4-3 戦いを終えて
シャルロッテとハンスは、ゆっくりと街を歩く。服は土まみれであちこち破れ、腕や脚は傷だらけ。そんな状態だったので、なるべく人目を避けていた。
「ねえハンス。アルベルトは貴方が思ってるほど頭悪くないわよ」
「ん? ……ああ、さっきの古文書の話の続きか」
「ええ。学年主席はウィリアムなのは知ってるでしょう?」
「ああ、新入生代表挨拶してた人だろ? 定期テストの上位者貼り出しでも毎回1位の。トップ3は毎回同じだからオレでも名前覚えたぞ」
それがどうかしたのか、と言うような顔をしているハンス。シャルロッテは可笑しそうに告げる。
「次席はアルベルトよ」
「…………はあ? そんな訳ねえだろ。定期テストの上位者にも載らねえ奴が……」
「追試は順位が付かないのを知らない?」
「知ってる。……まさか、わざわざ本試をサボって追試受けてるってのか? 追試の方が難しいって噂なのに」
「そのまさかなのよ。しかもウィリアムと同じくらいの点を取ってるらしいわ」
「……」
ハンスはぽかんとして立ち止まる。シャルロッテも合わせて止まり、
「これでアルベルトが古文書を読めることを信じてもらえたかしら?」
と尋ねた。
ハンスは渋面を浮かべる。
「それはまあ、信じるけど……何でそんな、賢いこと隠してるんだ……」
「第二王子だからでしょ。もし王子じゃなかったら、或いは第一王子だったなら、こんなことしなかったと思うわ」
ハンスは、言われた意味を理解するのに少し時間をかけてから、納得したように
「ああなるほど」
と呟いた。
歴史を振り返れば、王子たちの王太子争い及びそれにかこつけた貴族の派閥争い権力争いといったものがよくある。通常は第一王子が王太子になるのだが、第一王子の出来が悪かった場合や弟の出来が良すぎた場合にそういうことが起こる。もしアルベルトの優秀さが貴族たちに広く知れ渡れば、たとえ悪名高い不良でも王太子に擁立しようとする貴族が出てくるかもしれない。クラウスの凡庸さは有名なのだから。
「……いやそれにしても。追試じゃなくても、本試でわざと悪い点取るとか出来るだろ」
「点が悪かったら教師に怒られるからよ」
教師には、生徒を指導する権限が与えられている。生徒の身分がどれだけ高くても関係無く叱ることが出来るのだ。よって、アルベルトの不良行為も本来なら教師に指導されるはずである。
「アルベルトはね、圧倒的な成績の良さで教師たちを黙らせてるのよ。そうじゃなきゃ、あんな風に街で喧嘩ばかり出来ないわ」
「……王子だから見逃されてるのかと思ってた。でもそうか、合点がいった。……こんな話、オレが聞いて良かったのか?」
「貴方は口が堅いと信じた上で話したのよ」
その頃、走り疲れたアインは、早歩きで王立学園に向かっていた。どういう訳か命を狙われたことを考えると、結界の張られた学園内にいるのが最も安全なように思えたからだ。
とにかく早く、逃げ込まなければ。追われている訳でもないのに、頭はその思いで埋め尽くされていた。気ばかり焦り、足が空回っているように感じる。
ようやく学園の門が見え、アインは大きく息を吐いた。すぐに学園の敷地内に入り、荒くなった息を整えながら当てもなく歩く。図書棟の前を通った時、丁度そこから出てきた人を見て思わず声を上げた。
「アルベルト!」
「お、アイン。どうした?」
「えっと……」
アインは言葉を詰まらせる。よく分からないが街で殺されそうになった、などと言うと余計な心配をかけそうで、あまり言いたくない。だが、現状を伝えなければ逆に迷惑がかかるかもしれない。そういったことが頭の中をごちゃごちゃと巡り、話がまとまらなかった。
アルベルトは改めて尋ねる。
「何があったんだ?」
「…………街の東に、何か大きいのがいて……それが、光線出して襲ってきたの。わたしを狙ってたらしくて……。あ、でも、たまたまハンスが来てくれて、ハンスが倒してくれるって言ってたから大丈夫だよ」
その話はいまひとつ要領を得なかったが、アルベルトの行動は早かった。
「俺はその『何か大きいの』を見てくる。アインは生徒会室で待っててくれ」言いながら魔力を練り、呪文を唱える。「術式同時展開。補助の書1節、14節、20節。脚力超強化」
アインは戸惑うようにアルベルトを見た。その時にはもう、アルベルトは駆け出している。
疑問のやり場に困ったアインは、とりあえず指示に従うしかないと思い、生徒会室に向かった。
有り得ないような速さで街を東に出て荒れ地に着いたアルベルトは、眼前の光景に息を呑んだ。
古文書で見た古代兵器のような物体——いや、古代兵器そのものが、機能を停止し鎮座している。
「本当に古代兵器が……」
光線を出したという話から、古代兵器の可能性が高いと考えてはいた。だが、同時に「そんなまさか」という思いもあった。こうしていざ目の前にすると、壊れていても強烈な存在感に圧倒されそうになる。
「何でこんな所に……」
呟きながら、注意深く辺りを見渡す。人の姿は見当たらない。
「急いで来なくても良かったな」
ここに来るまでの爆走が徒労で終わったことに安堵した。もしまだ戦っていたら加勢するつもりだったし、もしハンスが重傷を負っていたら一刻も早く担いで帰って治癒魔法を受けさせなければならないと思っていたのだ。
尚、アルベルトはハンスと面識がない。アインから話は聞いていて、会ってみたいとは思っていたが、機会が無かった。
今度、古代兵器のことを聞いてみよう。アルベルトはそう思いながら踵を返し、学園へ向かった。
アインは生徒会室に入ってすぐ、きょとんとした。
「……誰?」
クラウスの他に、一人の男がいる。壮年の、見知らぬ男だ。
「オレはゼルド。クラウス王子に雇ってもらいたくて来たんだ」
彼は簡潔に自己紹介を済ませ、クラウスに向き直る。
「それで、どうだ。雇ってくれるか?」
既に、今まで何をしてきたかは話し終えていた。自分の功績を誇らしげに語って、いかに優秀な人材であるかをアピールしていた。
そんなゼルドを、クラウスは厳しい瞳で見据える。
「確かに僕は、敵でも部下にしてきた。お前を雇うのもやぶさかではない。だが、これだけは言っておくぞ。もしお前の計画が上手くいってアルベルトが死んでいれば、僕は何としてでもお前を見つけ出して殺していた」
その声は静かで、淡々としていた。決して、聞く者に不安や恐怖を与えるような声ではなかった。
しかし、ゼルドは竦み上がった。肌が粟立ち、手足が震える。クラウスの瞳の奥が冷たく燃えているのを見た瞬間、そうなってしまったのだ。目を逸らしたいのに逸らせない。
ゼルドは王子の兄弟仲を見誤っていた。2人一緒に装飾具を買いに行ったのは「仲の良いフリ」であって、有力貴族たちがそれぞれを持ち上げて争わないように牽制するためのアピールだ。本当は仲が悪いのだと思っていた。
何しろアルベルトは手の付けられない不良で、クラウスは後始末に手を焼いている。少なくともクラウスはアルベルトを疎ましく思っているだろう、とゼルドは考えていた。
その大きな誤解のせいで、クラウスを怒らせてしまったのだった。
「……と、こんなことを言っても仕方がないな。すまない。あまりの内容に動揺してしまった」
クラウスはそう言って肩を竦めた。そこでようやくゼルドは体の自由を取り戻す。
それからしばらく、クラウスはゼルドに質問攻めをしていた。そのほとんどの質問にゼルドは答えられず、「本当に雇われる気があるのか?」と呆れられたものの、最終的には雇用契約が結ばれた。
ゼルドが生徒会室を出て行った後、クラウスはアインに顔を向ける。
「休日にここに来るとは珍しいな。僕に用があったなら後回しになってすまなかった」
「ううん、大丈夫。アルベルトに、生徒会室で待ってるように言われただけだから」
「そうなのか?」
何かあったのだろうか。クラウスは不安を感じながら、手元の書類をめくった。アインは暇そうに足をぶらぶらさせている。
クラウスは手を止めた。
「アイン、お茶でも飲むか?」
「あ、わたし淹れるよ」
その時、扉が勢いよく開いた。
「よーし、今から生徒会臨時会議だ!」
言いながら入ってきたアルベルト。その後ろからシャルロッテも入ってくる。彼女を見たクラウスは目を丸くした。
「生きていたのか……!」
「あら、ゼルドから聞かなかった?」
「何のことだ?」
「時計塔の前でゼルドとすれ違ったの。その時に、雇ってもらえたって報告してきたわ」
「ああ、確かに雇ったが……ゼルドと面識があったのか?」
「アルベルトの狙撃計画を阻止したの、私よ。クラウスに雇ってもらうよう勧めたのも私。……名前を出して良いって言ったのに、出さなかったのね」
その言葉に唖然としたクラウスは、アルベルトに小突かれて我に返る。
「いや、まあ、とにかく無事で何よりだ」
「兄ちゃん、これが無事に見えるのかよ」
アルベルトは呆れたように言った。クラウスは渋面を浮かべつつ、シャルロッテに治癒魔法をかける。
アインは不思議そうな顔でアルベルトを見た。
「何があったの?」
「あー……アインの言ってた『何か大きいの』はハンスとシャルロッテが一緒に倒したらしい。2人とは帰り道で会って、本当はハンスにも会議に参加してもらいたかったんだが、俺がシャルロッテに気を取られてる間に逃げられちまった」
「そっかぁ。……さっきシャルロッテが言ってた狙撃計画って何?」
「アインだけじゃなく俺も命を狙われてたらしいな」
こともなげにそう言ってからアルベルトは席に着いた。シャルロッテも続いて座る。
クラウスはどこか疲れたような表情で、
「それでは生徒会臨時会議を始める」
と言ってからアルベルトに視線を向けた。




