真夜中クッキング
「……うう、寝られない」
もう何度、寝返りを打ったことだろう。
つぐみの体にはまったく眠気が訪れてくれない。
時計を見れば午後十時過ぎ。
いつもなら、眠っていてもおかしくない時間だ。
あんなとんでもない時間を過ごし、心も体もクタクタのはずなのに、それでも眠りはつぐみからは遠い。
「あー、もうやめやめ! 寝るのはもう諦めます!」
寝られないならば仕方がない。
ならば眠くなるまで待てばいいと、布団から出てつぐみはキッチンへと向かう。
「とりあえず、明日の夕飯の仕込みだね。せっかくだから、少し多めに作って先生に持っていこうかな?」
今までの傾向を考えて、好みは和食の味染み系とみた。
冷蔵庫を覗き込み、手持ちの材料を眺めていく。
「うん、大根と豚肉があるから豚バラ大根にしよう。先生は隠し味にこだわりがあるみたいだから、……ここはポン酢かな?」
ごま油で豚肉を炒めれば、ふわりと香ばしい香りがフライパンから立ち上る。
「んー、いい香りだ~」
料理の間は、何も考えなくていい。
頭の中が思考渋滞を起こした今のつぐみには、実に都合がいいのだ。
余計なことは考えない。
そのためには心を無心にと、じゅうじゅうと音を立てているフライパンを眺める。
『千堂君の行方は、私には分からないんだ』
不意に品子の言葉がよぎる。
「だめっ、考えるな! ……ふんふふ~ん、ごまあぶら~。豚肉ぅ~。バラ肉のバラって何さ~」
余計なことを考えるなら、どうでもいいことを考えてかき消せばいい。
つぐみは思うがままに考えた自作の歌を歌いながら、豚肉を焼いていく。
「お、カリッとしてきたね! 大根投入!」
フライパンに薄く切った大根を入れ、じっくりと焼いていく。
「はんはは~ん。大根~。昔「オオネ」と呼んだのは私だけの秘密~」
教科書の読み合わせ。
そこで思いきり読んでしまった誤読。
そしてそれは、次の学年までそのあだ名で呼ばれるという悲しき儀式でもある。
しばらくつぐみは、違うクラスの人間に「オオネさん」だと思われていた。
「ま、まぁ。小学校時代なんて失敗してなんぼ、だよね」
しょうゆ、みりん、ポン酢。
そして恥ずかしい記憶をかき消すように、ぐるぐると計量カップの中で調味料を混ぜ合わせ、静かにフライパンへと注いでいく。
しっかりと火が通ったのを確認し、コンロの火を切る。
これで明日には、味の染み込んだおいしいおかずの出来上がりだ。
調理器具と皿を洗い片付けに入る。
いなくなっていた睡魔も、つぐみの元へ戻りたくなったようでまぶたが重い。
品子に渡す容器と保冷バッグを机に準備して、再び布団へともぐり込む。
目を閉じたまぶたの中に広がる心地よい暗さを感じながら、つぐみは今度こそするりと眠りに落ちた。




