表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/28

2-5 地下水路Ⅱ

 入り組んだ地下水路を、アルベルトは歩く。まずは南部を点検していた。

 その歩みは異常な速さだ。補助魔法のおかげである。

 しばらくそうして南端まで来た時、溜息を吐いた。

(異常って、これか)

 罠ではなく、本当に力試しなのかもしれない。本当に、地下水路に異常があったのだから。

 結界に穴が開いている。人1人通れる程度の、小さな穴が。

 学園には特殊な結界が張られており、関係者以外は入れないようになっている。地下から上空までカバーするその結界に穴が開いているのだ。

 修繕するには、特殊な魔石が要る。今ここでどうこう出来るものでは無い。

(……あの文面だと、見つけさえすれば良いんだよな? じゃあクリアか)



 念のため東部も見て回ったが、異常は見受けられなかった。アルベルトは地下から出て、生徒会室に戻る。

「お前にしては遅かったな。こちらは異常無しだ」

 既に戻っていたクラウスが微笑んで言った。そこに安堵を見て取って、アルベルトは苦笑する。

「こっちは異常ありだ。南部の結界に穴開いてたぜ。……あいつらはまだか」

「地下水路は初めてだろうからな。お茶でも淹れて待っていようか」

「そうだな」

 緊張が解け、安心感が漂っていた。無事に済んだと、2人は思い込んでいた。


 ヘトヘトになったアインが1人で戻ってくるまでは。


「……何かあったのか、アイン」

 緊張した面持ちで問うクラウスに、アインは答える。

「魔獣が出たの……先に逃げてって、シャルロッテが……」

「魔獣……⁉」

 アルベルトは愕然とした。クラウスも同様だ。

「何故、魔獣が……この国の魔獣は絶滅したはずではなかったか」

「地下水路にいるのもおかしいぜ。結界の穴は、魔獣が通れるような大きさじゃなかった!」

 2人の言葉を聞いて、アインは困惑した。

「え、じゃあ、魔獣じゃなかったの? シャルロッテは魔獣って言ってたんだけど……」

「……シャルロッテがそう言ったなら、魔獣に違いない」

 クラウスは重い口調で呟いた。

 貴族の屋敷には、魔除けとして魔獣の絵が飾られていることが多い。エルデ公爵邸も例外ではなく、シャルロッテと2人の王子はそれを見ながら語り合ったことがあるのだ。

 アインは魔獣の危険性をよく分かっていない。平民ならそんなものだ。それ故、アインは首を傾げて言った。

「どうしたの、何か暗いよ?」

「……アインお前、よく平気でいられるな」

 意図せず厳しい声音になったアルベルトに、アインは身を竦ませた。アルベルトはそれに気付き、気まずそうに目を逸らす。

 その様子を見ながら、クラウスは告げた。

「今日は一旦解散。明日またここに集合。もしシャルロッテに会ったらそう伝えておいてくれ」

「……それは」

 アルベルトは何か言いかけたが、それより先にアインが

「分かった!」

 と元気よく言った。




 魔獣のまとう黒霧がうねり、針となって襲い来る。

 シャルロッテはそれを躱しざま、魔力で強化した剣を叩きこんだ。

 じゅわっと煙を上げながら、霧が溶け消え魔獣の体毛をあらわにする。その魔獣の背に、剣が突き立てられた。

 魔獣が黒い煙となって消滅。シャルロッテは別の魔獣に飛び乗って、同じように剣を突き立てる。上から跳びかかってくる魔獣を避けざま斬り、返す刃でもう一体屠った。

 直後、尻尾が迫る。うなりを上げて来るそれを、躱せない。

「あうっ」

 壁に叩きつけられ、声が漏れた。

(動きを止めるな!)

 眼前に開かれた大きな口を見て、転がる。真横でガチンと牙の鳴る音がした。

 飛んでくる黒い針を気に留めず、駆け、跳び、剣を振る。

 そうして魔獣を倒し続け、ついに最後の1体。

(……マズい)

 魔法が切れかかっている。かけ直す隙は無い。この全身強化が切れる前に倒し切らねば、詰む。

 残る1体の魔獣は、他より大きく動きが良い。まとう黒霧も多いようだ。

(早く、倒さないと)

 魔獣の目から光線が放たれた。跳んで避けざま剣を走らせる。

 壁を蹴って一気に肉薄。魔獣の体を斬り上げた。

 そこで、魔法が切れた。

 消えゆく黒い煙を見ながら、シャルロッテは膝をついた。

「か、勝った……! 生き延びたわ!」

 上がった息を整えながら、剣を支えに立ち上がる。歩を進めるたびに痛みが走った。

(筋肉痛……ではないわね、これは)

 骨は折れていないだろうが、ヒビくらいは入っているかもしれない。

 破れて血の滲んだ制服を見て、苦笑する。戦っている時は、傷を負ったことに気付かなかった。

(必死だったもの。まあ、これくらい平気よね)

 既に出血は止まっている。あの魔獣の猛攻を受けてこの程度で済むとは、我ながら大したものだ。

 時間をかけて地下水路から出ると、既に日は沈んでいた。

(はあ、歩くのしんどい……)

 そんなことを思いながら、シャルロッテはこっそりと森へ向かった。





「どういうことか説明してほしいんだけど」

 ハンスは渋面を浮かべて言った。

 朝、いつも通り森の小屋へ入ったら、中でシャルロッテが眠っていたのである。ボロボロの状態で。

 そして、シャルロッテは起きるや否や、「着替えるから出て行って頂戴」と言ってハンスを追い出したのだ。

 小屋から出てきたシャルロッテは、男装していた。

 全く理解不能だったので、説明を求めたという訳だ。

 シャルロッテは平然と話す。

「言ったでしょう、私は行方不明になるって。今から私……いや、ぼくはシャッテだ」

「全っ然、説明になってないからな? 昨日何か言ってたのは覚えてるけど、意味不明すぎて頭に入ってこなかったんだ」

「細かいことは良いじゃない」

「細かくねえ! 小屋を勝手に使ったからには理由を話せ!」

「何よ、心配してくれてるの?」

「そんなこと言ってねえだろ! 怪我で頭おかしくなったのか⁉」

「やっぱり心配してくれてるんじゃない」

 微笑むシャルロッテは、男装していても綺麗だ。アインと人気を二分するだけのことはある。いや、剣の腕を考えればむしろ。

「女なのがもったいねえ」

 つい声に出していた。蹴られた。

(いってええ……スネ思いっきり蹴りやがった……)

 ハンスは頭を振って、シャルロッテを睨みつけた。

「アインはあんたのファンだからな。あんたに何かあったらアインが悲しむ。だから心配してやってるんだ、アインのために」

「……私がここに来ていることは内緒よ? アインのためを思うなら、これは絶対だからね?」

「分かってるよ、それは。だから……」

「魔獣と戦ったのよ。全部倒したわ」

「……じゃあそれ、魔獣にやられたのか。治してもらわねえの?」

「会う訳にはいかないのよ。しばらくの間、生死不明の行方不明を貫かなくちゃ」

「それ、アインは」

「アインは私が生きてると信じ込んでいるわ。ただ、生きてる証拠を示しては駄目。お分かり?」

「……分かんねえけど分かった」

「それで良いわ。時々来るから、その時は剣の稽古よろしくね」

 そう言って、シャルロッテは悠々と立ち去った。

(また補助魔法で誤魔化してるな)

 それが分かってしまい、ハンスは大きく嘆息したのであった。




「見つかったか?」

 生徒会室に入ってすぐかけられたクラウスの声に、アルベルトは首を振った。

「寮には帰ってないし、他の目撃情報も無い」

「そうか……」

 重苦しい空気が漂う。そんな空気を読まずに、アルベルトと一緒に生徒会室に入ったアインが

「シャルロッテとは会えなかったよ」

 と言った。

 アルベルトは、口調に気を付けながらアインに問いかける。

「魔獣って、何体いた?」

「えっと……いっぱい? 数えてないけど、5体よりは多かったよ」

「……」

 そんな数から逃げ切れるはずが無い。アルベルトとクラウスは、即座にそう判断した。

 だが、アインは完全に「シャルロッテは逃げ切っている」と信じている。だからこそ、いつもの明るさで言うのであった。

「どこに隠れてるんだろう」

 他意は無い。単に、「見つからないならどこかに隠れているのだろう」と思っただけである。

 だがアルベルトは、その言葉に希望を見出した。

「そうか、隠れてるんだ。シャルロッテのことだから、自分が狙われてるのを察して身を隠してるんだ、きっと」

 生きている可能性が限りなく低いことは分かっている。それでも、信じたかった。

 どのみち確かめようが無い。魔獣に喰われていたならば、骨すら残らないからだ。

 そんなアルベルトの思いを察し、クラウスは頷いた。

「そうだな……叔父上にはシャルロッテが行方不明になったと報告しておこう。表向きは……どうしようか」

「持病が悪化して実家で療養中ってことにしとこうぜ。行方不明なんて知れ渡ったら、公爵家だけじゃなく学園の威信にも関わるからな。俺はこれから魔獣の侵入について調べるから、兄ちゃんは結界の修繕頼む」

「分かった。今日の臨時会議はこれで終わりとする」






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ