出す。シャルロッテとアインもそれに倣った。




 その頃、学園の森では。

『街の西の森に機械兵が出た!』

『何かいっぱいいるよー』

 木の精が騒ぎ立てている。ハンモックに寝転んで本を読んでいたハンスは怪訝そうな顔をした。

「何だいきなり。西の森の情報なんて要らねえよ」

『西の森には今、アインがいるよー?』

「それを早く言え!」

 慌てて起き上がるハンスに、木の精は呑気に伝える。

『でもひとりじゃないよ』

『アルベルトとシャルロッテが、機械兵と戦うつもりみたい』

「なら大丈夫か……」

 ハンスはほっとしながら再び寝転ぼうとした。しかし木の精がまた騒ぐ。

『分かんないよー?』

『勝てるかどうか分かんなーい。だって帝国のだよー』

 それを聞いて、ハンスは不安になってきた。渋面を浮かべていると、木の精がダメ押しする。

『心配なら行った方が良いよー』

 ハンスは大きく息を吐きながらハンモックから下りた。昨日の戦いのせいでまだ痛む体を引きずって森を出ていく。

(……走って行って間に合うのか?)

 街の西の森まではそれなりの距離がある。シャルロッテ達が今まさに戦おうとしているなら、いくら頑張って走ったところで着く頃には戦いが終わっているだろう。

(よし、馬に乗ろう)

 ハンスはそう考えて馬小屋に向かった。


 その馬小屋には選択科目で使われる馬がいる。丁度ハンスは「乗馬」を選択していたので、彼が乗るために用意された馬もそこにいる。

 もっとも、ハンスは選択科目をサボることも多かった。しかし乗馬自体は子供の頃から父に教えられていて得意である。


 馬小屋に着いてから、ハンスは途方に暮れた。ここは選択科目の始まる午後からしか開かない。今は午前中なので鍵がかかっている。

(しまった……何か方法は……)

 マスターキーが生徒会室にあるとアインに聞いたことがある。鍵を盗み出せば開けられるが、そもそも生徒会室には鍵がかかっていて、その鍵の在り処は知らない。誰かが生徒会室にいれば鍵は開いているが、もちろんマスターキーを盗めない。

(いや、頼めば貸してくれるんじゃねえか?)

 考えながらも足は時計塔に向かっていた。

 小走りで生徒会室の前まで来て、思い切ってドアノブをひねる。果たして、ドアノブはくるりと回り、扉が開いた。


「マスターキーを貸してくれ!」

 生徒会室に入るなりそう言ったハンス。その剣幕に、事務作業をしていたクラウスは驚いた。

「何事だ?」

「馬で街の西の森に行きたいから馬小屋を開けたい」

「……何のために?」

 クラウスは警戒を込めて尋ねた。今日のこの時間、そこに用があるのはアルベルトとアインだけのはずだ。たかが一生徒がその情報を持っているとは考え難いが、とりあえず何をする気か確かめる必要がある。

 ハンスは少し迷う素振りを見せたが、意を決したように告げる。

「ある筋から、そこに帝国の機械兵が大量に現れたって情報を入手した。そこにアインがいることも」

「なっ……そんなことが……」

「オレはアインの幼馴染だ。アインを助けに行きたい」

「……お前がハンスか。話は聞いてるよ」

 動揺を押し殺すような声を出しながら立ち上がったクラウスは、マスターキーを持って扉の方へ歩く。

 ハンスは、鍵を渡してもらえるのだと思った。しかしクラウスは鍵を持ったままハンスの横を抜けて扉を開く。そして、こう告げた。

「僕も行く」




 立ち塞がる機械兵たちの前で、シャルロッテとアルベルトは同時に唱える。

「術式展開。補助の書14節、全身強化」

 唱え終わる前から剣を抜き、機械兵へと奔らせた。スパっと2体の頭部が落ちて、浮遊していた円柱が倒れる。

 それを皮切りに、機械兵が襲い掛かってきた。腕のような部分の先端が刃に変わり、デタラメに振り回している。

「くっ」

 アルベルトは歯噛みした。機械兵の攻撃は、デタラメとはいえあまりに速い。凌ぐので精一杯だ。

 それだけではない。機械兵と刃をぶつけ合うたび、魔力が吸収されている。古文書には載っていなかった機能だ。戦いが長引けば機械兵に魔力を吸い尽くされて、剣の強化も補助魔法のかけ直しも出来なくなる。そうなれば、詰む。

 短時間で全て倒すためには——そこまで考えたアルベルトは、後ろの方で待たせている恋人に声をかけた。

「アイン! この前教えた魔法、使えるか⁉」

「うん! 頑張るよ!」

「よし、頼む!」

 その会話を聞いたシャルロッテは、アルベルトに迫る刃を叩き落としながら確認する。

「時間稼ぎをすれば良いのね?」

「ああ。いけそうか?」

「当然。貴方は後衛に回っても良いのよ?」

「たまには俺にもカッコつけさせてくれ」

「アインの前だものね。良いわ、背中は守ってあげる」

 シャルロッテの言葉を頼もしく思いながら、アルベルトは補助魔法を重ねがけした。動きが一段と速くなり、防戦一方の状態を脱する。

 その間にシャルロッテは、5体もの機械兵を倒していた。

「……アルベルト。おかしいわよ」

「ああ、俺も気付いた」

 倒した数と、地面に転がっている円柱の数が合わない。

「最初に倒した機械兵はどこへ消えたのかしら」

「考えたくねーけど、復活してそうだな」

「倒し方が違うということ?」

「有り得るぜ。古文書通りの機械兵って訳じゃねーからな」

「でも、腕を斬ってもまた生えてくるわよ。どこを斬れば復活しないの?」

「分かるなら教えてる」

 喋りながらも次々と機械兵を斬っていく。2人の周りの地面は倒れた円柱に埋め尽くされていくが、残っている機械兵の数は減ったように見えない。

 元の数が多すぎるのだ。




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