朝からの来客
いい匂いがする。
ふわふわとした感覚が薄れていく。
次第に自分の体に触れている感触がいつもと違うことに気付き、つぐみは体を起こす。
――あぁ、そうだった。
自分は木津家に泊まったのだ。
まだ冴えない頭でつぐみは昨日の出来事を思い返していく。
スマホを見ると、時間は午前八時を過ぎたところだ。
部屋の向こうからは、だしのいい香りが誘うようにただよってくる。
朝食を作っているのならば自分も手伝おう。
立ち上がったつぐみは、布団を部屋の隅にたたむと台所へ向かった。
「おはようございます」
挨拶をしながら台所へ向かえば、ヒイラギが一人で朝食の準備をしている。
「あまり寝ていないだろうから、あんたはもう少し休んでろよ。こっちの準備が出来たら呼ぶから」
「いいえ。布団も畳んだし、手を動かしている方が性に合っているので」
ヒイラギの手元をのぞき込めば、すでに準備は終わりつつあった。
鍋にはふわふわとした卵が入っている汁があり、その横には茹で上がったばかりのそうめんが置いてある。
「品子ってさ。自分では作れないくせに、和食が大好きなんだよな」
「あぁ、だからこのメニューなんですね」
「まぁな。もし食欲があるなら、トーストとかもあるけど……」
「いいえ。すごく美味しそうだから、こちらを食べてみたいです。そうめんはおつゆと一緒に、食べるようにするのですか?」
「あぁ、そのつもり。あとは、ネギ入れたら終わりかな?」
「それならば私、ネギを切りますね」
「お、助かる。じゃあ、あとは海苔とゴマか。よし! 準備が早くできそうだから俺、二人を呼んでくるよ」
「はい、お願いします。さて、取り掛かるとしますか!」
手を洗い、冷蔵庫からネギを出して切りだす。
人にご飯を作るのは久しぶりだ。
とはいうものの、今回はただ切っているだけではあるのだが。
それでも自分が誰かの為にご飯を作るという行動に、こみ上げる嬉しさをこらえきれない。
「ふふふ」
温かい気持ちに、つい思わず笑みがこぼれてしまう。
「そうか、君はそんなにネギが好きなのか?」
「いえ、そういうわけではないんですが、……って?」
今の声は、知らない声。
後ろから聞こえたのは、知らない男の声ではないか。
ギギギ、とでも首がいいそうな緩慢な動きでつぐみは振り返る。
そんな自分の後ろには、サングラスを掛けた背の高い男が立っていた。
知らない人、見たことない人。
……誰?
いつの間に後ろにいた?
全く気配がなく、気付けなかった。
あふれる疑問につぐみは頭が混乱して何も言えなくなる。
しばらくその様子を見ていた男は、ようやく理性を取り戻したつぐみと同時に口を開く。
「誰?」
「誰ですか?」




