帰ろう
「では、私は家に帰りますね。お世話になりました」
つぐみは玄関で靴を履くと、見送りに来た品子へと礼を伝える。
「あぁ、今日は……。いや昨日から、いろいろあって疲れただろう」
ハンカチで包んだ保冷材で、頬を冷やしながら品子は答えてくれる。
一体、何があったというのだろう。
『いろいろあった』のは、むしろ品子の方ではないか。
彼女の頬を見つめながら、シヤのハンカチのことをつぐみは思い出す。
彼女のハンカチを持っていれば、そのまま返すことが出来ていたのだ。
次も急に訪問するかもしれない。
いつでも渡せるように、鞄にシヤのハンカチを入れておくべきだろう。
「この家を出て、二つ目の角を右に曲がったら、大きな通りに出る。そのまま北の方に行けば長根駅に着くからね。送ってあげられなくて申し訳ない。昨日、今日と負担をかけてしまった分、明日は家でゆっくり体を休めてくれよ」
「はい、本当にありがとうございました。また明後日に学校で!」
玄関を出て数歩、歩いた後に振り返る。
この家でいろんなことがあった。
知りたくない事実もその中にはふくまれていたが、後悔はない。
知ることを望んだのは、他ならぬ自分なのだから。
この力が沙十美を見つける、あるいはこれ以上の行方不明者を出さないようにできるのであれば。
そのためならば、喜んで手伝おう。
そして、自分のことで気づいたことがもう一つある。
『誰かの役に立ちたい』
その気持ちが、強く芽生え始めているということ。
品子につぐみの力が必要だと言われた時、覚えた感情。
それは間違いなく、喜びと呼べるものだった。
自分に出来ることがあるのならば、勇気を出して一歩だけでも前へ進んでみよう。
今までの自分にはなかったこの思いを、大切に守りたいと願うのだ。
立ち止まり、つぐみは目を閉じる。
皆で食べたごはん、風呂の温かさ、品子とヒイラギ達の楽しそうな会話が思い出される。
「こんな時だけど、楽しかったな」
ポツリと呟いてしまう。
ずっと一人だった自分に、人と一緒に過ごせる、触れあえる時間が貰えた。
こんな時間を過ごせるのは、つぐみにとって本当に久しぶりだったのだ。
話す相手がいる。
言葉だけでない、触れあえる思いやものがあるのを知れた今日の出来事を、つぐみは決して忘れることはない。
感謝の気持ちを表したくなり、彼らの家に向かって一礼するとゆっくりと顔を上げる。
皆の顔を思い浮かべながら、つぐみは駅へ向かい歩き出した。




