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2-4 地下水路Ⅰ

 ドサッと木箱が目の前に置かれた。

 ハンスは目を瞬かせる。

「何だ、これ」

「見れば分かるでしょう?」

 当然のように言うシャルロッテ。ハンスは困惑しながら、木箱にかけられた布をめくった。

 食糧、お金の入った革袋、演劇用のカツラと伊達メガネ。中に入っているそれらを見て、再び言う。

「何だ、これ」

 カツラは男ものだ。箱の奥まで見ると、男ものの服が数着と、さらしまで入っている。目の前のお嬢様には男装趣味でもあるのだろうか。それにしても、これを持ってくる意味が分からない。


 混乱しているハンスを見て、シャルロッテは苦笑した。

「今日の夕方、私は行方不明になるの」

「……はぁ?」

「変装して街の宿に泊まるつもりだけれど、貴方と剣の練習もしたいわ。だから、こっそりここに来る。食糧はここで食べる用よ。あ、最初に変装する時はここの小屋を使わせてもらうわね」

「待て待て、何を勝手に」

 ハンスの動揺に応じるかのように、森がざわめく。

 それを全く意に介さずに、シャルロッテは立ち去ろうとした。

「おい、待てって」

 呼び止めるハンスを振り返り、シャルロッテは優雅に微笑む。

「今日は温存しなきゃいけないの。練習は無しでお願い」

 ハンスは息を呑んだ。シャルロッテの表情に、瞳に、覚悟を感じて。まるで、死地に赴く戦士ように見えて。

 森から去っていく後ろ姿を、ハンスは呆然と見送ることしか出来なかった。



「……って訳だ。危険を承知で、点検に行ってくれるか」

 4人そろった生徒会室で、アルベルトは事情を話した。

「うん、もちろん!」

 真っ先に同意したのはアインだ。それに続いて、シャルロッテも同意する。

「ええ。生徒会の力を見せつけてやりましょう」

「4人で一緒に行くのでは、夜中までかかる。手分けしよう」

 クラウスはそう言って立ち上がった。

「僕は西を担当する。アルベルトは南と東、シャルロッテとアインは2人で北を担当してくれ。……問題ないか、アルベルト」

「ああ。それが一番マシだと思うぜ」


 ゲーム通りの会話が続いている。このままシナリオ通りになるはずだ。

 シャルロッテはそう考えながら、皆を見た。

 アインは何も心配していない様子で、どこか楽しそうですらある。

 クラウスとアルベルトは警戒していた。生徒会の誰か……主に自分たちが狙われているのではないか、と。

 狙われているのはアインなのだが、王子たちはそう考えていない。だから、リスクを分散させるために別行動を取るのだ。

(まあ、普通に考えればアインが狙われるなんて有り得ないのよね。現時点ではただの平民なんだから)

 1週間後くらいにアインとアルベルトが婚約するはずで、そうなれば狙われる理由もできるのだが。

(いや、それでも帝国人に狙われる理由にはならないわ。本当、何なのかしら)

 クラウスもアルベルトも既に支度を整えており、生徒会室を出ようとしている。

 シャルロッテは溜息を吐いて立ち上がった。

「行くわよ、アイン」

 時計塔の北に、地下水路北部への入り口がある。そこへ入ってからが本番だ。



「ひゃあっ」

 アインが驚いた声を出す。上から水滴が落ちてきたのだ。

 この地下水路北部は、ランプが等間隔に灯った真っ直ぐな水路だ。

 チョロチョロと流れる水の音。カサカサと何かが這う音。それらが薄暗さと相まって、不気味な雰囲気を醸し出している。

「歩きにくいわ」

「だってぇー……」

 怖いのか、アインはシャルロッテの腕にしがみついて歩いていた。

「シャルロッテはやっぱり凄いね」

「何がよ」

「……えへへ」

 アインは答えず、幸せそうに笑う。シャルロッテは嘆息した。

「随分と私のことが好きなのね」

「わたしはシャルロッテのファン1号だもん。男子たちよりも、わたしの方がずっと先にファンになったんだから!」

「……そう」

 気恥ずかしくなったシャルロッテは、話題を変えることにした。

「貴女、アルベルトのこと好きよね?」

「うん、生徒会の皆が好きだよ」

「その好きじゃなくて、恋愛の方よ」

 その言葉に、アインは顔を真っ赤にして立ち止まった。シャルロッテの腕に顔をうずめ、呟く。

「……何で知ってるの」

「だって貴女、分かりやすいんだもの」

「ふえっ……じゃあ、バレバレ? 付き合い始めたのも?」

「そこまでは知らなかったわ。墓穴を掘ったわね」

「あう……」


 他愛もない話をしながら進んでいると、このまま何事も無く終わりそうな気がしてくる。

(……って、そんな訳がないわ)

 そろそろ、水路の分岐点がある。他の箇所に繋がる、地下水路の中心地点。

 そこへ着く前に、現れるのだ。

 人間を丸呑みにできそうなほど大きな口。赤く輝く5つの瞳。漆黒の霧で覆われた、大きな犬のような体躯。

 そう、丁度目の前にいるような、魔獣が。

(え?)

 立ち止まる。

(…………出た!)

 目をこらせば、何体も……10体以上も、いる。

 魔獣の群れだ。

 アインは呆然と固まっている。

「先に逃げて、アイン。この魔獣は、近くの1人しか狙わない」

「そんな、それじゃシャルロッテは⁉」

「大丈夫。私は補助魔法の使い手よ? 逃げ切って見せるわ」

 自然と出た言葉は、ゲームと同じセリフだ。アインは納得した顔で頷き、踵を返す。

 遠ざかっていくアインの背を見送りながら、シャルロッテは苦笑した。

(馬鹿ね。この数相手に、逃げ切れる訳ないじゃない)

 魔獣がゆっくり近付いてくる。下手な動きを見せれば跳びかかってくるだろう。

「術式展開。補助の書14節、全身強化」

 静かに唱え、前を見据えた。剣に手をかけ、息を吸う。

「……全部、倒す!」


 



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