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冬野つぐみのオモイカタ ―女子大生二人。トコロニヨリ、ヒトリ。行方不明―  作者: とは


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雑貨店のルール

 沙十美は看板を「CLOSE」に変え、雑貨店へと入っていく。

 扉が閉まる音を聞きながら、無意識に右手首を撫でる。


 ブレスレットを渡したときのつぐみの顔は、なかなか見ものだった。

 驚き、茫然、そして満面の笑み。

 くるくると表情が変わる彼女に、沙十美の口は自然とほころんでくる。

 そのあとにつぐみからの突然のハグ。

 ……いや、ハグというよりは締め上げられるような感覚だった。

 痛いけど、嬉しい。

 そんな困惑と喜びの混ざり合った感情に、思わず苦笑いを浮かべる。


「おや、これはいい結果だったようですね。おめでとうございます」


 手入れのための布を持った奥戸が、いつものように店の奥から現れる。

 彼の後ろにある部屋を眺め、沙十美はこの店に初めて来て言われたことを思い出す。


 奥の部屋は彼の「控室」になっており、この部屋に入ることは、店の「ルール」として禁止事項の一つになっている。


ルール

その1、控室は私だけの場所なので入らない。のぞかない。

その2、お店の注意書きは守りましょう。

その3、お店のものは勝手に持ち出さない。

その4、約束はきちんと守りましょう。


 その日の帰りに、このルールを書いた紙を渡され一緒に音読をさせられた時は参ったものだ。

 奥戸は『この店は道楽でやっている』と言うだけあって、自らが選んだ客にしか対応しない。

 そのためルールを守れない客は、すぐに断ると言っていた。

 最初に聞いたとき、なんだそれはと思ったものだ。

 だがここに来て様々なことを知り、時には昨日のようにアドバイスを貰うことが出来ないというのは、今の沙十美にとってデメリットしかない。


 これだけ親身になって相談に乗るのだ。

 断られてもしつこい人なら、また来るのではないか。

 ふと気になり彼にそう尋ねたことがあった。


「大丈夫です。皆、話せば大体わかってくれるものですよ。それでもわがままを言う方も確かにいましたが……。何度か話しているうちに気が付いたら、お店には来なくなっていましたねぇ。きっと『他の楽しい場所』を見つけて、そこに居るのでしょう」

 

 くすくすと笑いながら、奥戸は控室の方を眺めていた。

 その時を思い出し、つい控室の方を見てしまう。

 再び湧き上がる中を覗きたいという欲求を振り払い、沙十美は奥戸にブレスレットを掲げる。


「奥戸さんのアドバイスのおかげで、彼女と仲直りできました! ありがとうございます!」

「いえ、私はただの切っ掛けにすぎませんから。千堂さんの頑張りが実を結んだのですよ」


 悠然と微笑むと、奥戸は時計をちらりと見る。


「今日は『試着室を使い』ますか?」

「はい、昨日は出来なかったから」


 奥戸からアクセサリートレイを受け取り、沙十美はくるりと店内を見渡す。

 以前から気になっていたネックレスを二つ、そっと手に取ってみる。

 しばしそれを眺めてから、試着室と書かれたスペースへと向かう。


 試着室は店の入り口から見て奥の方、例の控室の手前にある。

 ベージュ色のカーテンで仕切られた、一畳半程の部屋だ。

 沙十美はパンプスを脱ぐとカーテンを開けて部屋へと入る。

 部屋の中には木製のスツールとその前に鏡が一枚。

 室内には、『一度に二品まででお願いします』という文字と、コミカルに描かれた奥戸の似顔絵が掲げられている。

 この子供が一筆書きで描いたかのような(つたな)い似顔絵を最初に見たときは、思わず笑ってしまったものだ。


「え、似てないですか? それ結構、頑張って描いたのですが……」


 沙十美の態度に、本気でショックを受けていた奥戸の姿を思い出す。

 彼はアクセサリーに対するセンスは抜群だが、絵心は持ち合わせなかったようだ。

 そんなことを振り返りつつ、鮮やかなインディゴブルーの座面を軽く撫でるとそっと腰かける。

 柔らかに沈んでいく感覚が心地よい。

 目の前にある鏡を見ながらネックレスを着け、目を閉じて数を数える。

 一つ、二つ。


(お願い、変わった私を見せて)


 沙十美はゆっくりと目を開くと、正面の鏡を見つめていくのだった。

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