昼下がり、多木ノ駅周辺にて
「この僕が、こんなぶざまな……!」
おさまらない怒りを抱え、汐田クラムは歩く。
あの奥戸の薬は、何としてでも手に入れたかったのに。
やり場のない不満を抱え、同時に今回の目的であった薬のことを思い返す。
あの味は凄かった。
今まで支給されてきたものとは大違いの逸品と言っていい。
他の薬などいらなくなるほどに、実に甘美な味だった。
「ほとぼりが冷めたら、また行ってみるか?」
思わず口にしたが、クラムは即座にそれを否定した。
おそらく室は、それを見越している。
今度あの店で会ったら、きっと次はただではすまない。
ぞくりと背筋に冷たいものが走り、思わず足を止め、通りすがりの店の窓ガラスを眺めた。
自分を映すガラス越しに、いるはずのない室の姿を無意識のうちに探している。
そんな己の行動に気づき、再び沸きあがるのは怒りと屈服感。
「あぁ、腹が立つなぁ。僕がこんな思いするのは、どう考えたっておかしい話だよね」
口元にいびつな笑みが浮かんでくる。
「この不条理な怒りを収めてかなきゃ、帰れないなぁ」
そう呟き、周りをぐるりと見渡す。
「……いた。面白そうな奴ら。えーと、一人、二人……全部で四人か」
彼らと楽しい時間を過ごそうと決め、その『遊び相手』の元へと向かう。
「だってさ。きっとそうしたら、このイライラも消えてなくなるよね?」
呟くその言葉は、夏の暑さの中へと静かに溶けていった。
◇◇◇◇◇
「うん! 冬野つぐみ、実にいい買い物を完了いたしましたっ!」
手のひらに収まる、可愛らしく包装された袋をつぐみは見つめる。
本当はあれから真っ直ぐに帰ろうと思っていた。
だが予定を変え、多木ノ駅で電車を降り、シヤに渡すハンカチを買っていたのだ。
「ふふ、喜んでくれるかな? だったら嬉しいんだけどな」
機嫌よく歩みを進めていく。
ハンカチを買った店は、多木ノ駅とつぐみの家の中間地点にあった。
そのこともあり、そのまま店から歩いて帰ることにする。
夏の昼過ぎという時間帯、暑さもピークに近い。
駅の周辺から離れつつあるのと、暑さのせいか人通りもまばらになってきた。
「日傘でも、持ってればよかったなぁ。さすがに、暑いや」
休憩をした方がいいとは思うのだが、周囲は涼を取れそうな喫茶店やコンビニもなく、工場や民家が立ち並ぶ場所。
ましてや今日は土曜日ということもあり、工場も休みが多いようで辺りは静まり返っている。
「仕方ないね。もうひと頑張りして帰ろう」
幸いにして自販機を見つけたので、お茶を買い一息ついて気合を入れなおす。
歩き出した先の光景に、つぐみは足を止め、ぐっとそれを見据える。
しばしうつむいた後くるりと背を向け、もと来た道へとつぐみは走りだした。




