表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冬野つぐみのオモイカタ ―女子大生二人。トコロニヨリ、ヒトリ。行方不明―  作者: とは


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

91/98

人出品子は悔やむ

 シヤが自分の方へと駆け寄るのを確認し、品子は小さく息をつく。


「品子姉さん、いったい何が?」

「やぁ、ただいま。お土産、買ってくるの忘れちゃったな」


 自然と出てきた軽口と共に、品子はにやりと笑って見せた。

 品子の様子に呆れた顔をしながらも、シヤは肩を貸してくれる。


「井出さん! 品子姉さんをお願いします!」


 部屋に入ってすぐにシヤは、彼女には実に珍しい大声で中にいる人物へと声を掛けた。


「えー、なにこれ。今日すっごく忙しいんだけどー」


 相も変わらずのんびりとした口調を耳にして、明日人がまだここにいることを知る。

 まずはつぐみの状態の確認をしなければと、品子は部屋を見渡す。

 室内にはシヤと明日人、それにソファーに誰かが寝かされているのが目に入る。


「あ、あれは冬野君か? そうだとしたら惟之とヒイラギはどこだ? シヤ! 彼女は生きているのか?」


 取り乱し叫ぶ品子に、明日人がゆっくりと答える。


「はいはい~、話は後でしてください。取りあえず治療から始めますよ。了承お願いしまーす」


 白衣を羽織(はお)りながら、気だるげに明日人が品子の傍らにやって来る。

 どうやら彼には、相当な無理をさせてしまったようだ。


「気持ちはありがたいが明日人。今の君の顔色は、随分よろしくない。私は取り急ぎではない。君は一度、戻った方がいいのでは?」


 品子の提案に、明日人は頭をかきながら苦笑いを浮かべている。


「僕より明らかに体調が悪い方に言われても説得力ないですね。落月の上級者とたっぷり遊ばれていたと聞いていますよ」

「どうしてそれを?」

「この部屋の治療済みの人達を、二条の人に運んでもらっていますので。その時に報告も貰ってます。品子さんが落月のやつを連れて、ここから離れてくれたでしょう。おかげで随分、運びやすかったって言ってましたよ。床が固いですが、そこのシートが敷いてある所で横になって下さい」


 つまりは惟之とヒイラギは、二条の人に搬送されたのか。

 状況を理解した品子は、言われるまま床に仰向けになる。


「タオルを掛けますね。スカートは脱いでもらってもいいですか。着替えはたくさん準備してあります。動くのが辛いならこちらで処理しますけど?」

「いや、いい。自分で出来るよ」

「……はい、ありがとうございます。あらー。折れていますね、これ」

「例の上級者に、膝と肘でサンドイッチされたからな」

「あぁ。蹴りだけや殴打だけなら逃げ道もあっただろうけど、挟み込まれたんだ。女性に対して、こんなに痛めつけるなんて容赦ないなぁ」


 明日人が淡々と状況を報告していく。


「なあ。個人的には、あの時の痛みを思い出すのでやめて欲しいのだが」

「あれ、そうですか? 分かりました。では治療をさっさと始めましょうか。改めて了承お願いします」

「……三条発動者、人出品子。治療を依頼します」

「はい、では始めます。右足がちょっと熱く感じると思いますが、そこは我慢して下さいねー」


 天井を眺めていると、シヤが恐る恐るといった感じで品子の視界に入ってくる。


「教えてくれ。冬野君はどうなったんだ?」

「つぐみさんは、助かりました。体の毒も消えています」


 毒が消えたとはどういうことだ。

 明日人が治療したというのか。

 いや、それはあり得ない。


 考えがまとまらず、品子は思わず大声で叫びながら起き上がろうとする。


「シヤ、それは一体? どうして彼女の毒が消えている?」

「わあっ! ちょっと、品子さん動かないでください! シヤさん、この人を落ち着かせて! ……ああもう! ここの人達って、ちっとも僕の話を聞いてくれないんだから」


 明日人がぼやく中、品子はシヤに肩をそっと押さえ込まれる。

 大人しくしてなければいけない。

 ようやくそれに気付き、深呼吸をして心を落ち着かせていく。


「つぐみさんは、兄さんの肩代わりによって助かりました」

「肩代わり? でもそれは治療発動者の能力のはず。ヒイラギは、そんな発動能力は持っていないはずだ」


 品子の言葉にシヤはうつむいて言葉を続ける。


「私達はかつて、マキエ候補として治療発動の訓練を受けています。適応能力がないという判断で中止されましたが……」


 上の連中は、この子達にそんなことをさせていたのか。

 自分からその芽を潰しておきながら、よくものうのうと。


 自分の中に生まれたどす黒い感情が、体を駆け巡るような感覚。

 それを押さえようと、品子は唇をきつく噛みしめる。


「それで、それで兄さんはつぐみさんの毒の全てを引き受けました。そうしたら兄さんの体が黒くなって……」


 シヤはそこまで言ってから声を詰まらせる。


「……はい、完了です。ちょっと僕は席を外すので、その間に着替えてもらっていいですか? 脱いだ服は二条の人が持っていくそうなので、あちらの隅にまとめておいてとのことでしたよ」


 白衣を脱ぐと明日人は大きく伸びをして、廊下の方へと向かっていく。


「着替え終わったら、声かけてくださいねー」


 出て行こうとする明日人に、品子は声を掛けた。


「あ、待ってくれ。シヤ、彼に冷蔵庫から何か飲み物を出してあげて」

「わぁ、ありがとうございます。シヤさん! 僕ねっ、何か甘いやつ飲みたいなー」

「品子姉さんのお気に入りコーヒー。渡してもいいですか?」

「えー、それは駄目。私が全部、飲むから」

「じゃあシヤさん、そのコーヒーちょうだ~い。僕が全部それ飲むー」


 発動時の有能さから一転して、子供のように明日人は冷蔵庫へと走っていく。

 その姿はパッチリとした二重の目元や色白の肌も相まって、さながら仔犬のようだ。

 彼は確か二十一歳だと聞いている。

 とてもそうは思えない行動に、思わず笑みがこぼれてしまった。


 どうやらコーヒーは、彼の心をとらえたようだ。

 ごくりと飲んでから、こちらに向けられるのは輝かんばかりの笑顔。

 砂糖菓子のような甘い笑顔は、仕事時のキリリとした真剣な表情とは大違いだ。

 そのギャップに、組織の女性達からの人気が高いのもうなずける。


「さて、始めるとするか」


 明日人の行動に、笑顔が出る心の余裕を感じながら立ち上がる。

 右足には痛みも腫れも全くない。

 見事な明日人の能力に品子は感心する。

 動くようになった体を一度、大きく伸ばす。


 部屋を見渡すとシヤがいない。

 着替えが終わるまで、明日人と一緒に廊下で待ってくれているのだ。

 気を遣わせたと思いながら、部屋の隅にある着替えを取りに行く。


 予備着替えと書かれたケースを開けて、中にあった服を手に取り着替えを始める。

 あつらえたように服はサイズが合っていた。


「これは多分、出雲君の手配だろうなぁ。いいよな惟之は、こんな部下がいて。えっと、ぼろぼろになったスカートとシャツは、隅にまとめておけと言われていたな」


 衣装ケースから離れたところに、品子の服に負けず劣らずぼろぼろになった服が確かに置いてある。

 脱いだ服を抱え、品子は何とは無しに置いてあった服を見た。


「あー、これ惟之のスラックスだ。うわぁ、高そうな服なのに切られてやんの。ざまぁ」


 そのスラックスの隣には、見覚えのあるTシャツが並んで置かれている。


「これは、ヒイラギのTシャツか?」


 真っ白だった彼のシャツは、黒色でまだらに染まっていた。

 思わず手に取り、まじまじと眺めてしまう。


「赤色ではないということは、血ではないのか?」


 呟きながら、ヒイラギのシャツを元の場所へと戻す。


「さてっと、明日人に声を掛けにいくとするかぁ」


 呼び戻そうと、廊下へと向かおうとしたその時。


「先生……」


 か細い声に、体の動きが止まった。

 すぐさま声の主の元へと、品子は駆け寄っていく。

 ブランケットを丁寧に畳み終えたつぐみが、立ち上がろうとするのを手を伸ばし制する。


「あぁ、冬野君! そのままで休んでいなさい」


 つぐみの肩に手を置き、覗き込んだ顔色はとても良好とはいえない。


「ずいぶん無理をさせてしまった。今、痛むところはあるかい?」

「……いいえ。大丈夫です」


 声に力がない。

 このままこの子は消えてしまうのではないか。

 そんな不安に駆られる品子に、つぐみはぽつりと言葉を落とす。


「先生、ヒイラギ君は、……どこですか?」


 その問いにどくん、と品子の心臓が跳ねた。


「えっと。ヒイラギは、怪我をしてしまってね。今は治療のために別の所にいるんだ。惟之も同じところにいるよ」


 彼女は品子の答えに何も言わずうつむいている。

 気まずさから思わず饒舌(じょうぜつ)になるのを品子は止められない。


「シヤと医者が今、廊下にいるんだ。これから声を掛けて帰るところだよ。さて、少し休んだらここを出るとしよう」


 そうだ、ここから出て彼女は普通の生活に戻ってもらうのだ。

 千堂沙十美の話を信じるならば、この子に危険が及ぶ可能性は低い。

 どうかこのまま、平穏な生活を。

 そう思う品子に対し、つぐみは口を静かに開く。


「私は……。私は、少し前に目を覚ましました」


 うつむいていた彼女は、品子の顔を見上げてくる。


「先生。肩代わりというもので、ヒイラギ君は私の体を治したのですね」


 ――だめだ、どうしよう。

 この子を傷つけたくない。

 

 その願いはもはや、誰も叶えてくれない。


「先生が着替えてヒイラギ君の。……黒くなっていたシャツを眺めているのを見て、ようやく理解しました」

「違うんだ。君は何も悪くないんだ。だから……。だから、どうか」


 消え入りそうな声で、つぐみは言葉を続ける。


「私が、私がヒイラギ君をその『怪我』をさせた張本人だということに」


 震えた声。

 彼女は。

 ……彼女は泣いていた。


「違う! それは違うんだ! それは君が負うべきものではない!」


 心がきしんで苦しい。

 まるでそれから逃げるかのように、大声をあげてしまう。

 その声に反応したシヤと明日人が、部屋へと駆け込んできた。


「私っ、私がっ、ああ……」


 彼女は顔を手で覆ったまま、泣き続けている。

 手から伝う涙が、彼女の途切れた言葉を語るかのようにとめどなく落ちていく。


 ……どうして私は。

 こんな優しい子の心を、傷つけてしまうことばかりしてしまうのだろう。

 ごめんなさい、ごめんなさい。

 もう、これ以上はもう。


「……明日人、シヤ。悪いけど先に帰っていてくれるかい?」


 泣き続けるつぐみを、品子は抱きしめていく。


「私は最後の片づけを終えたら、彼女と帰るよ。……だから、お願い」

「……わかりました。シヤさんは僕が家まで送り届けましょう。それでいいですか?」

「うん、ありがとね。明日人」


 明日人がシヤを促すように、背中にそっと手を添えた。

 そのままシヤは数歩すすんだが、明日人を見上げると強い意志を持って告げる。


「ごめんなさい。少しだけ……」


 品子達のそばに駆け寄ったシヤが、つぐみの膝にそっと両手を乗せた。

 シヤの口が、何度か開いては閉じる。

 そうしてようやく出てきた言葉は……。


「……ありがとう、ございました」


 たった一言。

 人と接するのが苦手な彼女が、精いっぱいの思いを込めた言葉。

 それだけを呟いて、シヤは明日人の元へと戻る。

 しばらくして、扉の閉まる音が品子の耳に届く。

 今、この部屋に響いているのは彼女の悲しい泣き声だけ。


「冬野君。少し落ち着いたら、聞いてほしい話があるんだ」


 しゃくりあげる彼女を抱きしめたまま、品子は話す。


「それが。……それが、全て終わったら帰ろう」

お読みいただきありがとうございます。

次話タイトルは「室映士は尋ねる」です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 怒濤の展開に思わず一気に読んでしまいました。 一難去ってまた一難、という具合につぐみが助かった代わりに…… って感じになりましたね。 つぐみと品子も辛いところですね!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ