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冬野つぐみのオモイカタ ―女子大生二人。トコロニヨリ、ヒトリ。行方不明―  作者: とは


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木津兄妹は反論する

 誰も話さない。

 何も言わない。

 先程、聞こえたつぐみの言葉。


『返せなくてごめんなさい』


 この言葉はヒイラギたち四人には、あまりにも重い言葉。

 なぜならこれは自分達にとって大切な存在だった、マキエの最期の言葉と一緒なのだから。


『生きてあの子達に伝えて、返せなくてごめんねって』


 何も知らない彼女から、ただの偶然で発せられたことはヒイラギも十分に理解している。

 ここにいる皆が自分と同じように、十年前の出来事を思い出しているのだろう。


 つぐみの言葉は、ただこの場にいることしか出来ないヒイラギの心に、己の無力さを思い知らせてくる。

 母の事件で、言葉を託された惟之の気持ちをヒイラギは今、理解した。

 知らなかったとはいえ彼に対し、なんとひどい言葉をぶつけてきたのだろう。

 後悔を抱えながらヒイラギは言葉をこぼす。


「俺は、……俺には何が出来るんだ?」


 両手を強く握り、言葉を続けていく。


「助けたいんだとか言うだけでなく、何が出来る? 考えろ。力を持っていないあいつは、一人で考えてここまで答えを見つけてきた。俺の力を使って、何が出来るか考え……」

「シヤ、一度リードを解除。少し休んで」


 ヒイラギの言葉を遮り、品子がシヤに向かって唐突に言葉を出す。


「……嫌です。このまま続けます」


 だがシヤはそれに従わず、目を閉じて何も言わなくなってしまう。

 シヤは自分自身に怒っている。

 助けられない無力さに抗い、彼女も必死に自分なりになんとかしようとしているのだ。


「三条の上官として命令する。木津シヤ、速やかに解除しなさい」

「つぐみさんはきっと、何かを考えているはずです! だから情報を少しでも掴んで……」


 パン、という乾いた音が響いた。

 ヒイラギの視線の先、そこにはシヤが、頬を押さえて呆然としている。

 シヤの顔のすぐそばにあるのは品子の手。

 ――品子が、シヤの頬を叩いたのだ。


「シヤ?」


 小さく呟き、ヒイラギはシヤの元へ向かう。


「嘘だろ、何で? 品子は、シヤのこと大好きなんでしょ? なのに何で叩くの? 何で何でなんでっ! ……シヤっ!」

 

 シヤの名を呼び、ヒイラギは両手で彼女の顔をそっと包んだ。

 視線の先の彼女の首からは、青い光が消えている。

 叩かれたショックで、リードが解除されたのだ。

 

「品子! シヤは頑張ってるんだ。あいつを助けたいって思って! それがどうしていけないの?」


 叫ぶヒイラギの手に、何かが伝ってくる。


「……シヤ?」


 シヤは泣いていた。

 声も出さないで、ただ静かに。

 たまらずヒイラギは、シヤを強く抱きしめていく。

 彼女はそれでも動かない。

 だらりと腕を下げ、人形のように無表情なまま、ただ涙を流し続けていく。

 近くにある簡易ソファーにシヤを座らせ、彼女の頭を撫でてから、品子へと強い視線を向ける。


「品子、なんでだ? シヤはあいつの為に、一生懸命にやっているだけだろう? それを否定するなんて、どうしてそんな残酷な……」

「残酷だよ」


 言い終わらないうちに、品子が言葉を返す。


「あぁ、残酷なんだよ。知らなかった?」


 品子の顔には、これまで見たことのない冷徹(れいてつ)な表情が浮かんでいる。


「助けることが出来ないくせに、無駄な力を使う。それは愚かとは言わないのかい?」

「そ、それは……」

「本部からの命令は待機。ならばそれを守るのが私達の仕事だろう?」

「なぁ、止めてくれ、品子」


 次々に浴びせられる言葉に、心がじわじわと切り裂かれていく。


「あのままリードを続けても、冬野君が殺されていくだけの実況を聞くだけだろう。そんなものは無意味だ。違うか、ヒイラギ?」

「品子っ、俺は!」

「では聞こう。今のお前に何が出来る?」


 頭の中には、何も出てこない。 

 今の自分には、その問いに答えられる余裕も能力も、存在しないのだから。

 だが黙っていてはいけないと、思いを品子へと語っていく。


「……わかっ、わからないんだ。俺の発動の力は、前線において使えるものではない。今までやってきた仕事は、あくまでサポートに徹した依頼ばかりだったから。でも……」


 自分の答えに、品子はもう話す必要がないと言わんばかりの表情を浮かべている。


「答えは出たな。ここからは私と惟之だけで十分だ。お前達は家に帰りなさい」

「そんな。俺は……」


 助けを求めるように、惟之の方をうかがう。

 だが彼は、自分を見つめるだけで何も言ってくれない。


「ねぇ、惟之さんも同じように思っているの? 俺とシヤは必要ないって。ねぇ、俺達はここに居てはいけないの?」

 

 弱々しく話すヒイラギとは対照的な、凛とした声が背後から届く。


「聞いて下さい、品子姉さん」


 ヒイラギはゆっくりと振り返る。

 シヤはソファーから立ち上がると、よろよろとした足取りで品子の方へと向かっていく。


「私のリードを、いつも以上に強く発動します。つぐみさんと私を繋ぐ引綱を通じさせる事で、障壁の一部を(もろ)くすることは出来ないでしょうか? 聞く力の方を放棄すれば、リードの引綱の強度がさらに上がるはずです」


 品子は何も言わず、歩みよるシヤを見つめている。


「ここにいる四人の発動能力はサポート側です。他の発動者達と違い、攻撃をする術はありません。だったら無いなりに、この力を使っていくしかないです。つぐみさんは力もないのに、自分の観察力と機転だけでここまで一緒に来てくれていました。……私は」


 シヤは少し言葉を途切れさせた後、続ける。


「私はつぐみさんに、直接ハンカチを返してもらいたいのです」


 シヤは品子の正面に立ち、まっすぐに見上げる。

 品子は目を逸らすことなく、シヤへと尋ねていく。


「シヤ、今までに使ったことのない力の使い方をするのはとても危険だ。反動が来て、体に大きな負荷がかかる可能性が高い。場合によっては、命にも関わりかねない。これは発動者なら誰しも知っている事実だ。それをわかってて言っているのかい?」

「はい。ここで帰ってしまったら、ずっと今日の自分の行動を私は許せなくなるでしょう。そんな気持ちを抱えるくらいだったら。ここで後悔のないようにしたいと考えました」

「なるほど。シヤの考え、確かに聞かせてもらった。ではヒイラギ。お前はどうするんだい?」


 皆の視線が、ヒイラギへと集まる。

 だがシヤと違い、自分には何の策もない。


「俺は……、何が出来るかわからないんだ。でも助けたいんだよ。もう嫌なんだ。本部の命令とか、そんなものはどうだっていい。母さんと同じ状況の人を助けたいだけなんだ。今度こそは助けたいんだよ」


 ありのままの気持ちを、ヒイラギは話し続ける。


「シヤの言う通り、俺に現状で使える力は無い。でもその障壁が無くなれば、俺の力であいつを引っ張り出すことが出来るはずなんだ」


 言葉を続けるヒイラギの頭の中に、一つの考えが浮かぶ。


「あの、聞いてほしいんだけど。もしシヤの言う通り、障壁をリードで脆く出来たとしたら。そこから俺が弱い部分を壊して、通るって出来るのかな? リードを握りながら、あいつの方に向かえばそこが脆い所になるんだろう?」


 シヤの方を見て、ヒイラギは続ける。


「ただ、握りながら進むから、シヤにすごい負担がかかってしまうかもしれない。試したことが無いからよくは、分からないんだけど……」


 自分の発言に自信が無いため、つい小声になってしまう。

 品子は何も言わない。

 沈黙に耐えられずヒイラギは問いかける。


「品子、どう思う?」

「全く駄目。100点満点中の40点といったところか。でもまぁ、二人の話は悪くはない。まず力の応用を考え付いた点。次にその応用の力を、二人で合わせて実行してみようと考えられたこと。でもそれだけじゃ、駄目」

「どうしてですか?」


 シヤの問いに、品子が答える。


「なぜなら、シヤのリードが障壁を脆くさせるという保証はない。脆くなっていなければ、結局はヒイラギが足止めされて終わり。あやふやな見通しでなく、もっと確実に成功させるものでなければならない。どうだい、これに対し反論は出来るかい?」


 シヤは黙り込む。


「考えは悪くはなかったよ。ただその程度の気持ちでは駄目なんだ。お前達はよく頑張ったよ。さぁ、もう帰るといい」


 確証がない悔しさから、ヒイラギは歯噛みする。

 別の力の応用を考えてみるが、全く思いつかない。


 もしもつぐみがここに居たら、彼女はどんな案を出すのだろう。

 きっと自分とは違う視点で、品子が納得できるような答えを出すに違いない。

 つぐみの観察力や応用力を思い返し、すごい人間だったのだと改めて感じいる。

 彼女のことを以前、品子が褒めていた時の話をヒイラギは思い出す。


『力なんかなくてもすごい、と思う。君がもし力を持っていたら、さぞかし強力な存在になっていただろうね。とても強い『思い』を持っているから』

『極端に言ってしまえば、私達の力の根源は『思い』と『言葉』なんだ。私達はそれぞれが『ある存在』を媒体にしてそれらを一緒にして発動する感じなんだけど』

『私達の力はね、思いの強さで変わってくる』

『ざっくり言っちゃえば、私達の力は『思い』、いや『(おも)い』で発動可能になるといった方が近いかもね』


 蘇るのは、あの時の会話。


(おも)い」


 つまり「思い」や「想い」より強い意志・信念・願望を示すもの。

 発動の原点、根源。


 先程の品子から言葉が、ヒイラギの心に引っかかる。


『考えは悪くはなかったよ。ただその程度の気持ちでは駄目なんだ』


 これは自分に、何かを気づかせるためのヒントなのではないのか。

 顔をがばりと上げると、ヒイラギは品子へと叫ぶ。


「品子! 反論を俺にさせてくれないか?」

「どうぞ、でもこれが最後だと思ってね。私もそんなに気が長い方ではないから」


 先程ではないにしろ、相変わらず品子の態度は冷淡なままだ。


「いいよ、上等だね。やってやるさ」


 品子に向かい、ニヤリと笑ってみせる。


「俺の、いや。俺達兄妹の本気を、今からたっぷりと見せてやるよ」

お読みいただきありがとうございます。


妹に比べ、兄の存在感が薄い……

次話タイトルは「再び反論を」です。

頑張れお兄ちゃん。

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