人出品子は動く
「ありえません、絶対に無理です!」
人出品子からの提案を、つぐみは必死に断り続ける。
周りにいた生徒がぎょっとしているが、当の品子はどこ吹く風だ。
「まぁ、いいじゃないか。とりあえず最後まで話は聞くべきだと先生は思うぞ~」
「聞くのは結構ですが、無理なものは無理です!」
品子から出された招集内容。
それは『この学校のパンフレットを作るのでモデルになれ』というものだった。
「沙十美が選ばれたのはわかります。これは力いっぱい応援します。なぜ私がそれに参加することになるのですか!」
「いや、私も嫌なんだけどさ。この学校の勤め人である私は断れないのだよ。そんで渋ってたら『じゃあ学生のモデルは先生が選んでいいですよ~』なんて言われてさ」
腕組みをした品子はうんうんとうなずく。
「パンフレットが完成した時に、ご家族に見せてごらんよ。きっと喜ばれるのではないかね?」
「まぁ、確かに。すごく喜んでくれるとは思いますけど」
沙十美の言葉に、品子は嬉しそうに続ける。
「そうだろう。さぁ、千堂君! 冬野君! ここは一つご家族に、サプラーイズでだね! 喜ばせてあげようではないか」
「……先生。そもそもサプライズって、意味がおかしいのですが」
沙十美は呆れながら、品子に言葉を返している。
一方のつぐみは黙ったまま、わき腹に手を置き、うつむいて話を聞くことしかできない。
「でも先生、なぜ私達を選んだのですか? そもそも、そんなに接点があるわけでもないですよね?」
確かに自分も同じ疑問を抱いていた。
問いかける沙十美と共に、つぐみも答えを聞こうと品子を見上げていく。
「……え。あの、インスピレーションだよ! もちろん、君達しかいないと……」
「いた! 人出先生やっと見つけましたよ!」
自分達へと叫んでいる女性の声に、つぐみは振り返る。
こちらへと駆け寄ってくる、学校の事務の制服を着たその姿には見覚えがあった。
「あれは、確か窓口の栗生さん?」
諸々の書類の申請は、ほぼこの人が担当してくれているのでつぐみも知っている。
いつもにこやかに対応し、ふんわりとした雰囲気がお日様のような人という印象の女性だ。
特にこの栗生は引っ込み思案の自分でも、普通に話しかけることが出来る貴重な人でもある。
よほど急いできたようで、栗生の顔には汗がびっしりと付いている。
額の汗をポケットから出したハンカチで軽く拭うと、栗生は口を開いた。
「あれ、ひょっとしてどちらかが千堂さんですか? いくら何でも、勢いありすぎやしませんか」
呆れた様子で見てくる栗生に、つぐみと沙十美は戸惑う。
「どういうことですか? 勢いとかなんとかって」
沙十美が怪訝そうに尋ねていく。
「あー、待ってくれ。まだ私は彼女達に、話がしっかりと出来てないというか……」
「確かに私は、人出先生に学生モデルを選んでもいいですよとは言いました! で、す、が!」
栗生は顔を真っ赤にして、怒涛のように続けた。
「いきなり学生名簿を取り出して目を閉じて、適当に指差して『よし、君に決めた!』って言って駆け出して行ったら、誰だって止めるに決まっているでしょう! あなたは、どこぞの何とかマスターですか! しかも先生、めちゃめちゃ足が速いんだから!」
栗生は半泣きの状態で、品子に叫び続けている。
まさかそんな理由で、沙十美が選ばれていたとは。
思わず隣を見れば、沙十美は口をぽかんと開けたままで固まってしまっている。
その姿に同情しつつ、浮かび上がるのは、なぜ自分も選ばれたのだろう疑問だ。
栗生に怒られ続けている品子を見つめれば、どうやらこちらの意図に気づいたらしい。
「あ、あのさっき見てたらさ。彼女と君が、仲良しみたいだったから~」
自分の頭をポリポリとかき、屈託ない笑顔を品子は向けてくるではないか。
あまりに場当たりな理由に、今度はつぐみが口を開け呆然となってしまう。
そんな自分達を見て、とうとう栗生が切れた。
「ちょ、人出先生。あんた、何やってるんですか!」
「いやいや、栗生さん。我ら教務に携わる者が学び舎で、『あんた』なんて言葉を使ってしまうのはいかがなものかと」
「……あなた、よくその言葉が吐き出せましたね。ごめんなさいね、あなたたち? 私、先生に急用が出来たの。連れて行ってもいいかしら?」
自分達を見つめる栗生に、いつものほんわかお日様の名残はない。
何も言えず、二人はただ首を縦に振り続ける。
「え、でも私は彼女らともう少し話を……」
「これ以上、彼女達に。この件で迷惑かけるようならば」
品子の腕に自分の腕を絡ませ、栗生は笑う。
「紐なしで、バンジーさせますよ?」
「……すみませんでした。千堂君、冬野君。モデルの件は忘れてくれ、いやどうか忘れてくださいぃぃ」
品子が、廊下を引きずられるように連れていかれる。
やがて品子の声は遠のき、呆然と立っている自分達だけが残された。
栗生には何があっても逆らってはいけない。
つぐみは、その思いを強めるのだった。
◇◇◇◇◇
「栗生さぁん、そんなに引っ張ると痛いです。モデルはもう自分で選ぶなんて言いませんからぁ、もう怒らないでくださーい」
嘆願の声を聞いても、栗生は品子の腕を放さない。
品子の声の大きさに、周りの人達は珍しそうに二人を見ている。
「当たり前です! 学生モデルさんは、こちらで選考しますからね!」
怒りを隠すことなく、栗生は品子に告げてきた。
その言葉に、品子は苦笑いを浮かべていく。
かなり怒らせてしまったが、仕方ない。
品子にはどうしても『適当に選んだ』ようにしてあの女学生達に接触し、『誰かに』、つまり栗生に見てもらう必要があったのだから。
これで今後、彼女達に接触してもそれほど怪しまれることはないだろう。
少し強引だが、残された時間を考えるればやむを得まい。
そう考え、品子は一人ほくそ笑む。
千堂沙十美、冬野つぐみ。
この二人の学生が今回の『対象』なのだから。
「くくっ、どちらも可愛い子だねぇ。まぁ、私の大事な愛しいあの子には、残念ながら勝てないけどさ」
「え? 人出先生、何か言いましたか?」
栗生の問いに、品子は笑顔で答える。
「なんでもないですよ~。ただこれであの二人は、私の顔も改めて覚えてくれたかなぁって」
「覚えるも何も、忘れるなんてできませんよ」
栗生の呆れた声に品子は笑い、これからの行動を考える。
話してみた感じでいくと、『次は』彼女だ。
「そうと分かった今、私はどう動いていこうかねぇ」
小さく呟いた品子の言葉は、栗生の耳に届くことなく、夏の空へと消えていった。




