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冬野つぐみのオモイカタ ―女子大生二人。トコロニヨリ、ヒトリ。行方不明―  作者: とは


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助けたいのに

「うん、ここまでは、ほぼ予定通りだ」


 ビルの入り口へと向かいながら品子は呟く。


 発動の力を持たないつぐみが、すんなりと店に入れたことをヒイラギからは聞いていた。

 扉に発動者が触れられない以上、開けるにはやはり能力を持たない一般人の力を借りるしかない。


 通りすがりの人の『心優しい』ご協力のもと、無事にその扉は開くことが出来た。

 開いてすぐに店へと向かいまっすぐに現れたシヤのリード。

 それに掴まり走る、ヒイラギの姿。

 例の障壁で一瞬、ヒイラギの体が止まりかけたときはもう駄目かと品子は覚悟した。

 だがそこで一旦は止まりはしたものの、ヒイラギは何かに押されるかのような動きの後に駆け抜けていった。

 惟之が障壁を破壊したのだと理解し、思わず品子は「よし!」と叫んだものだ。


 ビルに入ると黒い水のようなものが、点々と落ちているのが品子の目に入る。

 鞄からハンカチを取り出し、可能な限り拭いながら部屋に向かう。

 タオルと水を部屋から持ってきて、外の黒い水の跡も消しておかなければならない。

 そう考えながら部屋の扉を開けた先の二つの光景に、品子は思わず立ち止まった。


 一つ目はソファーでつぐみが寝かされているものだ。

 つぐみの傍らにはシヤとヒイラギがいる。

 そして二つ目は窓際で惟之が右足から血を流し倒れているもの。

 その足は、ありえない方向に曲がっているように見える。


 選ぶまでもなく品子はソファーに向かい、つぐみの様子を確認する。


「あ、先生……」


 声を発していることに安堵しながら、つぐみへと近づいていく。

 上半身は布に覆われており、シヤとヒイラギがハサミで巻きつけられた布を切っていた。

 問題は下半身だ。

 膝から足がどう見ても通常の様子とは違い、布の膨らみがそこに在るはずの足の大きさをしていない。

 上半身をヒイラギ達に任せ、下半身の方の布を品子はハサミで切っていく。

 徐々に足の部分の布が取り除かれ、見えてきたものに品子は言葉を失う。

 足は膝から下の部分は黒や紫に変色しており、脛から下の部分が無くなっている。

 断面は黒い皮膚と骨や脂肪だろうか。

 白や黄色のものが混じったようなものが見える。

 奥戸の言う通り、これは人を『溶かした』ということなのか。

 そっと近くにあったタオルを、彼女の足に巻いていく。

 直ぐに黒く染まっていくタオルを見ながら、品子は強く奥歯をかみしめる。


「痛みは無いんです。なぜでしょうね?」


 品子の目線と表情に気づいていても、それでも彼女は気丈に自分へと笑いかけてくる。


 確かに助けることは出来た。

 でも、これでは。

 これはあまりにも、彼女に残酷すぎるではないか。

 そんなやり場のない気持ちを振り切るように、品子はヒイラギ達と一緒に上半身の布を切っていく。

 つぐみに巻かれた布が徐々に無くなり、その状態があらわになってくる。

 無事に見えていた上半身も、同様に肘から下は壊疽(えそ)でも起こしたように黒くなっていた。

 奥戸は蝶の発動者と言っていたが、これは蝶の毒なのだろうか。


「品子姉さん、来てもらえますか?」


 いつの間にかシヤが、惟之の傍らにしゃがんで品子を呼んでいる。

 品子はシヤの隣へ向かい惟之を眺める。

 彼の意識はないものの、呼吸をしているのは確認できた。

 つまりはまだ、生きてはいるということ。

 右足は関節や骨の存在を無視したような、とんでもない方向に曲がっているのが見える。

 障壁破壊の際の、片目のみで『鉤爪』を使った代償に品子は図らずも小さく息をのんだ。


「惟之さんの近くに、これが落ちていました」


 シヤが一枚のメモを、品子へと差し出す。

 そこには「心配ない。治療班と出雲に連絡済」とだけ書かれていた。


「シヤはどうして惟之がこんな足になっているかは、聞いていないんだな?」

「はい。ここに帰ってきた時点で、すでに惟之さんの意識はありませんでした」

「そうか、治療班が来てくれるなら、冬野君も診てもらえるね」

「はい、祓いで上級の治癒発動者は来れないにしても、黒い変色を止める何らかの対策を知っている方がいるといいのですが」


 不安げにシヤはつぐみを見つめる。


「ならば私は、他の処理をしに行くべきだな。道路の黒い水を処理してくる。誰かにたどられても厄介だしな」


 冷蔵庫からペットボトルの水を数本とり出すと、品子はシヤへと声を掛ける。


「シヤは治療班が来るまで少し休みなさい。よく頑張ってくれたね」

「そうですね、では休ませてもらいます。後はよろしくお願いします」


 品子は軽くシヤの頭を撫でてから、つぐみの元へ向かう。


「冬野君。もう少ししたら、お医者さんが来てくれるから待っててね」

「……ありがとうございます。先生はどちらへ?」


 つぐみの顔色がずいぶん悪い。

 先程に比べ声に力がないのだ。


「だめだよ。そんな顔しちゃ、もうすぐ助けが来るからね」


(だからお願い。どうか、それまで頑張って)


 彼女の体の状態に対して残酷ともいえる思いを、品子は静かに胸の中にしまう。


「私はちょっとした後片付けに行くんだ。すぐ戻るから待っててね」


 にっこりと笑い、彼女の隣で黙りこくったままでいるヒイラギの背中を強めに叩く。


「治療班がもうすぐ来る。あほ惟之はどうでもいいから、最初に冬野君を診てもらうようにお願いしてね。冬野君が退屈そうだから、ちゃんと話し相手になってあげなよ」


 品子の行動に、弱々しくつぐみは笑った。


「はい、早く帰ってきてください。待ってますから」

「もちろんだよ~。では! ちゃちゃっとお片づけ行ってきまーす!」


 そのまま振り返らずに、品子は部屋を後にする。

 扉を出て廊下を早足で進む。

 頬がひきつるように震えるのを抑えられない。


 何も考えたくない。

 今は、外の黒い水の処理だけを考えろ。

 ……他のことは、考えるな。

 ぐっと強く唇をかみしめ、品子は階段をかけ下りていった。

お読みいただきありがとうございます。

次話タイトルは「脱兎」です。

兎は逃げだしたのか、それとも……

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