木津ヒイラギの決心
「シヤ、あそこにしよう」
ヒイラギはシヤに声を掛け、品子の指示通りにビルの細い路地に身を潜める。
今までの仕事も待機することが多かったので、二人とも待つのは慣れていた。
だが今回は、いつもとは少し。
いや、かなり違うのだとヒイラギはごくりとつばを飲み込む。
試したことのない新しい力の発動を、事前の準備をせずに行うのだ。
失敗した時の反動はどれだけ恐ろしいものなのだろうかとヒイラギは思う。
彼は以前の仕事で、反動を起こしてしまった時を思い返していく。
それは本当に突然だった。
ヒイラギはいつもよりほんの少しだけ、発動解除が遅れてしまったのだ。
次の瞬間に来た、彼の両足を襲う痛み。
足の血液が一瞬で溶岩にでもなったように熱くなり、立っていることすら出来なくなる。
受け身すらとることなく、ヒイラギはその場にもんどりうって倒れこんだ。
その後に何があったのかは、自分は全く覚えていない。
気が付いたら家に運び込まれていて、シヤに看病されていたのだ。
あんなに自身を溶かすように熱かった足は目覚めた時には、普通に動けるようになっていた。
だがその時の出来事はヒイラギの記憶にしっかりと、拭い取ることの出来ない恐怖を刻み込んでいた。
今回の発動は、失敗すればあの時の比ではない反動が来る。
それはヒイラギももちろん承知している。
「品子にも言ったじゃないか。上手くやるんだ。上手く行かせるんだよ!」
自分に言い聞かせながらシヤを見る。
彼女の横顔は、いつも通り。
……いや。
やはりシヤの様子が違う。
そう感じたヒイラギはシヤの頭に手を乗せる。
こちらを見た瞬間に、その力を大きくしてゴシゴシと擦ってやる。
「いた、痛いです。兄さん」
「なぁ、シヤ。俺はお前に俺の力、全部を貸してやる。全部だ! ……だからさ」
ヒイラギはもう一度、手でやさしくシヤの頭に軽く触れた後に、シヤの額をこつんと自分の額を当てた。
「お前も、俺に力を貸してくれよな?」
伝わってくるシヤの温もりと同時に、先程の品子から受けた頭突きの痛みがヒイラギを襲う。
「……うぅ、痛てぇ」
「兄さん、せっかくのいい雰囲気が台無しです」
表情を変えることなく、シヤは言う。
「でもありがとうございます。私の力の全てを兄さんに」
そういってシヤは目を閉じ、集中を始める。
通りの方から品子と、知らない人の声が聞こえてきた。
「品子姉さんが男の人が店の扉に触れたら、発動開始だと言っています」
「あぁ、始めるとするか」
バチンと自分の頬を叩き、ヒイラギは前を向く。
「さぁシヤ。奥戸とかいうおっさんに、俺達兄妹の本気をがっつり見てもらうとしよう」
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次話タイトルは「木津シヤの決心」です。
世の妹さんは上の兄、姉より出来る子が多いような気がするのは自分だけでしょうか?




