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この刃物が見えるのならば魔法少女になれ

作者: 五月雨夕霧

「やべえやつだ……。」

「聞こえてるんだが?」


 喉元にたぶん銃刀法ぎりぎりアウトなでっかい刃物を突きつけられて出た言葉がそれだった。中二の可憐な女の子には似つかわしくない言葉だな、とちょっと反省。


 あぁ、神様。私が一体何をしたというの。今日も昨日も真面目に部活に打ち込んで、そりゃあちょっと後輩をいびったりはしたけどそれだって皆がやってるレベルなのに……。


「はっ、まさか宿題を一週間連続で提出していないからその罰が……!?」

「うん、それは関係ねえな。」


 何だ、違ったのか。ということは私、今不審者に恥ずかしい課題の提出状況を暴露してしまったのか。くっそ、悔しいな。


 そうやって現実逃避をしてみても、この状況が変わるわけもなく。しかたなく現実もとい不審者と向き合う決意を固めた。


 そう、不審者である。もちろん大きい刃物を人に突きつけてくる時点でやばいやつなのは確定なのだが、その前から変な人なのはわかりきっていた。


 格好がおかしいのだ。


 まず頭がおかしい。中身ではなく見た目の話だ。パリピグラスと透明なビニール製の帽子(おかげでツルッパゲが隠せていない)、立派な口ひげ(頭皮に分け与えてあげたいくらい)虹色のワイシャツと黒いハーフパンツ、赤いピンヒール。色彩感覚がバグを起こしているとしか思えないほど異様かつすれ違うときに思わず二度見してしまうほど強烈な見た目の変質者である。


 そしていきなり喉元に刃を突きつけられて意味のわからない言葉をぶちまけられた。


 は?キレそう。


 ちなみにこのおっさん、ひどく大柄な上に履いているピンヒールが恐らく十二センチ前後あるので比較的小柄な私の喉元にナイフを突きつけるためにかなり頑張って屈んでいる。ぷるぷる震えるぐらいなら最初からやめてほしい。


「俺は妖精さんだ。」

「やべえ……。」

「お前にはさっき言ったとおり魔法少女になってもらう。」

「わけわかんねえ……。」

「殺されたくなければおとなしく魔法少女になれ。」

「待って魔法少女ってそんな夢も希望もない感じなの!?」


 百歩譲って魔法少女になるとしても相棒がこんなおっさんだなんて嫌だ。というかこのおっさんが自称妖精さんだって時点で嫌だ。


「とにかくここじゃなんだ、場所を変えるぞ。」

「……うぃっす。」


 よし、今のうちに逃げ……


「あ、さっきお前に発信器つけたから逃げようとしても無駄だぞ。」

「どこにだよ!」


 られなかった。



「さっきも言ったが俺は妖精さんだ。」

「まったくそうと思えないけどそうなんですね。」

「そしてお前には魔法少女の素質がある。」

「こんな目に遭うならそんな素質いらなかったです。」


 場所は変わって児童公園。今日の部活動は午前の半日練習、つまり今は土曜日のお昼なのでちらほらと子供たちがいる。ここを指定したのは私だ。人目がある方が脅迫されづらいだろう。


 おっさんは私が買ったジュースを一息で呷ってからそう切り出した。私は死んだ目で相づちを打つしかない。


「そんなこと言うな。俺たちの故郷『どりぃむわぁるど』を救えるのは魔法少女だけなんだぞ?」

「うわ、その絵面で……きっつ…………。」

「おうおうそろそろ一発殴ってやろうか。」

「暴力反対!」


 慌てて飛び退いてファイティングポーズをとる。


「今ここで助けを呼んでもいいのよ!?」

「あ、言っとくけど俺たち妖精さんの姿は魔法少女の素質があるやつにしか見えないからな。」

「うっそだろ。」

「つまり今のお前さんは独り言をブツブツ唱えたり何もないところに突然ファイティングポーズをしながら叫ぶただの不審者だ。」

「早く言えや!」


 しまった、人目のある公園を選んだのが裏目に出た。


 待てよ、さっきからどうして素質があることがわかったのか地味に疑問だったけどまさか、


「だから俺たちは極力怪しい格好をして二度見したやつを手当たり次第勧誘するのさ。」

「当たり屋かよ!」


 くっそ、過去の二度見した私をぶん殴りたい。


「まあ座れよ不審者。」

「てめえにゃ言われたくねえな。」

「今どりぃむわぁるどでは怪獣と妖精さんの戦争が行われていてな。」

「どりぃむの欠片もねぇ話だな。」

「で、幸運にもこっちが優勢だったんだが、追い詰められたやつらは『こっち』に逃げてきてな。」

「は?」

「俺らの不始末で別世界の奴らに迷惑をかけたら他の種族の奴らに示しがつかないからな。慌ててこっちまで来たってわけだ。」

「自業自得じゃん!自分達でどうにかしろよ!!」


 というかつまりそれって魔法少女が救うのはどりぃむわぁるどというか妖精のメンツでは?


 思わず叫び、立ち上がると「落ち着け、ふしん……魔法少女(仮)」となだめられた。かっこかりと口に出すところも含めてひどくむかつく。


「俺たちだって自分たちでどうにかしたかったんだがな。こっちでは戦えるほどの魔法が使えないことが判明して……。」

「ほう。」

「色々と調べた結果こっちで魔法が使えるのはこっちで特異的に産まれた一握りの人間だけらしいんだ。」

「それが魔法少女?」

「飲み込みが早くて助かるぜ。」


 色々と突っ込みたいことがあるがとりあえず反論するにも我慢する。大ぶりなナイフを持った不審者が相手では下手を打てない。もう既に打った感半端ないがとにかく打てない。ここで私が剣道部とか柔道部とかなら話は違う、違う……?違わないかもしれないけどとにかく非力な一テニス部員にはこんな危険人物と戦うことはできない。


 うん、できるわけがない。


「あと言い忘れてたけどな魔法少女(仮)」

「なんだよ妖精さん(自称)」

「統計だとなぜか俺たち妖精さんが魔法少女の素質がある者と接触すると怪獣が現れることが多い。」

「は?」

「そんなわけでまあ」


 頑張ってくれや。


 遠くから破壊音と悲鳴が聞こえた。



「テメエマジでふざけんなよ銃刀法ギリギリアウト野郎。この不審者という名の変態が。」

「おいこの格好のこと言ってんのか?多様性って言葉を知らねえのかガキが。他人の感性も尊重しようや。」

「お前数分前に自分が言ったこと忘れたのか?ボケたかコラ。」


 ギャアギャア喚きながら悲鳴が聞こえた方へ走る。部内でも割と足が速いほうなのにこのおっさん、ピンヒールで私より数歩先を走るのやめてほしい。ちなみに端から見たらただ私が口汚い独り言を叫びながら全力疾走する女子中学生だと言うことは考えないようにしている。


 この世には、気づかない方が良いことだってあるのだ。


「言っとくけど今のお前、ただの訳がわからないことを喚きつつ全力疾走してる頭おかしいやつだからな。」

「うるせえバカ!!!!」


 そんなこんなで来た道を戻り、なんと学校に辿り着いた。できるだけ来たくない場所堂々の第一位なのに……!!


「はっ!このまま怪獣に暴れさせ続ければ学校に行かなくて済むのでは!?」

「お前、会ったときから薄々気づいてたけどクズだな。」


 おっさんが生ゴミを見る目を向けてくる。自分たちの尻拭いを赤の他人にさせようとしてる奴に言われたくねえよ。


「こんなにたくさんの人が怯えて逃げ惑ってるってのに、思いやりの欠片もねえな……。」


 そう、今は土曜日のお昼ちょっと過ぎ。うちの学校は部活動が盛んなのでそこそこ大勢の人が学校にいた。

 なのにあんな台詞が吐けるのは、嫌いな先生が顧問をしている部活がグラウンドを使っていることを知っているからではない、断じて。


「そこだ怪獣、踏み潰せ!!」

「なんでこんな奴に魔法少女の資格があるのかねぇ……。」


 しかし、そこで私は気づいてしまった。その先生が顧問の部活には……。


「!!」


 いた。


「長嶋!!」


 そう、そこには超イケメンで身長も中学生にしては高くて成績優秀でスポーツも万能な、家が普通の中流家庭ということ以外漫画の中の王子様のような同級生、長嶋がいたのだ!


「なんだ魔法少女(仮)。好きな男でもいたか?」

「好きって言うか付き合いたい男子かな。」

「好きじゃないのに付き合いたいのか?」

「自慢できるからね。」


 おっさんがすごく何かを言い足そうな目でこっちを見ているがそれどころではない。


(ここで華麗にあいつを助けたらお付き合いに近づけるのでは!?)


「ねえおっさん!私魔法少女になるよ!!」

「マジでなんでこんな奴に魔法少女の資格があるのかねぇ……。」


 おい、そんなに大量の幸せを逃がしてないでとっとと変身方法を教えろ。


「いいか、魔法少女。とにかく怪獣の真正面に行け。変身の呪文はそれから自ずと分かるはずだ。」

「本当に?説明放棄してない?」

「ぶん殴られたくなかったら言うとおりにしろ、ブス。」

「すげぇシンプルに悪口言うじゃん!?」


 とりあえず私は逃げ惑う人の波に逆らい、怪獣の目の前を目指す。


「四宮!?」


 途中で長嶋が驚いたようにこちらを見る。まあ、ちゃんと私が助けたってことがわからないと意味がないから気づかれるようにわざと近くを通り過ぎたんだけど。


 そうして到着した怪獣の目の前。その瞬間胸に迫る感情。


 そう、私は。


「超イケメンでお金持ちな旦那さんと結婚して遊んで楽して暮らしたい!」


 瞬間、身体の奥底から力があふれ、まばゆい光が全身を包み込んだ。


「待ってこれが変身の呪文!?」

「言っただろ、俺たちはどりぃむわぁるどの妖精さんだって。おれらが加護を与えて魔法少女になるんだから呪文はそいつが心の底からかなえたいと思っている夢だ。にしても、お前……。」

「やめろそんな目で見るな!ていうか加護じゃなくて呪いの間違いだろ!」


そして身体を見下ろして絶句した。いや、これ。鏡ないから確信が持てないけどさ。


「随分と立派な霊長目ヒト科ゴリラ属だな。」

「ゴリラじゃねえか!」


 思わずおっさんの胸ぐらを掴み前後に揺さぶる。


「何でだよ!魔法少女じゃねえじゃねえか!!」

「落ち着け魔法しょう……ゴリラ。魔法少女はそれぞれ個人の特徴に合わせたモチーフに変身するんだ。」

「かわいい女子中学生捕まえてゴリラとは良い度胸してんな。そしてお前らの言うモチーフってのはそのままってことか?」


 これじゃ魔法少女詐欺じゃねえか。


「マジふざけんなよ。長嶋の前でクズ発言した上、ゴリラに変身するとか……。」

「テメエがクズ発言したことを自覚しているようで安心したよ。あと、魔法少女が変身した前後は周囲の人間の記憶はあやふやになるからな。心配すんな。」

「そう……。」


 あぁ、怪獣と戦ってないのにもう疲れた……。


「怪獣と戦ったら変身が解けるから頑張れよ。」

「はいはい。」


 とにもかくにもファイティングポーズ。鬼みたいな格好の相手は金棒を振りかざした。しかし、相手は図体がでかい上に動きが大きすぎて隙だらけだ。距離を詰めて軽くジャブを。


 ドゴオオオォォォッ!!


「は?」


 軽いジャブのつもり、だったんだけどな。

 怪獣は見事に吹っ飛ばされ校舎に激突、ひっくり返った。中に人がいなきゃいいけど。


「弱すぎない?」

「お前が強すぎるんだよ……。」


 とはいえ、流石にこれで終わりという訳ではない。奴はもう起き上がっている。

 まぁ、いいや。


「あれだけ弱ければすぐに終わるでしょ!」

「産まれて初めてやつらに同情したぜ。」


 とにかく私の思いは一つだけ。


 早く、ゴリラから、人に、なりたい!


「死ね!」

「お前、ゴリラの姿してんのに……。全然穏やかじゃねえな……。」


 戦闘経験なんてあるわけないけど、幸いにも相手はどんくさくて身体が大きいだけの愚図。

 これは勝てる!


 こうして私は魔法少女なのにゴリラの姿で物理攻撃のみで怪獣を倒した。


「倒したわ、おっさん!」

「おう、変身が解けるのは人目がない場所の方がいいからな、若干のラグを用意してある。今のうちに遠くに逃げるぞ!」

「ラジャー。」


 おっさんと共に慌てて学校を後にする。


「あ、あとお前ゴリラだから多分他の人はお前がしゃべってること誰も理解してないと思うぞ。」

「マジかよ。」



 今のは一体何だったのだろう。長嶋は呆然とその場に立ち尽くした。

 部活に励んでいたところ、どこからともなく大鬼が現れて学校中が混乱の渦に叩き落とされた。しかししばらくたった頃、どこからともなく現れたゴリラが鬼を倒した、もとい一方的にボコボコにした。

 そのゴリラはその後、どこかへ走って行った。

 教職員は町に下りたゴリラが事件を起こす可能性を考慮して各所に連絡をしようと奔走している。


(なぜゴリラがこんなところに?あの怪物は何だったのか?なんであのゴリラは人間のような走り方をしたのか?あいつはどこに行ったのか?)


 頭に浮かぶいくつもの疑問。


「おもしれぇゴリラ。」


 学校の王子様、長嶋は気になることを放っておけない物語の探偵的な性格だった。



次回予告

 私、四宮綾!部活帰りにおっさんに脅迫されてうっかり魔法少女改め物理ゴリラになっちゃった!物理ゴリラを引退するためには定期的に現れる怪獣を一定数倒さなければいけないんだって!!早くこの呪いを解くために怪獣を倒そうとしたんだけど、付き合いたい男子がゴリラの正体を探っていて……!?どうなっちゃうの~!?


 まぁ続かないんですけどね!!!!

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