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3-1 会議

 地下水路に魔獣が現れてから1週間経ち、生徒会室では会議が行われていた。

「とりあえず、魔獣について分かったことを言うぜ」

 アルベルトが話を切り出す。クラウスは頷きで続きを促した。

「諸外国では、魔獣を魔石に入れておく技術が存在するらしい。多分、結界の穴から侵入した誰かが、魔石から魔獣を解き放ったんだ」

「結界の穴は塞ぎ終えた。その際分かったのだが、この国には無い技術で穴を開けられていたようだ」

「そっか。じゃあ多分、俺が調べたのと同じだ。ったく、厄介な。未知の技術を持った相手じゃどうにも出来ねーよ」

「分かっている。1週間あってもお前が敵の尻尾すら掴めていないのだから、相当なものだろう」

 その会話に、アインは全く口を挟めなかった。

 いや、この会話自体、本来は2人きりでしても良かったのだ。わざわざ会議で話しているのは、アインにも聞く権利があるというアルベルトの判断によるものである。

 だから、アインは真剣に聞いていた。

 話題が移り変わっても、アインはひたすら聞いていた。


「ところで」

 会議がひと段落した時、クラウスが微笑んで口を開いた。

「お前たちは、いつ婚約するのかな?」

 その言葉に、アルベルトは息を呑む。

「……いつ、付き合ってるって気付いた?」

 隠していたつもりだった。悟られないように、気を付けていた。特に、兄の前では。兄もアインが好きだと知っているから。

 それなのに、何故。

 動揺するアルベルトへ、クラウスは優しく声をかける。

「僕に気を遣う必要はないよ、アルベルト。何なら、僕が代わりに書類作成をしておこうか? まずアインにどこかの貴族の養子になってもらって、それから婚約だから、手間だろう」

「こ、ここ、婚約の⁉ 書類⁉」

 アインが上ずった声を上げた。顔を真っ赤にしている。

「ま、まだ早いよっ」

「そうでもないさ、アイン。善は急げと言うだろう。アルベルトが書類を作る場合、アインを貴族にするための段階で躓く可能性が高い。何せアルベルトは貴族から嫌われているからな。その点、僕ならすんなりいく」

「兄ちゃん……何で気付いたかは知らないけど、キッパリ諦めるためにさっさと俺たちを婚約させようとしてるな?」

「そうだよ悪いか」

「いや……」

 アルベルトは気遣わしげな顔をして、クラウスの耳元で囁く。

「本当に婚約までして良いのか? 諦めなくても今ならまだ、兄ちゃんにだってチャンスあるのに」

「嫌味か?」

「違う。今はアインは俺を好いてくれてるけど……兄ちゃんがアプローチすれば、傾くかもしれねーだろ。婚約したら、そういう訳にはいかなくなる」

「お前は、僕がアインを奪っても良いのか?」

「良くねーよ。良くねーけど……」

 言い淀むアルベルトの頭を、クラウスはわしゃわしゃと撫でた。

「大丈夫。僕はお前と違ってモテるからな。お前にはアインしかいないだろう。大事にしろよ」

「…………分かった。書類、兄ちゃんに任せる」

「ああ、任せておけ」

 クラウスはそう言って微笑んだ。アルベルトは頷き、アインを連れて生徒会室を出て行く。

 それを見送ってから、クラウスは溜息を吐いた。



 ◇


 アルベルトが8歳の時。彼の優秀さを見抜いて王位継承者にしようと考えた家臣が、クラウスを毒殺しようとした。

 そのことに、アルベルトは偶然気付いた。クラウスの皿に毒を塗っているところを見てしまったのだ。

 その日の夕食で、アルベルトは癇癪を起した。テーブルに乗って喚き散らし、料理の盛られた皿を床に払い落とした。いくつも、いくつも。落とされた皿の中に、毒が塗られたものが交ざるように。

 それからというもの、アルベルトは頻繁に問題行動を起こして周囲を呆れさせた。荒っぽい口調を使ったり、城を脱走しては街で喧嘩したり。

 ずっとこんな調子だったので、いつしか周囲は「王太子になるのはクラウスしかいない」と思うようになっていた。アルベルトの目論見通りに。

 最初の癇癪も、その後の問題行動も、ただの演技だった。だが、続けているうちに、それが「素」になってしまった。


 クラウスが毒殺未遂の件を知ったのは、5年後のことだった。家臣の1人——毒を塗った張本人が、クラウスに話したのだ。

「アルベルト様は変わってしまわれた。全て私のせいです」

 そう嘆く家臣に、クラウスは絞り出すような声で言った。

「違う。全部、僕のせいだ。僕が至らないからだ。お前に言われるまで、弟の考えにも気付いてやれなかった、愚鈍な僕が悪いんだ」

 この時にはもう、アルベルトは戻れなくなっていた。不良王子の異名をほしいままにし街で暴れる彼に着き従おうとする臣下はいなかった。

 クラウスは、アルベルトへの接し方を変えずにいようと思った。この話を知らないことにして、街での行動を注意し続ける。その方が、余計な気を遣わずに済む気がした。

 家臣は跪いたまま言う。

「裁きは何なりと受けます。自害せよと言うのなら……」

「待て。お前には今後、僕の部下として働いてほしい」

「なっ……そんな、それでは私の気が収まりません。お考え直しください」

 隠し通せば良いものを、罪の意識に耐えかねて打ち明けたくらいなのだ。裁かれぬままに引き下がれるはずが無かった。

 だが、クラウスは家臣を真っ直ぐ見て話した。

「王家の未来を考えての行いだろう。僕より弟の方が優秀だと、今なら分かる。だからこそ……歩むはずだった道を捨ててまで僕を守った弟のためにも……僕は、優秀でなければならない。どうか、その手助けをしてほしい」

「……そうおっしゃるのでしたら、御意に。では、早速ひとつ進言させてください」

「聞こう」

「クラウス様とアルベルト様は、女性の好みが似ていらっしゃいます。お二人は、そろそろそういう時期でしょう。仲違いのきっかけになるのではないかと危惧しております」

「そうか……」

 この時、クラウスは決意したのだ。同じ女を好きになってしまったなら、弟に譲ろうと。


 ◇


(アルベルト……いつも苦労をかけてすまないな)

 いくら努力をしても、いくら優秀になろうとしても、平々凡々にしかなれなかった。武術も勉学も習い事も何もかも、秀でたものが無い。この学園における成績ですら、真ん中付近の順位をうろうろしている。「第一王子は凡庸だ」などと噂になる始末だ。

 クラウスがそんな風だから、アルベルトは悪名高くあろうとする。貴族にも同級生にも嫌われて、貶され馬鹿にされ後ろ指をさされて、それでも誤解を生み続ける。

(そこまで僕に気を遣わなくたって良いのに)

 もっともクラウスは、アルベルトが気配り上手だとは思っていない。むしろデリカシーが無い部類だと思っている。気遣いの仕方や気の遣いどころがズレていることが多いのだ。

 腹は立たないし不快でもないのだが、もう少しどうにかならないものか——そんなことを思いながら、クラウスは嘆息したのだった。






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