冬野つぐみは知る
「なるほどなー。どうりで品子は夕飯の前にこの話をしたわけだ」
リビングの机に置かれた資料を読みながら、ヒイラギはトイレの方を眺める。
彼女は、冬野つぐみはトイレに行ったまま帰ってこない。
真っ青な顔をしていた彼女はしばらく帰ってこないだろう。
見慣れた自分達にとってはたいして驚くものでもない資料。
彼女にとってはそうではないと、早く気づいてやればよかったかもしれない。
だが、ヒイラギは人に気を配るのは得意ではない。
そもそもここにある写真や資料は、それほど刺激的なものは無いのだから。
品子が、ある程度は外しているのだろう。
大まかに見る限りあるのは、ここ最近で行方不明になったと思われる人達の顔写真。
そしてその人達が着ていた服、所持品の写真。
どの写真にも共通しているのが、服にべったりと黒い染みがついていること。
どの人も行方が分からなくなって数日後に、服と所持品だけが発見される。
にもかかわらず、その本人がいない。
したがって生死は不明。
パラパラとめくる資料の中で、自分にも見覚えのある顔写真をヒイラギは目にする。
千堂沙十美。
彼女もその行方不明の一人だ。
◇◇◇◇◇
気持ち悪い、気持ち悪い、気持ちが悪い。
吐き気が全く治まらない。
「ううっ」
うなるような声を上げたつぐみの口から、また嫌な臭いの液体が出ていった。
トイレの壁に手をついているのに、世界がぐるぐると回っている。
反対の手を床に置いても、頭をグラグラと揺さぶられているような感覚は消えようとしない。
出したくもないのに流れる涙を、つぐみは止めることできない。
この吐き気に対してなのか、彼女の写真を見てしまったことからなのか解らない。
沙十美は。
――彼女は今、つぐみの手の届かない場所にいる。




