<第二章>二話
ソファーに仰向けで寝転がっている。知らない部屋だ。透明なガラスで囲われた部屋だ。起き上がり、腰をかけ直す。
ガラス越しに部屋の外のベンチに腰をかけていた女性と目が合う。長い黒髪を後ろで束ねた女性。室内なのに薄く青みがかった遮光レンズの眼鏡をかけている。
彼女が、スライドドアを開け、部屋に入ってくる。
冷たい声で話しかけられる。
「おはよう、ちょっと有名になり始めたからって態度が大きいんじゃないの。」
「・・・。」
これまでの記憶が朧げで、彼女の発した短い言葉すら理解できない。
「ちょっと・・・大丈夫?もう出発だけど。」
「・・・ここはどこだ。」
「えっとー・・・あなたの所属事務所の演藤プロダクションよ?はじめくん。」
はじめ・・・。これは俺のことか?
所属事務所・・・。彼女の言っていることが理解できない。
なぜか呆れている彼女の話は続く。
「ったく、今から明日のCM撮影の前乗りでしょ。そんなに急いで出なくてもいいけど道混んでるから。」
「・・・。」
少し熱い声がとんでくる。
「聞いてんの?!!」
彼女に目をあわす。
「あの・・・俺、何が何だか。わからない。覚えてないんです。あなたが誰かも、どうしてここにいるのかも。・・・自分が誰かも。」
彼女の表情は変わらない。
「あぁ・・・そう。それは大変ね・・・。まぁそんなのはどうでもいいの。案件こなしてくれればなんでもいいから。いくよ。」
彼女の声は冷たいままだった。
彼女と建物を出た。
初めての景色だった。
誰がどのように建てたのだろうか。巨大な建造物が地面から無数に生えている。あたりを見回しても、視線はその建造物たちに遮られ、この世界がどのくらいの広さなのか伺うことができない。車輪が四つ付いた箱は、列をなして規則正しく動く。見るもの全てを自分の脳内で照らし合わせようとするが、皆目、記憶にない。この景色に恐怖すら感じる。
ここは、渋谷。
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2020年7月29日
<報告>
国木田はじめ。記憶喪失を訴える。
経過を観察しつつ、変化があれば報告する。
今後慎重に**********。
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「・・・ハジメ・・・・・おきて。」
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