表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冬野つぐみのオモイカタ ―女子大生二人。トコロニヨリ、ヒトリ。行方不明―  作者: とは


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

26/98

木津ヒイラギは怒る

「うっはぁ、お姫様だっこだぁ! ヒューヒュー」

「あほか! 仕方ないだろう。こいつ意識が無いからこうするしかないだろう!」


 指定された第三駐車場には誰もいない。

 つぐみを品子に任せると、ヒイラギは草むらに置いていた荷物を取りに向かった。

 鞄の外側に付いていた枯れ草を払い、改めて様子を見る。

 ファスナーのある鞄なので、虫などは入ってこなかったようだ。

 荷物を後部座席で眠る彼女の横に置き、ヒイラギは助手席に座る。

 車を発進させた後も、品子が妙にニヤニヤと笑っているのが彼にはどうも気に食わない。


「……何が、おかしい?」

「いやいや。だって年頃の男の子が、年頃の女の子と二人っきりの密室でしょ? これってさぁ」

「誰が密室で、何だって?」

「い、痛いです。ヒイラギさん。運転中の人の(もも)をつねるって、人として間違っていると思いませんか?」

「まず、お前の心根が間違っているということに気付けよ」

「ひどい! これでも教職員として、生徒の日々の成長を見守りながら、一生懸命に生きているのに!」


(駄目だ。こいつを相手にしていると、無駄に精神が削られていく)


 いつもの品子のペースに乗せられるのを嫌ったヒイラギは、話題を変えようと口を開く。


「それで、これからこの人をどうするの? 家まで送っていくなら俺、先に一人で帰るけど?」

「え~、いやいや。今からこの子を連れて、君達の家に向かうつもりだよ~」

「……なんで?」

「えっ、やだー。声がこわーい。そんなんだから女の子とお話し出来な……」

「ふざけるな! こいつを巻き込むのか?」


 こみ上げる怒りのまま左手の拳を車のドアに強く叩きつけ、ヒイラギは品子にどなりつけた。

 だん! という大きな音が響くが、品子は全く動じない。


「巻き込むじゃないよ~。彼女は自ら協力したいと言ってくれているんだよ~」

「だって! こいつは普通の!」

「彼女はね」


 ヒイラギの言葉を遮り、品子が続ける。


「その『普通』なのに、千堂沙十美の携帯を私が持っていること。彼女に何か起こったであろうということを、たった一人で導き出して私の所に来たよ」

「……え、こいつが?」


 思わずヒイラギは後ろを振り返る。

 相変わらず眠り続けている、つぐみの姿がヒイラギの目に映る。


「全くさ~、うちの解析組(かいせきぐみ)もダメダメだよね~。彼女がたった数日でここまで来てるっていうのにさ。見習ってほしいよね。特に無駄に目ぇ垂らしてるあいつとかさ~」


(……うわ、惟之(これゆき)さん、すげぇとばっちり受けてる)


 その場にいない自分の仲間に、ヒイラギは心から同情する。


「こいつは発動の事は?」

「まだ知らない。教える前に寝かせちゃったから」

「寝かせたって、お前さぁ」

「だからね。その力を見て、判断してもらった方がいいと思った。それで断ってくれるならとも考えてるし」


 品子は淡々とヒイラギに語る。

 その横顔からは、どういった意図(いと)があるのかヒイラギには全く分からない。


「私だけではなく、他の人のも見せればもっと説明しやすいし」

「それでうちに来るのかよ」

「そうでーす」

「シヤが何て言うかねぇ」

「わかんなーい。でも説明する必要は無いから、話は早いと思うよ」


 言われて後ろを振り返り、眠っているつぐみの左手にヒイラギは目を()らす。

 彼女の左の手のひらに浮かぶのは、かすかに揺らめく青い光。


「……何だよ、知らなかったの俺だけかよ」

「まぁまぁ、怒らないでよ~。シヤ~! もうすぐ愛しの品子さんが帰るからね! リビングに、この子を寝かせる用の布団を敷いておいてね~」


 嬉しそうに話している品子の声を聞きながら、ヒイラギは後ろの席を眺める。


 何も知らないで、つぐみは静かに眠り続けている。


「利用される位ならば……」


 品子に聞こえないように、ヒイラギは小さく独り言を呟く。

 その後に続けようとした言葉を慌てて飲み込む。

 

 ――もういっそこのまま、目を覚まさないでいた方が。

 こいつの為にはいいのではないか?


 自身が今、考えていた内容に驚きながら、ヒイラギはふるふると首を振る。


「どうしたんだい? まるで『このままこの子が目を覚まさなきゃいいのに。え、俺って今、何を考えて……』って思っているかのようなその動……」

「あ・ん・ぜ・ん・う・ん・て・ん・だ! お前はそれだけ考えていろ!」

「痛いっ、ヒイラギさん。運転中の人の頬をつねるって、人として間違ってひるとおもひませんか?」

「思わねーよ!」

「ひどいわ。これでほっぺたがびろーんてなったら、お嫁に行けなくなっちゃう!」

「まずお前の心根が直らない限り、その嫁の行き先とやらにたどり着けないということに気付けよ! もう限界だ! お前の相手なんてしていられない!」


 ヒイラギはどかりと音を立て、座席に大きくもたれかかる。


「寝る! 着いたら起こせ!」

「あら、寂しいわ~。でも若人(わこうど)は、睡眠も大事よね~」

「あと、その変な口調やめろ」

「はいはい。……今日は手伝ってくれてありがとな。おやすみ」


 ポンポンと品子は優しくヒイラギの頭に触れる。


(やめろよ、もうそんなことをされる子供じゃない)


 そう思いながらも、ヒイラギはそれを口には出さない。


 ……まだ、『嬉しい』と思う自分。

 それを彼は自身の中に感じていたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] お、お姫様だっこですか? これは小説のヒーローに相応しい絵だ。 そして当然の如く冷やかす品子。 面白いです! しかし品子は本当に色んな意味で良いキャラしてますね(笑)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ