発動失敗
「はい、その案件は私、靭が扱います。……えぇ、では失礼します」
電話を切り、惟之は報告を終えたことに小さく息をつく。
サングラスを外し、目頭を軽く揉みほぐす。
疲れもあり愁いを帯びたその表情は、同時にこの男の色香も引き出しているかのようだ。
本部に帰る前に、ある程度は品子の用件も片付けておいたほうがいい。
惟之はそう考え車を発進させると多木ノ駅まで走らせる。
駅のターミナルの駐車場に車を停め、周りを見渡した。
やがて下調べに相応しい場所を見つけた惟之は、あるビルへと向かって行く。
ビルの屋上へと上がる。
周りを見渡しても、ここが最も高い場所のようだ。
屋上だけに日を遮るものも無く、日の光が容赦なく照らしつけてくる。
暑さにうんざりとしながら、惟之は独り言をつぶやいた。
「夏の一番に熱い時間帯は午後二時から午後三時だっけか。まぁ、こんなもんかねぇ」
目の前に手をかざす。
なるべく目に負担をかけぬようにと、気を配りながら街並みを眺めていく。
土曜日の昼という時間帯もあり、人の流れはそこそこにあるようだ。
どこへ行くともわからない人の動きを、しばらく見つめる。
「まぁ大体、駅から徒歩で五分と言うと。……半径四百m位か。大目に見ておいて、五百mといったところかな」
地図をめくり、多木ノ駅のページを開くと、駅を中心にぐるりとペンで円を描いていく。
周りに誰もいないのを確認し、サングラスを取る。
常人にとってはただ『眩しい』で済むこの明るさも、自分の目には刺すような痛みを与えてくるのだ。
少しだけ眉根を寄せ、目を閉じ深呼吸をすると静かに発動を開始していく。
体が浮かび上がるような感覚と共に、瞼の裏に広がっていく景色。
だが、発動の直後に惟之はあってはならないものに気づき、とっさに目を開けてしまう。
「あ、がっ……!」
襲い来る信じがたい眩しさと痛みをこらえるものの、声が漏れるのは止められない。
発動を急に解除した反動が起こり、たまらずその場に膝を突いてしまう。
――相手に気づかれる前にとっさに解除をしたつもりだが、間に合っただろうか。
気を失うことが無いようにと、惟之は必死に思考を巡らせていく。
何度も荒く息をつき、震える手で何とかサングラスを掛け、次にすべき行動へと移る。
ここにいるのはまずい。
もし先程の発動が気付かれていたら、大変に危険な状況となる。
相手がこの場所にたどり着く前に、ここを離れなければならない。
「おいおい、冗談じゃないねぇ」
よろよろと階段を下りながら、惟之は感じた気配の数を思い起こす。
わかっただけで三つ、そのうちの一つは……。
手の震えは収まったのを確認し、品子に電話を掛ける。
数回のコールの後、品子の声が響いた。
「はい、こちら人出カレー研究所です。あなたはカレーを信じますか? ライス派の人は一を、ナン派の人は二を押してください」
合成音声のようなふざけた声で話す声に、少しだけ惟之は落ち着きを取り戻す。
「お前、そんなにカレー好きだったっけ?」
「まあまあ好き。でも和食の方がもっと好き」
「ああ、そうかい。ところで品子さんよぉ」
苦しいながらも片頬だけで笑い、惟之は続ける。
「今日は遠足の日か? 落月の偉いさんクラスが、少なくともこの街に三人は遊びに来ているみたいなんだが?」




