乙女ゲーム「ブランクコード」
玲奈は乙女ゲームが苦手だった。食わず嫌いは駄目かと思い、少しはプレイするものの、いつも序盤でやめてしまった。
まず主人公が気に食わない。主人公に対する周りの態度も気色悪く感じてしまう。そんな体たらくだったので、乙女ゲーム好きの友達とはゲームの話が合わなかった。
スマホ用乙女ゲーム「ブランクコード」に熱中するまでは。
ブランクコードはシングルプレイ専用のアドベンチャーゲームで、架空世界の小さな王国で物語が繰り広げられる。
主な舞台は、西洋風の街並みが美しい王都と、王都南部に広大な敷地を持つ王立学園だ。王立学園は全寮制の学校で、15歳から18歳の王族や貴族たちが学びと人脈を得る場所とされている。しかし、魔法の才能が高ければ平民でも入学できる。主人公は平民の少女で、王立学園に入学するところから話は始まる。
玲奈は友達に勧められて、渋々これをインストールした。浪人生なのでゲームをしている場合ではないのだが、そう思えば思うほど、したくもないゲームでも勉強よりマシな気がしてくる。
最初は1つのルート〈攻略対象:学年主席ウィリアム〉しか選べず、玲奈は「あ、やっぱり無理なやつ」と思って序盤だけでやめた。だが、その旨を友達に話したところ、彼女は熱心に言ってきたのだ。「そのルート終わったら、攻略対象が3人追加されるから! どのルートも玲奈が好きそうな感じだから! 私は合わなかったけど!」と。
ここまでしつこく勧められたのは初めてだったので、頑張ってプレイを続けることにした。
このルートのストーリーはこうだ。
主人公は学年主席の貴族ウィリアムに思いを寄せるが、ウィリアムは「シャルロッテと婚約しているから」と断り続ける。
だが、ウィリアムはだんだん主人公に惹かれていき、シャルロッテを邪魔と感じるようになる。婚約を破棄したいと思うが、シャルロッテの方が遥かに身分が高いため、婚約解消を申し出ることも出来ない。
思いつめたウィリアムはシャルロッテの命を狙おうとするのだが、主人公が止める。
この件でシャルロッテは主人公に恩を感じ、主人公の危機に駆けつけるのだ。
結果、シャルロッテは主人公を庇って死んでしまう。
主人公はウィリアムと結ばれて終わり。
(ああ、やっと終わった!)
玲奈は解放感に浸りながら、エンディングを流し読みした。
主人公の名前はプレイヤーが自由に付けられるのだが、玲奈はデフォルトの「アイン」という名前でプレイしている。
(アインは何か嫌だけど、シャルロッテはかっこいいな)
そんなことを思いながら、ついに別のルートをプレイすることになる。そして……ハマった。ものの見事にハマった。
選択肢を間違うと、すぐに主人公が死んでゲームオーバーだ。正しい選択肢を選び続けても、主要人物が容赦なく死ぬ。話が進めば進むほどシリアスになっていく。
玲奈は、敢えて間違っていそうな選択肢を選び、アインがどんな風に死ぬかを見て楽しんでいた。
(にしても、私のことを何だと思ってるんだか)
友達の言葉と現状を照らし合わせ、玲奈は苦笑した。
そうして2か月。玲奈は追加されたルートを3つともクリアした。エンディングはトゥルーエンドしか存在しなかった。
3つのルートは、〈攻略対象:第一王子クラウス〉〈攻略対象:第二王子アルベルト〉〈攻略対象:幼馴染ハンス〉というものだ。どのルートにも、ウィリアムは全く出てこなかった。最初に見せられた学年主席ルートは何だったのかと玲奈は呆れたが、シャルロッテを悪役令嬢たらしめるために必要だったのかもしれない。尚、追加された3つのルートのどれもにシャルロッテは出てくるのだが、必ず主人公のために死ぬ。
SNSなどでは、「こんなの乙女ゲームじゃない」「シャルロッテは本当に悪役令嬢なのか……?」といった意見が見受けられる。しかし玲奈は、「公式が乙女ゲームと謳い、シャルロッテは公式サイトで悪役令嬢と紹介されているのだから、それは疑いようのない事実だ」と考えていた。
玲奈は歩道で信号を待ちながら、ブランクコード公式サイトの情報を見ていた。
(アインは帝国人に命を狙われてた訳だけど……理由はよく分からないままだったな。アプデでルートが追加されて、そこで判明するとかかな?)
スマホを凝視していた玲奈は、気付かなかった。暴走した車が、猛スピードで向かってきていることに。