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悪役令嬢は剣を執る 【第一部完結済】  作者: 秋鷺 照
4章 エンディングに向けて
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4-2 荒れ地Ⅱ

 古代兵器の脚が伸び、鞭のようにしなって暴れる。荒れ狂うそれらは一撃一撃が重く、速く、硬かった。

 シャルロッテとハンスは、それらを躱し、受け流し、隙あらば斬ろうとしていた。鞭状の脚を捌くだけでも並大抵のことではないが、攻撃を加えるとなるとほとんど不可能に近い。それでも、やるしかなかった。この2人にとっては、不可能ではなかった。

「っう」

 捌き損ねた脚がシャルロッテを弾き飛ばす。かなり遠くへ吹っ飛ばされて、地面を転がった。

「シャルロッテ!」

「平気!」

 咳き込みながらそう答え、すぐに立ち上がる。同時に古代兵器から、脚4本が伸びてきた。

「随分と、長く伸びるのね!」

 本体へ向かって走りながら、躱す。ステップを踏むように、軽やかに、時折くるりと回りながら、脚へ剣を突き立てる。

「あと3本!」シャルロッテが叫ぶと、

「こっちは2本だ!」ハンスが応じた。

 シャルロッテは笑みを浮かべ、跳び上がる。

「早いわね! 流石は剣聖の孫!」

「お嬢様に負けてられねえからな!」

「言ってくれるじゃない!」

 空中に向けて伸びてくる脚を蹴って更に跳躍。そこから落下しながら、戸惑うようにうごめく脚を斬り飛ばした。それらの動きで勢いづいた着地ざまの一閃が、残る2本も斬り伏せる。

「私はこれだけ補助魔法を色々使ってるのに、素の貴方が負けない方がおかしいのよ」

「どれだけ使ってるか知らねえけど、効果切らすなよ」

 ほとんど同時に脚の処理を終えた2人は、並んで立って古代兵器を見据える。

「古代文明の巨大兵器は、攻撃してくる部分を破壊していけば倒せるって相場が決まっているそうよ」

「やっぱりか」

「知ってたの?」

「最近読んだ本の主人公がそうやって古代兵器を倒してたから。あんたは……また公爵家の情報網か?」

「いいえ、これはアルベルトから聞いたのよ」

「あの不良王子から? いや、悪く言うつもりは無えんだけど……」

 ハンスは言葉を濁した。いくら王子でアインの婚約者でシャルロッテのいとこでも、授業に一切出ず街で好き勝手暴れているアルベルトのことをいまいち信用できない。ぶっちゃけ頭悪そうだと思っている。馬鹿だという評判もよく聞く。——などという言葉が頭を駆け抜けた。

 そんなハンスに、シャルロッテは肩を竦める。

「信ぴょう性は高いわよ。城の古文書を読み漁っていた時に分かったそうだから」

「古文書? って、かなり難解で、古代言語が使われてるやつとかあるんだろ? そう簡単に読めねえはずじゃ……」

 信じられない、という顔で言い募っていたハンスだったが、突然口をつぐんだ。目つきが変わる。刃のような鋭い目つきに。

「——来る」

 ハンスは静かにそう告げて、大きく左に跳んだ。同時にシャルロッテは右へ跳ぶ。

 直後、古代兵器が突進してきた。

 土煙が舞い上がる。古代兵器はすぐさま進行方向を変え、ハンスの方へ突っ込んだ。

「くっ」

 ギリギリ躱すも、古代兵器が急旋回。

 避けられない——瞬時にそう判断し、剣で受け止めようとした。だが、古代兵器の速さと重量に敵うはずもなく、あっけなく跳ね飛ばされる。

 その様を見たシャルロッテは、彼の無事を確認するため名を呼ぼうとして——

「っ⁉」目の前に、古代兵器が迫っていた。

 速すぎる。瞬間移動でもしているのかと思うほどだ。

 気付けば地面を転がっていて、シャルロッテは顔をしかめた。

「あんなの、どうやって斬れば良いのよ……」

 古代兵器は狙いを絞っていない。各個撃破する気も無いようで、今はハンスを攻撃している。そうでなければ、今頃シャルロッテの命は無かったかもしれない。

 シャルロッテは補助魔法をかけ直しながら立ち上がり、大きく息を吐いた。

 おそらく古代兵器のどこかに、あの動きを可能にしている部分がある。そこを斬れば良いのだろうが、それがどこだか分からない。ゲームには細かい戦闘描写が無かった。ただ一文、「致命傷を負ったハンスは極限状態の中で身の内に眠る力を目覚めさせ、凄まじい剣技で古代兵器を破壊して息絶えた」とだけしか書かれていなかった。参考にしようがない。

 悩むシャルロッテのもとへ、古代兵器が向かう。

「ああもう!」

 動きに目が慣れてきて、躱せるようにはなってきた。だが、逃げ惑うだけではそのうちやられる。

 古代兵器はまた狙いを変え、ハンスへ突進していく。それを見送るシャルロッテの視界が、青い光を捉えた。古代兵器の背面四隅に、青く光る球体があるのを見た。

「もしかしてあれ、魔石……?」

 だとすれば、斬るべきはあの青い球体だ。そう考えた時には既に、体が動き出している。ハンスと挟み撃ちにすべく、駆け出している。

「はぁぁぁっ!」

 走りざまの一閃はしかし、何の手ごたえも無い。斬ったところには何も無かった。

 古代兵器は跳び上がったのだ。挟撃されることを察して避けたのだろう。古代兵器は背後を取らせてくれるほど甘くないということか。

「シャルロッテ、どこを斬ろうとした?」落ちてくる古代兵器を避けながらハンスは問う。「後ろに何かあるのか?」

「見れば分かるわ。四隅に青い球がある」

 シャルロッテは答えながら、ハンスから遠ざかった。2人で固まっていては危険だ。

 古代兵器はシャルロッテを追う。一瞬だけ、ハンスも古代兵器の背面を見ることが出来た。

「なるほど、あれか」

 そう呟くハンスの胸中に渦巻くのは、悔しさだ。

 自力で見つけられなかった、シャルロッテに先を越された、という悔しさもある。だが何よりも悔しいのは、古代兵器の背後を取れないことだ。襲われている最中に、何度も背後を取ろうと試みたが、全て失敗に終わっている。

「挟み撃ちも駄目なら、あとはシャルロッテに賭けるしか……」

 諦めたような呟き。自分の口から出たそれが耳に届くと、それで良いのか、という思いが湧き上がった。剣聖の孫として、そんな風に人任せにしていて良いのか、と。

「良くねえだろ。オレが無理ならシャルロッテはもっと無理だ」

 森での稽古を思い出す。シャルロッテは日に日に強くなっていき、ほとんど手加減しなくても互角に戦えるまでになった。それが癪で、自主練を増やしたりしたものだ。

 だから結局、シャルロッテの方が弱い。彼女がいくら補助魔法を使おうとも、勝つのはいつもハンスだった。

「そうだ、オレも強くなったはずだ」

 それなのに、今戦っている自分は、王立学園に入学する前の自分と同じくらいの強さでしかない。無意識に限界を決めてしまっているのだ。もっと速く動けるはずなのに。もっと鋭く動けるはずなのに。

 思いを新たに剣を正眼に構えると、ちょうど古代兵器が真っ直ぐ向かってきた。

「っらぁ!」

 前に出る。古代兵器が来るのを待たず、自ら距離を詰めて一閃。表面を傷つけたが、それだけだ。

 古代兵器はすぐ目の前。やはり後ろを見せてはくれない。その突進に剣を合わせ、衝撃を和らげる。弾き飛ばされながら空中で体勢を整え、着地。再び古代兵器へ向かっていく。

 シャルロッテへ向かおうとしていた古代兵器は、危機を察知してハンスへ向き直った。

 両者がぶつかる。金属音が響き渡り、大気が揺らぐ。

 その瞬間。

 ハンスは、かつてない感覚に襲われた。余計な情報が頭を離れ、感覚が研ぎ澄まされていく。色も音も抜け落ちた緩慢な世界で、自分だけがまともに動ける——そんな認識すら消えていく。自分が誰かも分からなくなっていく。そんな中で自然と動いた体は、剣を滑らせするりと古代兵器の背後に回り、四隅の魔石を斬り砕いた。

 それが、この古代兵器の終わりだった。もう動くことはない。

「っ、はぁ、はぁ」

 我に返ったハンスは、自分の息が上がっているのに気付いた。どっと汗が噴き出て、体から力が抜ける。

 たまらず膝をついたハンスのもとへ、シャルロッテが歩いていく。

「大丈夫?」

「……ああ」

「お疲れ様。私は今からクラウスのところへ行って治癒魔法かけてもらうつもりだけれど、一緒にどう?」

「オレは別に大した怪我してねえし、そんな恐れ多いこと出来ねえ。……もう行方不明のふりはいいのか?」

「ええ。もう必要無いわ」

「そうか」

「けど、貴方が治癒魔法をかけてもらわないのなら、私もやめておこうかしら」

「何でそうなる? オレは体鍛えてるから大丈夫なだけで、あんたは違うだろ。攻撃食らった時に骨の1本や2本は折れてるんじゃねえか?」

「……そういう風に見えるかしら」

「ああ見える。いつも以上に無理してるように見える」

 ハンスがきっぱり言い切ると、シャルロッテは苦笑した。

「敵わないわね」

「オレに勝とうとする方がどうかしてるんだ」

 言いながら立ち上がり、ゆっくりと歩き出す。体に負荷がかかりすぎたせいか、歩を進める度に全身が痛かった。

 顔をしかめるハンスに、シャルロッテが声をかける。

「やっぱり大丈夫じゃなさそうね?」

 からかうような声だった。ハンスは渋面を浮かべ、溜息を吐いた。




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