木津シヤの決心
シヤは品子と共に奥戸の店へと向かって行く男を目で追う。
品子と話をしていた男は一人で店に向かって歩いて行く。
元気そうで、そしてとても騙されやすそうな人だ。
彼を見てシヤはそんな印象を抱いた。
そんな姿がつぐみと被り、シヤは小さく頭を振り雑念を払う。
ある日、突然にシヤの前に現れた女性、冬野つぐみ。
品子がつぐみを家に連れてきたあの時。
シヤはなぜつぐみが来たのか理解できなかったし、正直なことを言えば迷惑でしかなかった。
本当のシヤの性格をつぐみが知った時、きっと騙しただの傷つけられただのと言われるだろうと予測していたからだ。
シヤは人と関わるのはわずらわしいと普段から感じていた。
母がもっていた反動を抑える力を持ち合わせていなかった自分と兄。
それに対する組織の人間達の心無い行動と言葉は、自身の体と心に消えることのない傷を作った。
同じ世代の人達は色白で端正な顔立ちの彼女に勝手に理想像を作り出し、それから外れると途端に嫌悪や反感をぶつけてくる。
そんなことに関わるくらいなら一人でいい。
誰もいらない。
いつの間にかシヤはそう考えるようになっていた。
それなのにつぐみは、どんどんシヤに関わろうとしてくる。
彼女と初めて会った時、自分の怪我すら忘れシヤを心配していた。
惟之とつぐみが最初に会った時も、彼女は自分よりもまず品子を守ろうとしていた。
発動を持っていないこの人は、どうしてそこまでするのだろう。
その行動がシヤには全く理解が出来ない。
なにより驚いたのが、シヤの本当の性格を話した時だ。
つぐみが『そのままでいい』と言った時の顔をシヤは忘れることが出来ない。
あの一瞬だけ、彼女はいつもとは違う顔をしていたからだ。
あれは。
シヤは自分もかつて味わった感情。
そう、『絶望』だ。
人には、それぞれに経験がある。
それが望んだものであろうがなかろうが。
それを経て、今の自分が存在するのだから。
奥戸が言っていたが、シヤもつぐみには二面性を感じている。
もっとも奥戸とシヤでは、彼女に対する二面性の考え方は違うが。
自分を顧みず人を助けようとしている姿。
またその一方でふとした瞬間に垣間見せる、心を失くしたかのような姿。
「つぐみさんは……。あの人はいったい、どんな経験をしてきたのだろう」
呟いた言葉を、ヒイラギに聞かれただろうかとシヤは思わず隣を見る。
ヒイラギは目を閉じたままじっと動かない。
発動に向けて彼は準備を始めたのだろう。
先程の問いをつぐみに聞いたら答えてくれるだろうか。
素直に答えるだろうか。
それとも笑ってはぐらかされるだろうか。
彼女の寂し気な笑顔を思い返し、シヤは発動の準備を始める。
「どっちでもいい。答え合わせは直接、本人から聞けばいいから」
だからシヤは思いを。
いや、『念い』を込めるのだ。
つぐみを取り戻す。
それだけをただ願いながら。
品子が連れて来た男が店の扉に手を触れる。
シヤは込める。
願いを、念いを。
「兄さん、お願い。どうかあの人を、……助けて」
お読みいただきありがとうございます。
次話タイトルは「前へ進め」です。
それぞれがつぐみのために頑張って進もうとしております。




