表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冬野つぐみのオモイカタ ―女子大生二人。トコロニヨリ、ヒトリ。行方不明―  作者: とは


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/98

ある路地で(アルオトコタチノハナシ)

 日も沈み、橙色だった空が追いやられてからしばらく。

 じわりとした暑さだけは置き去りにされ、肌を撫でる空気はねっとりとなめるように絡み付いてくる。

 それは夜になっても収まることもない。

 風もなく、ただ暑さを押し付けてくるように。

 夏の夜はそこに居る人間に対し、じわりとした汗を浮かび上がらせていく。


 そんな中、人気(ひとけ)のない路地裏には三つの人影がある。

 暑さとは違う意味で体中から発汗し、息を荒く吐く存在がそこにはあった。


 二人の男と一人の女。


 それぞれの人物はひどく興奮した状態にある。

 ただし、それを起こしている原因は違った。

 そのうちの一人の男、中林(なかばやし)はこの状況をいたく楽しんでおり、口元には喜びの弧を描いている。

 同じく自分の隣にいるもう一人の男、山本(やまもと)も女の様子を見やり嬉しそうだ。


 対して女の方は、自らの体をひしと抱きしめ、退路を塞いでいる自分達を怯えた表情で見上げている。

 女が着ているブラウスのボタンの一番上は引きちぎられ、今は中林の手の中だ。

 手のひらを広げボタンを地面へと落とせば、かつんと軽い音を立ててアスファルトに転がっていく。


「服、ごめんなぁ。俺の服、貸してやろうか?」


 自分の着ているベージュと黒のシャツを、ぐっと引っ張りながら山本が女に言っている。

 その言葉に、女からの返事はない。

 目に涙を浮かべ怯えている女を、中林は袋小路へとじわじわと追いやっていく。

 行き止まりの己の背後と、目の前にいる自分達の向こう側にある逃げ道。

 それを交互に見つめる女の姿を眺め、中林は(わら)う。

 

「あぁ、どうしてそんな顔をするんだい。だって、お前が俺を誘ってここに来たんじゃないか」


 さらに一歩、女へと足を進めながら中林は話しかける。


「つまらない毎日の繰り返し。そんな自分にあんたが、この路地で俺のことを待っていたんじゃないか」


 路地の前で中林と目が合った途端に、この女は柔らかく微笑んできたのだ。

 女はさらりと結んでいた髪をほどくと、中林を見つめてくる。

 自分が今まで見てきた、どの女も持ち合わせていない色香を女は漂わせていた。


 世界が止まったのではないか。

 そう思わせるほどの衝撃を受け、めまいすら中林は感じたものだ。

 そのまま女は、路地の奥へと一人で進んで行く。

 これはつまり、ついて来て欲しいと言っているのと同じ。


 そう理解した中林は、山本に目配せをすると女の後を追う。

 心得たもので山本もにやりと笑うと、自分の後ろをついてきた。

 二人は路地に入るやいなや走り出し、中林は追いついた女の肩に触れる。

 振り向いた女は、どうしたことか驚きの感情をみせてきた。


「そんな顔するなよ」


 にやりと笑うと中林は『いつも通り』に。

 相手の恐怖におびえる表情を楽しみながら、出会えた記念にと女の胸元を強く掴む。

「いやっ」と小さく叫ぶ声が響いた。

 手に触れるボタンの固さが鬱陶(うっとう)しく思え、中林はボタンを引きちぎれば、女の目に恐怖が映し出された。


「そうそう、こういうのが『つまらない毎日』からの解放だよ。大丈夫さ、姉ちゃん。今のお前の綺麗な姿、その写真を撮って俺達のことを誰にも言わないように約束したらさ。すぐに逃してやるよ」


 行き止まりにまで追いやられた女は、中林の言葉に反応がない。

 とうとう女はうつむいたまま、何も言わなくなっていた。


「さて、はじめようか?」


 中林は女の正面に立つと、あごを掴み上を向かせた。

 いい表情を見せてくれるかと期待して見つめたその相手の顔に、中林の思考は止まってしまう。 


 先程までの怯えた様子は消え、女は無表情でただこちらを見つめていた。

 思わず怯んだその一瞬、女はすぅと小さく息を吸うと中林の胸をめがけ、勢いよく自身の頭を思い切り振り下ろしてきた。

 胸を襲う痛みに、「があぁ」という声が中林の口から飛び出る。

 体が仰け反り倒れそうになるの堪えようと右足をうしろに引けば、女は中林の左足をかかとで思い切り踏みつけてきた。

 引き続く痛みに混乱し左足を引けば、女は体をかがめて中林の腰に手を回し、腹を狙って膝で鋭く蹴りを叩きこんでくる。

 

 どうしてだ?

 襲い来る痛みに、中林の頭の中にはその一言しか生まれてこない。

 女の行動に驚いた山本は情けない声を上げながら、やって来た道へと一人で逃げだしてしまっていた。

 女の動きに沿って流れるようにしなり動く、長い黒髪を見つめながら反撃を試みようと中林は相手の肩を掴めば、女はピタリと動きを止め中林を睨みつけてきた。


 互いに荒い息をつく。

 だが先程とは全く正反対の状況を、中林は許すことが出来ない。


「さっきまでは俺が楽しんでいたんだよ! たかが女相手に、こんなのはあり得ない!」


 ぐっと歯を食いしばり、女を壁に叩きつけてやろうと中林が腕に力を込めたその時。

 下から突き上げるように伸びてきた女の手が、中林の額をぐっと掴む。

 直後、女の後ろから風が吹いた。

 女はその風を受けながら、たった一言だけ「動くな」と呟いた。

 その途端、中林は体が全く動かないことに気付く。


「何だ? なんだなんだなんなんだこれは! どうして体が動かないんだよ!」


 動揺を隠しきれない中林の言葉に、女は冷静に返す。


「弱者を狙ってさ。こんなことをして楽しいのかい?」 

「うるさい、女の癖に! 俺の体に何をした!」

「何をって? あなたの体に、お願いをしたのさ。『動かないでくれ』ってね」

「お願いってなんだよ! どうして言葉を口にしただけで、そんなことができるんだよ!」

 

 口から泡を飛ばしながら、中林は叫ぶ。


「変なことしやがって! この化け物が!」

「変なこと、化け物ねぇ……。お前が私にしたことも、よっぽどだと思うんだが」


 小馬鹿にしたような相手の口調に、腹が立ってしかたない。

 唯一、自由がきく口で、思いつく限りの暴言を女へとぶつけ続ける。


「……もういいや。おまえ、いらない」


 一通り聞いた。

 そう言わんばかりに女は呟くと、再び中林の額を掴んでくる。

 反射的に見た女の顔に、中林は今までに一度も感じたことの無い感情を。

 『戦慄(せんりつ)』と呼ぶであろうものが、自分の体を走り抜けていくのを自覚する。


「だっ、誰か助けて……」


 かすれた声しか出すことが出来ない緊張の中、女の後ろに気配を感じた中林は、そちらに向けて助けを請うた。

 

 顔を拭うことも叶わず、ぼんやりとしか見えない視界に一人の男が映る。

 背の高いその男は、中林の方へゆっくりと歩いてくる。

 かちりとメガネのツルを折りたたみながら近づく男に、女が忌々(いまいま)しげに口を開いた。

 

「なんだよ。邪魔しないでくれる? お前の出番ではないんだけど」


 女の不満げな声に、新たに来た相手が女の仲間だと知る。

 絶望する中林を見すえ、男はため息をついた。


「対象者に必要以上の恐怖や暴力を加えないで欲しい」


 男の言葉に中林は疑問を抱く。


「対象者? いったい、何のことだ?」


 混乱する中林を至近距離でのぞき込む男の瞳に、中林は息をのむ。

 男の左目の色が、見たこともない異様な色へと変化していくのだから。


「ば、化け物どもがぁっ!」

 

 中林の叫び声を聞き、男は再び小さくため息をつく。

 

「驚かすつもりは無かった。……申し訳ない」


 男は目を伏せると、中林に背を向け、スマホを取り出し電話をかける。

 中林の耳に、誰かに指示を出している声が聞こえてきた。


「あぁ、そのまま通りに沿って、うん。右に行ってくれ。……見えたか? そう、その男。ベージュと黒のボーダーのシャツを着た男が山本だよ。確保を頼む。中林は既に確保済だ」


 初対面である男が、自分達の名を『知っている』ことに中林は震えが止まらない。

 

「お前達、何者だ! 最初から俺達が狙いだったのか!」


 男に向かって叫んだにもかかわらず、中林の元にやって来たのは先程の女。

 中林の額に人差し指を当てると、女は低い声で呟いてくる。


「もう、寝てろよ」


 言葉と共に風が吹いた。

 指が離れると同時に、中林のまぶたが急に重くなっていく。


「俺に何をした! こんなこと、普通の人間が出来ることじゃないだろう!」


 顔を上げた中林の目に映ったものは、ひどく冷たい目をした女。


「女なんぞは、大人しくこっちの話を聞いてりゃいいのによ……」


 そう言って睨みつけた中林に、女は顔がゆがませ、手をぐっと伸ばしてきた。


「……らない、いらない、こいつやっぱいらない」


 馬鹿みたいに呟きながら、近づいてくる手。

 中林に届く寸前、女の後ろから伸びてきた華奢(きゃしゃ)な手がそれを阻む。


「……落ち着いてください」


 限界を感じ目を閉じた中、中林に聞こえたのはどう考えても先程の男とは違う少女の声。


「らしくありません。冷静になってください」


 幼さを感じるのに、その言葉は随分と大人びた語り方だ。

 その声を聞いたのを最後に、中林の意識は途絶えた。



◇◇◇◇◇



 山本は走る。

 とにかく逃げるために。


 夜遅く、ましてやこのじっとりとした暑さのせいか周りに人の気配はない。

 少しでも先程の場所から離れようと、ただ走り続ける。

 数十メートル先で明るく見えるのは大通りだ。

 そこまで行ったらタクシーでも拾って、今日のことは忘れよう。


 そんな自分の数メートル先に前に人が、突然に『現れた』。

 まるで魔法か瞬間移動でもしたかのように、唐突にだ。

 

「なっ、嘘だろ! 人なんてさっきまでそこにっ!」


 慌てて山本は立ち止まろうとするも、勢いがついた足はそれを叶えてくれず、そのまま相手の方へと近づいてしまう。

 急に速度を落とそうとした足はもつれ、派手に転んでしまった。

 頬や腕が地面と擦れ合う、ちりちりとした痛みに顔をゆがめながら、あわてて立ち上がる。

 とにかくこの気味の悪い存在から離れようと、背を向け走り出したその時。

 唐突に何かが巻き付いた感覚が襲い、再び転倒してしまう。

 痛みによるものではなく、自分の体に起こっている様子に山本は叫び声を上げた。


「なんだっ! 何だよこれっ!」


 山本の体は紐状のもので、ぐるぐるとまるでミイラのように体を縛られていた。


「何だよ! 紐なんてどっから出てきたんだよ!」


 混乱して叫ぶ山本の真上から声が響く。


「山本の確保、完了」


 若い男の声に顔を挙げれば、少年が自分を見下ろしていた。

 さらに相手の手のひらを見て、山本は小さく悲鳴を上げてしまう。

 彼の手のひらは、どういうわけか青色の光を放っているではないか。


「その手の光は何だ! 気持ち悪い! 大体お前は何者な……」


 少年とは思えない冷徹な眼差しに射貫かれ、山本はぴたりと言葉を止める。


「……満足したか? おっさん、今から歯を食いしばっとけよ」


 近づいてきた少年は山本を担ぎ上げると、小さく息を吐いた。


 次の瞬間。

 山本の体は、ぐっと後ろに引っ張られるように風を切る。

 目に映る景色が、すさまじい速さで流れていく。

 少年は自分を抱えているにもかかわらず、信じられない速度で道を駆け抜けていた。

 これは人間の出せる速さではない。

 気を失いそうになりながらも、山本は言われたままに歯を食いしばった。

 自分の耳に届くのは、少年の足音と風の音だけ。

 目を閉じ、信じてもいない神に祈りながら、一刻も早くこの状態から解放されたいとただ願う。


 祈りが通じたのだろうか。

 再び体にがくんと抵抗を感じ、山本は思わず目を開けた。

 目の前の景色は最初の路地。

 女を襲った路地に戻って来ていることで山本は悲鳴を上げた。

 

「なんで! なんでここに来てるんだよ!」


 そう叫ぶ自分を乱暴に下ろすと、少年は黙って数歩さがった。

 代わりに現れたのは、さきほど自分が襲った女と中学生くらいの少女。

 状況を確認しようと辺りを見た山本は、壁にもたれぐったりとしている中林の姿に再び悲鳴を上げた。


「こっ、殺したのか? 嫌だ、死にたくない!」


 助けを求めようと再び口を開こうとした時、額に女の指が触れる。


「寝てて」


 声の後に額に風が当たる。

 途端に襲い来る睡魔に、山本は抗うことができない。

 自分はこのまま殺されるのか。

 ならばせめて、最期くらいこんなことをした奴の顔を見てやる。

 歯ぎしりをして山本が見上れば、先程の少年と隣には少女がこちらを見下ろしていた。

 鋭い眼差しと、すっとした顔立ちから、この二人は兄妹なのだろう。 

 街灯のぼんやりとした明かりに照らされた二人は、無表情で自分をみている。

 人でないような美しさをたたえた彼らは、まるで人形のようだ。


 そして自分の額に触れている女。

 山本が襲った当初にまとっていた怯えは消え、ただ疲れたような呆れたような表情を浮かべ、見下ろしているその女に山本は言い放つ。

 

「化け物共め」


 その言葉を最後に、山本は意識を手放した。 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 『中林と言えば新婚さんいらっしゃいのスポンサーだろ』と安易な呟きをしたことを素直に謝罪いたしますm(_ _)m この作品、どこまでも人を引っ張り込む作風に頷きっぱなしです。また一転するスト…
[良い点]  こちらに新しいお話が追加されたの、嬉しいですー [一言]  悪いことはするものではないですね。制裁されちゃいますもんね。  オコシカタの続きもわくわくしながら待っていますね(´▽`*)…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ