表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冬野つぐみのオモイカタ ―女子大生二人。トコロニヨリ、ヒトリ。行方不明―  作者: とは


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/98

人出品子は動く

「ありえません、絶対に無理です!」


 人出(ひとで)品子しなこからの提案を、つぐみは必死に断り続ける。

 周りにいた生徒がぎょっとしているが、当の品子はどこ吹く風だ。


「まぁ、いいじゃないか。とりあえず最後まで話は聞くべきだと先生は思うぞ~」

「聞くのは結構ですが、無理なものは無理です!」


 品子から出された招集内容。

 それは『この学校のパンフレットを作るのでモデルになれ』というものだった。


「沙十美が選ばれたのはわかります。これは力いっぱい応援します。なぜ私がそれに参加することになるのですか!」

「いや、私も嫌なんだけどさ。この学校の勤め人である私は断れないのだよ。そんで渋ってたら『じゃあ学生のモデルは先生が選んでいいですよ~』なんて言われてさ」


 腕組みをした品子はうんうんとうなずく。


「パンフレットが完成した時に、ご家族に見せてごらんよ。きっと喜ばれるのではないかね?」

「まぁ、確かに。すごく喜んでくれるとは思いますけど」


 沙十美の言葉に、品子は嬉しそうに続ける。


「そうだろう。さぁ、千堂君! 冬野君! ここは一つご家族に、サプラーイズでだね! 喜ばせてあげようではないか」

「……先生。そもそもサプライズって、意味がおかしいのですが」


 沙十美は呆れながら、品子に言葉を返している。

 一方のつぐみは黙ったまま、わき腹に手を置き、うつむいて話を聞くことしかできない。


「でも先生、なぜ私達を選んだのですか? そもそも、そんなに接点があるわけでもないですよね?」

 

 確かに自分も同じ疑問を抱いていた。

 問いかける沙十美と共に、つぐみも答えを聞こうと品子を見上げていく。


「……え。あの、インスピレーションだよ! もちろん、君達しかいないと……」

「いた! 人出先生やっと見つけましたよ!」


 自分達へと叫んでいる女性の声に、つぐみは振り返る。

 こちらへと駆け寄ってくる、学校の事務の制服を着たその姿には見覚えがあった。


「あれは、確か窓口の栗生(くりお)さん?」


 諸々の書類の申請は、ほぼこの人が担当してくれているのでつぐみも知っている。

 いつもにこやかに対応し、ふんわりとした雰囲気がお日様のような人という印象の女性だ。

 特にこの栗生は引っ込み思案の自分でも、普通に話しかけることが出来る貴重な人でもある。

 よほど急いできたようで、栗生の顔には汗がびっしりと付いている。

 額の汗をポケットから出したハンカチで軽く拭うと、栗生は口を開いた。


「あれ、ひょっとしてどちらかが千堂さんですか? いくら何でも、勢いありすぎやしませんか」


 呆れた様子で見てくる栗生に、つぐみと沙十美は戸惑う。


「どういうことですか? 勢いとかなんとかって」


 沙十美が怪訝(けげん)そうに尋ねていく。


「あー、待ってくれ。まだ私は彼女達に、話がしっかりと出来てないというか……」

「確かに私は、人出先生に学生モデルを選んでもいいですよとは言いました! で、す、が!」


 栗生は顔を真っ赤にして、怒涛(どとう)のように続けた。


「いきなり学生名簿を取り出して目を閉じて、適当に指差して『よし、君に決めた!』って言って駆け出して行ったら、誰だって止めるに決まっているでしょう! あなたは、どこぞの何とかマスターですか! しかも先生、めちゃめちゃ足が速いんだから!」


 栗生は半泣きの状態で、品子に叫び続けている。

 まさかそんな理由で、沙十美が選ばれていたとは。

 思わず隣を見れば、沙十美は口をぽかんと開けたままで固まってしまっている。

 その姿に同情しつつ、浮かび上がるのは、なぜ自分も選ばれたのだろう疑問だ。

 栗生に怒られ続けている品子を見つめれば、どうやらこちらの意図(いと)に気づいたらしい。


「あ、あのさっき見てたらさ。彼女と君が、仲良しみたいだったから~」


 自分の頭をポリポリとかき、屈託ない笑顔を品子は向けてくるではないか。

 あまりに場当たりな理由に、今度はつぐみが口を開け呆然となってしまう。

 そんな自分達を見て、とうとう栗生が切れた。


「ちょ、人出先生。あんた、何やってるんですか!」

「いやいや、栗生さん。我ら教務に携わる者が学び舎で、『あんた』なんて言葉を使ってしまうのはいかがなものかと」

「……あなた、よくその言葉が吐き出せましたね。ごめんなさいね、あなたたち? 私、先生に急用が出来たの。連れて行ってもいいかしら?」


 自分達を見つめる栗生に、いつものほんわかお日様の名残(なごり)はない。

 何も言えず、二人はただ首を縦に振り続ける。


「え、でも私は彼女らともう少し話を……」

「これ以上、彼女達に。この件で迷惑かけるようならば」


 品子の腕に自分の腕を絡ませ、栗生は笑う。


「紐なしで、バンジーさせますよ?」

「……すみませんでした。千堂君、冬野君。モデルの件は忘れてくれ、いやどうか忘れてくださいぃぃ」


 品子が、廊下を引きずられるように連れていかれる。

 やがて品子の声は遠のき、呆然と立っている自分達だけが残された。

 栗生には何があっても逆らってはいけない。

 つぐみは、その思いを強めるのだった。



◇◇◇◇◇



「栗生さぁん、そんなに引っ張ると痛いです。モデルはもう自分で選ぶなんて言いませんからぁ、もう怒らないでくださーい」


 嘆願の声を聞いても、栗生は品子の腕を放さない。

 品子の声の大きさに、周りの人達は珍しそうに二人を見ている。


「当たり前です! 学生モデルさんは、こちらで選考しますからね!」


 怒りを隠すことなく、栗生は品子に告げてきた。

 その言葉に、品子は苦笑いを浮かべていく。



 かなり怒らせてしまったが、仕方ない。

 品子にはどうしても『適当に選んだ』ようにしてあの女学生達に接触し、『誰かに』、つまり栗生に見てもらう必要があったのだから。

 これで今後、彼女達に接触してもそれほど怪しまれることはないだろう。


 少し強引だが、残された時間を考えるればやむを得まい。

 そう考え、品子は一人ほくそ笑む。

 千堂沙十美、冬野つぐみ。

 この二人の学生が今回の『対象』なのだから。


「くくっ、どちらも可愛い子だねぇ。まぁ、私の大事な愛しいあの子には、残念ながら勝てないけどさ」

「え? 人出先生、何か言いましたか?」


 栗生の問いに、品子は笑顔で答える。


「なんでもないですよ~。ただこれであの二人は、私の顔も改めて覚えてくれたかなぁって」

「覚えるも何も、忘れるなんてできませんよ」


 栗生の呆れた声に品子は笑い、これからの行動を考える。

 話してみた感じでいくと、『次は』彼女だ。

 

「そうと分かった今、私はどう動いていこうかねぇ」


 小さく呟いた品子の言葉は、栗生の耳に届くことなく、夏の空へと消えていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 読み始めてみました〜! まだまだ謎が多いですね。 [気になる点] 栗生さんは女性だったのですか。 勝手に男性だと思い込んでました(汗) [一言] 読むスピードが遅いかもしれませんが、読み進…
[一言] 紐なしバンジー…… どこかの部族の度胸試しですかね はい!栗生さん提案です! パラシュートなしのスカイダビングはいかがでしょう?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ