3-5 教会Ⅱ
(どういうつもりなの?)
シャルロッテはアルベルトに怪訝そうな目を向けた。だが、彼は神官から目を離さない。
神官が魔法について語り出した時、アルベルトは後ろ手にサインを見せた。
(ああ、そういうことね。分かったわ)
神官の話は次のようなものだった。
200年くらい前に、レリーシャ教会は〈神の魔法書〉以外の魔法を隠匿した。それ以前は幾つもの流派の魔法使いが存在しており、流派によって魔法の使い方が違った。古代魔法なるものもあった。
当時の魔法使いたちは選択を迫られた。教会の総本山の中で、世の中に存在を知られぬようにして生きていくか、今まで通りの生活を求めて教会と戦うか。
選ばれたのは前者だった。教会が擁する戦力は絶大で、戦っても勝ち目は無いと判断したのだ。ただ、ごく一部の魔法使いは、レリーシャ教会の権力が及ばない地——オストラ帝国やそれより東の国に移り住んだ。
こうして〈神の魔法書〉の存在価値を高めた教会だが、まだ悩みの種があった。それは、精霊使いだ。精霊の力を借りて魔法じみた力を使う彼らがそこら中にいては、教会及び〈神の魔法書〉の権威が薄れる。そこで教会は、精霊使いを「保護」という名目で捕えて俗世間と隔離することにした。
「私は、教会の総本山で暮らす魔法使いの末裔でしてね。そのことを上手く隠して神官にまで上り詰めました。まあ、こんな小国に派遣されてしまいましたが」
そう語った神官は、懐から指揮棒のようなものを取り出した。
「それは?」
アルベルトが尋ねたと同時に、シャルロッテはルーインの腕を引く。
神官はそれに気付かず、得意気に棒を掲げた。
「杖です。私の流派の魔法は、これを使って発動させるんですよ。——こんな風にね!」
魔力が一瞬で杖の先端に宿る。そこから光線が飛び出した。
光線が3人を撃ち抜く。その様を神官は満足そうに眺め……
「……?」
怪訝そうに眉根を寄せた。
3人の姿がかき消えたのだ。ゆらりと、幻のように。
困惑する神官。その頭を、シャルロッテは後ろから剣で殴りつけた。意識を奪うには充分な一撃だ。
アルベルトはシャルロッテとハイタッチを交わす。
「やったな」
「まあね」
そんな2人を、ルーインは不思議そうに見る。さっきは何が起こったのか、全く分からなかった。護衛の人に手を引かれて神官の後ろに立ったのに、神官は全く気付かないまま誰もいない場所に話して魔法を放ったのだ。いつの間にかアルベルトも神官の後ろに移動していたし、訳が分からない。
「何したんだ?」
ルーインの問いを受け、アルベルトはポケットから綺麗な丸い石を取り出して見せる。
「これを使った。予めかけておいた魔法を好きなタイミングで発動できる便利な石なんだ」
「何だそれ。聞いたことも無い」
「王家の秘宝だからな。両手で触れて魔力を流し込んでる間は発動して、放すと解除されるから、神官への攻撃はシャッテにやってもらった。魔法の内容は、火の書1節、補助の書30節、35節、36節。これを湿度の高い場所で同時展開すれば、幻と実物の認識がごっちゃになるんだ。すげーだろ?」
アルベルトは語りながら、魔力封じの手枷で神官を拘束した。
ルーインは感心したような呆れたような微妙な表情を浮かべつつ、護衛の人に視線を向ける。
「もともとそういう作戦だったのか?」
「いや」シャルロッテは苦笑する。「ぶっつけだよ。初見って訳じゃなかったけど」
先ほどの魔法を、アルベルトはシャルロッテに使って見せたことがあった。エルデ公爵邸の庭でのことだ。その際、非常時の立ち回りを考えたり、ハンドサインをいくつか決めたりして遊んだのである。それが今回役に立った。
「さて、俺は今から騎士を呼びに行く。ルーインは神官を見張っててくれ。シャッテは……何かここで用事があるんだろ?」
「え、知ってたの?」
「教会行くの誘った時の態度ですぐ分かったぜ。何の用かは聞かねーけど、騎士が来る前に帰れよ」
「分かってる」
こうして3人は別れた。シャルロッテは地下から出て、上り階段を探す。
(ふぅ……追及されなくて助かったわ)
明らかに不自然なことをしている自覚はある。それでもアルベルトは何も聞かないでいてくれた。
隠したがっていることを察してくれたのだろう。
(……あった、階段)
遥か上まで続く螺旋階段だ。
一番上まで上っていくと、扉がある。鍵は無く、ノブを回すと軋んだ音が鳴った。
(よし)
意気込んで押し開ける。
そこは、外だった。頭上に大きな鐘がある、多数の細い柱に囲まれた円形の場所だ。剣で戦うのに充分な広さがある。
「術式展開。補助の書12節、視覚強化」
魔法で視力を上げて、装飾具の店を探す。方角に見当をつけて柱の陰から覗くと、すぐに見つかった。
(あの窓、やっぱりゲームで狙撃された所だわ!)
間違いない。狙撃はここから行われる。射線上に狙撃に使えそうな建物が無いことからそう確信し、シャルロッテは大きく息を吐いた。
(見てなさい、狙撃手。帝国からの刺客か何か知らないけれど、必ず倒すわ)
路地を歩いていたアルベルトは、ふと後ろを振り返って目を細めた。教会の鐘が陽光を反射し、神々しく輝いている。
(シャルロッテ……)
男装して活き活きと剣を振るう彼女の姿を思い出し、苦笑が漏れる。
(最高だったなあ。機会があればまた頼みたいくらいだ)
彼女は何かをしようとしている。何か大変な事件に巻き込まれているのかもしれない。だが、もう心配はしていなかった。
どんな困難が待ち受けていても、きっと全てをどうにかして、シャッテではなくシャルロッテとして姿を現してくれるはずだ。そう信じることが出来た。
(待ってるぜ、シャルロッテ)
心の中でそう告げて、再び路地を歩き出した。




