↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冬野つぐみのオモイカタ ―女子大生二人。トコロニヨリ、ヒトリ。行方不明―  作者: とは


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

19/98

冬野つぐみと人出品子の場合

 翌朝、目を覚ましたつぐみはスマホへと手を伸ばす。

 沙十美のスマホからは、友人用のグループトークに連絡が入っていた。


「昨日はごめんなさい。実は、子供じゃないのに手足口病になってしまいました。口の中と足の発疹がとてもひどくて、人前には出られない状況です。母が来てくれているので、ご飯などの心配はありません」


 そんなことになっていたとは。

 驚きつつ、画面をスクロールさせる。


「しばらく学校をお休みします。口が痛くてお話は出来ないけど、家の中で退屈しているんだ。だからグループトークや個別のメッセージには喜んで対応するよ! みんなもお大事に。では!」


 その後のグループトークには、沙十美に対するお見舞いメッセージなどが続く。

 つぐみもグループの方には「痛いの大変だね! お大事に」と無難な文章を入れておいた。

 引っ込み思案の自分に、こちらのトークに入るのはやはり難しい。

 沙十美の個別メッセージの画面に移り、文字を打ち込んでいく。


「大変だったね。手ってことは、スマホ持つのも大変じゃない?」


 数分後に、彼女から返信が来る。


「痛いよ~。だからスマホはベッドに置いて打ってる」


 穏やかな文面を見つめ、つぐみも返事を送る。


「あの時に会った二人の子だけど、沙十美のことを心配していたよ。女の子の方がシヤちゃんっていうのだけどね。驚かせてしまってごめんなさいって言っていたよ」

「私、あの子に酷いことしてしまったわ。急に突き飛ばしてしまったのは私なのに」


 気遣いのある優しい返答だ。

 意思を確認するため、つぐみは誘いの言葉を打ち込んでいく。


「シヤちゃん全然、気にしてなかったよ。それでね、私あの子にハンカチをプレゼントしたいの。元気になったら、一緒に買いに行かない?」

「いいわよ! 私も彼女に謝らなきゃいけないと思っていたから。でもしばらくは外に出られないの。それまで待てるかしら?」

「そっか。うん、大丈夫だよ。無理しないでゆっくり治していってね」

「ありがとう。退屈しているから、いつでもメッセージ送ってちょうだい」

「おっけ。また連絡する!」


 スマホを机に置き、返ってきた文章を読み直す。

 深呼吸をして心を落ち着かせ、次にすべき行動を考え始めていく。

 まずは学校に行く準備が必要だ。

 それから……。


 朝食を食べ終え、再びグループトークを覗けば、話題はお気に入りのアクセサリーの話に移ったようだ。

 沙十美の「おすすめのお店は?」の質問に、それぞれがお店と商品を嬉しそうに話している。

 しばらくその様子を眺め、再び個人メッセージを送る。


「おすすめのアクセサリーといえばさ。やっぱり一緒に買った、お揃いのブレスレットは色違いでよかったよね」


 返事は来るだろうかと思いつつ待つ。

 先程よりは時間が掛かったが、返信が来た。


「そうね。ところでつぐみは、ファランジリングに興味はあるかしら? 今度、買おうかと思っているのよ。それもお揃いにしたいわね」


 読み進めていく返信の文字が、次第にゆがんでいく。

 

「駄目っ! 今はまだ……!」


 首を横へと振り、洗面台へ向かえば、酷い顔をした自分が映る。

 こんな顔で、行くべきだろうか。

 いや、何があっても今(・)日(・)は(・)行かなければならないのだ。

 すべての準備を終えたつぐみは、学校へと向かう。

 

 ただ沙十美がいないだけで、周りはいつも通りだ。

 坂田達のグループで、沙十美の手足口病の話題が少し出ていたくらいであろうか。

 授業後に総務部で所用を済ませてから、別棟にある教員の研究室へと足を進める。

 目的の部屋の前で息を整え、ノックをすればいつも通りの間延びした声で返事が来た。


「はーい、どうぞー」


 部屋へ入れば、品子が立ち上がりつぐみへと歩み寄ってくる。


「よっ、冬野君。今朝は電話くれてありがとうな。しかもわざわざ容器を取りに来てくれるなんて悪いねぇ」


 空の容器をつぐみに渡すと、品子は机へと戻っていく。


「それで、何か私に相談があるんだよね?」

「……はい。なるべく手短に済ませるようにしますので」

「そうかい? ではそこの椅子に座ってもらおうかな」


 つぐみの着席を確認しつつ、戸惑い気味に品子は尋ねてくる。


「学校だと言いづらいことかい? 少し待っていてくれたら、この後なら空いているけど」

「いえ、こちらで大丈夫です」


 むしろ、今でないといけないのだ。

 震えそうになる声をおさえ、つぐみは平静を装う。


「あぁ、そういえば千堂君はあの時、病院に行っていたみたいだね。しばらく休むと学校に連絡が来ていたよ」

「はい、私もグループメッセージで見ました」

「早く回復するといいな」

「……」

「冬野君、具合が悪いのかい? 保健室に連絡入れてお……」

「先生。どうして……」


 うつむき話をしなくなったつぐみを心配し、品子がこちらへと近づいてくる。


「冬野君?」


 視線を落としたつぐみの目に、品子の靴が見える。

 自分の正面に来たタイミングで、つぐみはぐっと顔を上げた。

 突然の行動に、品子は戸惑いの表情を浮かべている。


 ――今だ。

 つぐみは問いかける。

 近くで品子の表情を見逃さないように。


「……先生、どうして先生が沙十美の携帯を持っているのですか?」


 品子は。

 その表情は最初に驚き。

 次いで笑う。


 ――人出品子は、笑っていた。


「……お見事、私の二敗目だ」



◇◇◇◇◇



「まずは、どうして私が千堂君の携帯を持ってると思ったんだい?」


 品子は再び机に戻ると、椅子に座らず、そのまま机へと腰掛けた。

 悠然(ゆうぜん)と足を組み、つぐみを見据えたまま、話すのを待っている。


「……グループメッセージを読んだとき、不思議に思いました。声が出せない。これって声を出すことを避けたいって見えるんです。さらに手足口病は感染する病気。彼女の家に行くのは躊躇(ちゅうちょ)するし、お母さんも来ているというから看病する人がいるという安心もある。皆も家にお見舞いに行くと言い出すこともない」

「それで?」


 短く、いつもより低めの品子の声につぐみは動揺する。

 だが、まだだ。

 自分の知りたいことは、何一つ分かっていない。


「送り主は沙十美ではないかもしれない。この疑念を持ちました。だから個別のメッセージで、まず二人にしかわからないことをと、シヤちゃんの件を入れました」

「そして私は千堂君になりすまし返事を送った。変な所はなかったはずなんだがなぁ?」


 不思議そうに品子は見つめてくる。 


「……いいえ、ハンカチです」

「ハンカチ? でもそれは、君が言っていた話じゃないか?」

「はい。でも沙十美がいなくなった後に、私が怪我をしてシヤちゃんからハンカチを巻いてもらっているんです。だから急にハンカチの話が出たら」

「彼女が本物なら『ハンカチって何?』と聞いてくるはずだと」

「そうです。そしてその後に送った、ブレスレットのメッセージ」


 つぐみの左手首で、静かに揺れる流れ星。

 指先で触れながら、言葉を続ける。


「これは彼女のお気に入りのお店で、買ってきてくれたものです。お(・)揃(・)い(・)の(・)色(・)の、アンティークゴールドのものを二つ」

「……なるほどね。ずいぶんと変わった文章だとは思ったんだよね。『色違いでよかったよね』。この言葉、どっちの意味でも受け取れるからさ。だからあやふやな返答を送ってしまった。そこで怪しさ確定って所か」

「ハンカチの件を知っているのはシヤちゃん、ヒイラギ君、そして……」

「私、というわけか」

「はい。大学の皆とのグループラインで、普通に学校の話に対応が出来ている。よって彼ら二人ではないと判断しました」


 机からするりと下りた品子が、つぐみへと近づいてくる。


「……最初に千堂君のスマホのことを聞く時にさ。こうやって呼び寄せたのって、やっぱり作戦?」

「作戦ではないです。でも何か驚かせてから沙十美の話を聞こうと考えました。とっさの時って、表情に嘘か本当か出やすいから」


 つぐみの答えに、品子は目を閉じ、すっと手を上げる。


「……うっはぁ、参った。降参だね」


 両手を万歳のようにして言った後、目を開き真顔になると品子は問う。


「……さて、これから私をどうするんだい。警察にでも連絡する? ……それとも」


 品子はつぐみの正面に立つ。


「それとも、私が君をどうかしてしまおうか?」


 ぐっと顔を覗き込み、品子はにやりと笑ってくる。

 その姿は、いつもとは全く違うものだ。


「……それは、難しいと思います」

「どうしてだい? ここにいるのは私と君だけ。それこそ君をスーツケースなりに入れてしまえば、皆に知られることなく運ぶことだって出来る」


 品子はつぐみの手首を掴むと、そのまま強く引き上げてきた。

 急なことに抗えず、握られた手首の痛みに顔をゆがませながら、つぐみは立ち上がる。

 座っていた椅子が、がしゃんと大きな音を立てて倒れた。

 その物音にも動じることなく、向けられた冷たい視線に、思わず目を閉じてしまう。


 怖い、来るんじゃなかった。

 ごめん沙十美、やっぱり私じゃ駄目みたい。

 このまま私も、行方不明になり殺されてしまうのだろうか。


 ……いや、違う。 

 まだ彼女に何があったかは分からない。

 それを知るために、私はここに来た。

 ここで後悔しても遅い。


 それならば、自分はもがいてやる。

 どれだけ見苦しかろうが、最後まであがいてみせる。


 生まれたのは強い決意。

 思いきり歯を食いしばり目を開くと、品子へと言い放つ。


「私っ! 総務部に寄ってからこの部屋に来ています。先生の研究室の場所を知らないから、教えて欲しいと聞いてから来ました。それも、栗生さんに聞いています!」

「……へぇ」

「だからこのまま私が行方不明になったら、まず先生が疑われます。先日の件があったばかりなので、栗生さんは私のこともしっかり覚えていてくれていました!」


 刺すような品子の視線を、ありったけの勇気で、つぐみは見つめ返した。


「大したものだ。推理と話術だけでここまでたどり着き、答えを完成させた。さらに保険までしっかりかけて」


 品子の手の力がゆるみ、解放されたつぐみは床にへたり込んでしまう。


 逃げるなら今だ。

 そうは思うのだが、動揺が今になって体を駆け巡り、力が全く入らない。

 そんな自分へと掛けられたのは、あまりに意外な言葉だった。


「……すまない。こんなことを言うのは、おかしいとはわかっているが」


 弱々しい声が聞こえ、顔を上げると品子が目の前にしゃがみ込んでいる。


「千堂君の行方は、私には分からないんだ」


 言葉とともに差し出された品子の手に、恐怖で体がすくんでしまう。

 だが、あわてて手を戻した品子の表情。

 それを見たつぐみは、彼女へと呼びかける。


「……先生、手を貸していただけますか? 私、驚きすぎて足に力が入らなくって」


 泣きだしそうだったのだ。

 つぐみも。

 ……さきほど見た品子の顔も。


 この人は、沙十美の行方を探そうとしてくれている。

 確信とまではいかないが、その思いをつぐみは抱いた。

 再び自分へと差し出された手を握り、ゆっくりと立ち上がる。

 そっと手を離した品子は、ぽつりと呟いた。


「酷いことをした。許してほしいというつもりは無い。というか、今の私にこんなことを言う権利はないが」


 倒れていた椅子を戻し、つぐみに座るよう促した品子は机へと向かう。

 机の中から出されたものに、つぐみは息をのんだ。

 間違いない、あれは沙十美のスマホだ。

 

「先生、それは!」

「冬野君。今から私が話そうとしていることは、冗談ではなく君の人生を変えてしまうことになる」


 品子は自分の席に座ると、机の上で指を組み顔に近づけていく。


「このまま今日のことは全て忘れて、明日からまたいつもの一日を過ごすことを、……私は勧める」


 うつむいたまま語り続ける品子の表情は、つぐみからはうかがうことは出来ない。


「千堂君のことが心配なのは承知している。だからこそ君はここに来た。君みたいに優しい子には、相当な勇気が必要だったことだろう。それも踏まえてだ」


 顔を上げた品子とほんの一瞬、目が合う。

 だが彼女は唇を噛みしめ、つぐみから目をそらしてしまった。


「いや、お互いに考える時間が必要だろう。今日はもう帰りなさい。明日、『普通』の一日を過ごしたら、またここにおいで。それから、君の答えを聞かせてほしい」


 聞きたいことは沢山あるのだ。

 だが、動揺している今の自分には受け止められない。

 そう判断されたのではないだろうか。


 これはきっと、品子の優しさだ。

 そう理解し小さくうなずく。


「大丈夫だよ、冬野君。明日、君が来るまでは私は逃げも隠れもしない。ただ千堂君のスマホは置いて行ってくれないか。他の者への返信を、君がやってくれるというのなら話は別だが」

「むっ、無理です。というか今までは、やっぱり先生がやっていたのですね?」

「あ~、大変だったね。彼女の履歴やら文調やら、各個人のトーク履歴やら読みあさってさ。本っ当に大変だったな~」


 さらりと棒読みで言っているが、それは大変な労力を必要とするものだ。


「え、えーと。先生がそのスマホを入手したのって、そんなに早い時期ではないですよね? 短時間で皆の特徴を掴んで、各々に返信している。それって……」

「まぁ、それは『企業秘密』ってやつで」


 気が付けば品子は、すでにいつものペースに戻っている。


「というわけだ。はいはい、子供は帰る時間ですよ~」


 つぐみは背中をぐいぐいと押されながら、部屋から追い出されてしまう。


「ではでは! また明日、来てくださいな~」


 満面の笑みで、品子はつぐみを廊下に押し出した。

 つぐみの背中を最後にポンと叩いて、ドアを閉めようとする。

 だが自分にはまだ、言えていないことがあるのだ。


「あの、先生が苦しさを吐き出せるところはあるんですか?」

「ん~、何だい? 突然だねぇ」


 笑顔のままではあるが、声に緊張が含まれているようにつぐみには感じる。


「多分、先生の他に何人かの人がいて、そのスマホが先生の手に渡ったのだと思います。その人達とでもいいので話とか、いろんなものを抱え込まずに……。えっと」


 駄目だ、うまく伝えられない。

 ただ、先程の短い時間のふとした瞬間でも、品子がとても辛そうで。

 何かを一人で抱えて、納めようとしているように見えてならないのだ。

 伝えたい言葉を出そうと、つぐみは品子の顔を見上げる。


「冬野君」


 そんなつぐみの額にとん、と品子の指先が触れた。


 その瞬間、品子の後ろから風が吹く。

 風を受けたつぐみの髪が後ろへとさらさらとなびいた。

 閉ざされた部屋の中で起こった風に、状況が理解できないつぐみへ品子がささやく。


「さぁ、『早く帰らないと』。遅くなってはいけないよ」


 ――本当だ。

 さすがに長居しすぎたようだ。

 早く帰らないと。早く帰らないと。


「……すみませんでした。では失礼します」


 つぐみは一礼すると、それを見届けた品子がドアを閉める。


 廊下を歩きながらつぐみは考え続ける。

 明日、自分はどんな答えを品子に出すのだろうと。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] うまい。 これは素直に感心しました。 人見知りな女の子で、少し好奇心が強いだけの女の子かと思っていましたが、そうではなかったようですね。 [気になる点] もし先生が犯人でないとするならば、…
[一言] はい、撃沈です。 私はもはやこの作品から逃れられません。まさかつぐみがコナン属性とは……。しかも心理戦まで繰り広げる、とは様の頭の中はどんな構造になっているのか興味津々です。 もうこの作…
[良い点] おお、ハンカチの話題でカマをかけたのか。 これはつぐみの頭脳プレイですね。 とはいえ沙十美を助けだせないと意味がない。 さてこれからどういった手を打つか、興味あります。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。