3-2 ウィリアムは気付く
その頃、エルデ公爵邸の執務室で、ウィリアムはエルデ公爵と対峙していた。
ウィリアムは将来エルデ公爵家を継ぐ者として、時折ここに訪れては仕事を学び手伝っている。今日もそうだった。
だが、屋敷で療養中のはずのシャルロッテに会わせてもらえない。婚約者ですら面会できないほど状態が悪いのかと心配すれば、そうではないとエルデ公爵は言う。
何かがおかしい、とウィリアムは思った。
「……もしや、持病の件は嘘ですか?」
眼前のエルデ公爵に尋ねてみると、彼はあからさまに動揺しながら首を横に振った。
ウィリアムは未来の義父の目を真っ直ぐ見る。
「行方不明、とか?」
その言葉に、エルデ公爵は目を泳がせた。
ウィリアムの中で懸念が確信に変わる。
「教えてください。シャルロッテに何があったのですか」
「……そうだな、君には言っておいた方が良かったな」
もはや誤魔化せまいと悟ったのか、エルデ公爵は語り始めた。
「君の言った通り、娘は行方不明だ。生きているかも分からない。魔獣に襲われたそうだから、多分……」
濁された言葉の先は、「生きている可能性は限りなく低い」といったものだろう。それに続く言葉をも分かってしまったウィリアムは、告げる。
「捜します」
「何?」
「絶対に捜します。どれだけかかろうと。一生、捜します。だから……婚約は解消しないでください」
「……そうか、そう言ってくれるか」
エルデ公爵は安堵したように微笑んだ。
それを見たウィリアムは、思う。エルデ公爵は半ば諦めているようだが、シャルロッテが生きている可能性は充分ある、と。
何故なら、シャルロッテが時々帯剣していたのを見ているから。行方をくらましたその日も帯剣していたのを知っているから。
そのことを、きっと誰も知らない。剣は補助魔法で隠されていたからだ。しかし、重心のかけ方等からそこに剣があると分かってしまった。教義に反しているとは思ったが、宗教自体があまり好きではないので告発しなかった。
シャルロッテの言動等、色々なことから推測するに、彼女は相当強い。襲ってきた魔獣を返り討ちにしてもおかしくない。
エルデ公爵の前を辞しながら、ウィリアムは思考を巡らせたのだった。
翌日、朝早くからウィリアムは宿屋を巡り始めた。もしシャルロッテが生きていて身を隠しているのなら、どこかの宿屋に偽名で泊まっているだろうとアタリを付けたのだ。
彼女の性格から考えると、そんなに凝った偽名は使っていないはずだ。名前の一部を切り取ったもの等だろう。だから、宿泊者リストを見ればシャルロッテが泊まっているかどうかは分かるはずだ。
とはいえ、それを見せてもらうことは出来ない。もし、見せろと言って見せてくれる宿屋があれば、それは個人情報を漏洩してしまうような杜撰で信用できない宿屋ということになる。
そこでウィリアムは、まだ宿屋が開く前に裏口の鍵をピッキングで開けて侵入し、宿泊者リストを盗み見ていった。
こうして宿屋に侵入すること3軒目。
宿泊者の名前に、「シャッテ」という文字を見つけた。性別は男となっている。
(これは、シャルロッテの可能性がある!)
一旦外に出て、宿屋が開くまで時間を潰す。そして、宿屋が開いて少ししてから堂々と入って宿泊の手続きをした。これで宿泊客として宿屋の中を自由に歩ける。
ウィリアムは自分が泊まった部屋からすぐに出て、「シャッテ」が泊まっている部屋に直行した。
ノックはせずに、中の気配を探る。本か何かを読んでいるらしく、紙の音が時折聞こえる以外は静かだ。
(……よし)
思い切って扉を叩いてみた。コンコンッと小気味の良い音が響いた後、シン、と静寂が漂う。
(やっぱり、出てこないか)
ピッキング開始。もし中にいるのが全く関係無い人なら即座に逃げようと決意しつつ、鍵が開くや否や扉を勢いよく開けた。
部屋の中には、眼鏡をかけた少年がいた。補助魔法の魔法書を手に持ち、いつでも立ち上がれるような体勢で椅子に座って、凛とした眼差しでこちらを見つめている。
「……強盗か?」
「申し訳ない。だが、こうでもしないと会えないと思った」
後ろ手で扉を閉めながらそう言ったウィリアムに、少年は嘆息する。
「どういうことだ? 生憎、ぼくはキミを知らない。多分人違いだ」
「違わないぞ、シャルロッテ」
「……それは女の名だろ? ぼくが女に見えるか?」
「他の誰の目を欺けても、僕に誤魔化しは通用しない。君が長らく平民として暮らしていたことも分かっているんだ」
「……」
シャルロッテが警戒した目で見てくる。ウィリアムは肩を竦めた。
「誰かに聞いた訳じゃない。少し話せば分かることだ。他の人には分からないだろうがな」
「どうやって……」
「幼い頃からそういう修行を積んできた。全ては復讐のために」
「ピッキングも?」
その問いに大きく頷いて見せると、シャルロッテは諦めたように笑った。
「仕方ないわね。それで、私に何の用?」
「用は無い。婚約者の無事な姿を見たかっただけだ」
そう告げて帰ろうとすると、
「待ちなさい」
と引き止められた。
ウィリアムは分かっているとばかりに頷き、一応言葉に出す。
「他言無用、だろ。心配いらない」
「……分かっているなら良いわ」
出て行くウィリアムを見送ってから、シャルロッテは大きく息を吐いた。
(びっくりしたわ! ピッキングで入ってくるなんて何考えてるの⁉)
今日はハンスのもとへアインが訪れる日なので、剣の稽古には行かずに魔法の練習をする予定だった。
もっと補助魔法を活用できるようになるべく魔法書を読み込んでいたら婚約者が押しかけて来て変装があっさり看破されるだなんて、誰が想像できるだろうか。しかも、あれだけ頑張って隠していた平民として暮らしていた事実をも知られてしまっていた。
(そういえばウィリアムは凄腕犯罪者だったわね。こういうこともお手の物、と。……そんなヤバい人と婚約してるのね、私)
今更ながらその事実に気付き、頭を抱える。
(……まあ、ウィリアムは第二王子ルートのシナリオと全く関係無いから大丈夫よね。関係あるハンスにバラしちゃってるくらいだもの、ウィリアムに生きてること知られるくらい大丈夫よね)
そう自分に言い聞かせてから、再び魔法書を読み始めた。
同刻、学園の森。
「ねえ、聞いてハンス! わたしね、アルベルトと婚約することになったの!」
嬉しそうに言うアインに、ハンスは
「そうか」
と気の無い返事をする。
その態度に、アインは頬をふくらませた。
「もっとこう、幼馴染として何か無いの?」
「気に入らねえ。オレはあいつ嫌いだし」
「えー、そんなこと言わないでよ。不良だって噂されてるけど、すっごく良い人だよ?」
「知るか」
ハンスはそっぽをむいて、嘆息した。
(良い人かどうかなんて関係ねえよ)
アルベルトを嫌う理由はいくつかあるが、最大の理由はアインの心を射止めたことだった。
ハンスがいくらアインに好意を伝えても、幼馴染としてとしか捉えてもらえない。ずっともどかしい思いをしていて、それでもいつかは伝わるはずだと思っていたのに、突然現れた王子様がアインの恋心を攫ってしまった。それを嫌うなというのは無理な話だ。
「死ねば良いのに」
ぼそりと呟く。その声はアインに届かなかったようで、
「何か言った?」
と尋ねてきた。
「いや何も」
そう答えながら、ハンスは溜息を吐く。
分かってはいるのだ。たとえアルベルトが死んだとしても、アインの気持ちはこちらに向かない。
「アイン、退いてろ。鍛練の邪魔だ」
苛立ち紛れに剣を抜き、素振りを始めた。
「じゃあ、離れて見てるね」
アインはそう言って、ベンチに腰掛ける。いつも通りの動作だった。
だが、今日のハンスはいつもと違った。いつもよりずっと長い間剣を振っていて、気付けば昼を回っていた。いや、昼どころか、もう夕方だ。
いつの間にかアインの姿が消えている。
「あれ、アインは?」
『ちょっと前に森を出て行ったよー』
『ハンスがずっと無視してるから飽きちゃったみたいだよ』
木の精の答えを聞いて、ハンスは渋面を浮かべるしかなかった。




