定番のスライムは◯◯◯◯の感触
「うぅ、ひどい目に遭いました……」
「いや、先に言っとけよ。自分がナビゲーターですよ、すぐに合流しますねって」
「だって、その方が盛り上がるかなって」
「はぁ、もういいや」
どこまでも雄大に広がっている草原の一角で、女神リンネと激闘を繰り広げた俺は、勝利の空しさを噛み締めつつ、ため息をついた。
太陽はちょうど山の向こうから顔を出すところで、周囲の闇を徐々に押し退けていく幻想的な光景を見ることができた。
遠くには、ファンタジーの定番である、巨大な壁に囲まれた街らしきものも確認できる。
あと、俺の服装が死んだときに着てたやつから、旅人っぽい物に変わってるな。
「もう、私は女神ですよ白木さん! 断固として待遇の改善を要求します!」
「いや、女神なのは知ってるけど、どうにも残念さが前に出てるからなぁ。だいたい名前もさ、リンネはまだ分かるとして、パンナコッタってなんだよ。たしか食べ物の名前だろ」
「はい、地球のイタリアで親しまれるお菓子の名前ですね」
「……好きなの?」
「はい、すっごく。自分の名前にするくらい」
「……そうか」
もう深くは突っ込むまい。
いいじゃないか。名前がパンナコッタでも。
人の好みは人それぞれだ。
「それより、白木さん。私、ナビゲーターですので、この世界のことを案内しようと思うのですが」
「あぁ、そうだな。取り敢えず、こんなところで立ち話もなんだし、まずは街を目指そうか。そういえば、リンネって普通に出歩いてて大丈夫なのか? 騒ぎになったりしない?」
「問題ありません。今の私に神の力はありませんから。それに、転生者や神についての話を聞かれたとしても信じる人はいませんよ」
「ふーん、ならいいけど。あそこに見えてるのがそうだよな?」
遠くに見える街を指して尋ねる。
目算だとはっきりしないが、距離はだいたい一キロくらいだろうか。
それほど時間も掛からずに辿り着けそうだ。
「はい。いきなり街中に人を出すと騒ぎになるので、人里から離れた位置に転生させるのが基本なんです。あと、チュートリアルも兼ねて」
「チュートリアル?」
「えーっと、どこかに……。あ、丁度あそこにスライムが居ますね。戦ってみましょう!」
「なんかゲームでよくある展開キタ! でもちょっと待って。心の準備はもちろん、装備もロクにないんだけど!?」
「大丈夫です! あれくらいのスライムなら素手でも余裕ですから!」
「ホントに!?」
リンネに手を引かれつつ、半ば強引にスライムの元まで連行される。
近づいてよく見ると、水色で半透明な、バスケットボールくらいのジェルが、プニプニと跳ねていた。
体の中心には、丸い宝石のようなものが見える。
「これが、この世界の一般的なスライムです。スライムは地球のゲームと同じく定番の最弱モンスターですね。体の中央にあるのは核といって、この世界の生き物、全てに備わっているものです。肉体へのダメージは核に蓄積されて、許容量を越えると肉体が消滅します。残った核は、手元で砕けば経験値が得られる他、色々な活用法があるので、高値で取引されます。といっても、その価値はピンキリで、スライムの核だと安値で買い叩かれますね」
「いや、説明はありがたいんだけどさ。目の前で元気に跳ねてる、こいつは無視で良いの? 襲ってこない?」
「どうやら、このスライムは今、お腹が膨れているみたいですね。スライムは空腹時以外は気性が穏やかで、人を襲うこともありません。ただし、お腹が空くと、それはもう何でも食べます。口がどこにあるのかは良く分かりませんが、特殊な酸を使って肉、植物、骨、金属と何でもジェル状に変えて取り込みます」
「なるほどな。……なぁ、安全なら少しくらい触っても平気か? 本物のスライムが、どんな感触か興味あるんだけど」
「多分、大丈夫だと思います。自分から襲ってこないうちは、満腹の証ですから」
「ではでは」
草原を元気に跳ね回るスライムの動きが落ち着いて、プルプルと震えているタイミングを見計らい、俺はしゃがみこんで、ゆっくりと触れる。
少しひんやりとした体は弾力があり、指先を押し込むと僅かに押し返してくる。
特に攻撃してくる様子もなく、スライムはされるがまま。
モンスターとの初遭遇で緊張していた反動から、少し拍子抜けしつつ、今度は遠慮なく両手で掴んで、その感触を堪能する。
「いいなぁ、これ。柔らかくて、弾力があって」
「そうでしょう、そうでしょう。特におっぱい星人の白木さんには堪りませんよね。スライムの体は女性の胸とほぼ同じ触り心地と言いますから!」
「誰がおっぱい星人だ、こら」
「えっ、違うんですか? 妹に巨乳モノのエロ本を発掘された白木さん」
「うっせぇ、人の黒歴史をほじくり返すな!」
「それはそうと、いつまで揉んでるんですか? そろそろ倒して街に行きましょうよ」
呆れたように言って、街の方角を指差すリンネ。
俺は手の中でムニムニと形を変えるスライムに視線を向けつつ、
「うーん……。なぁ、こいつ連れてったら、まずいかな?」
と、伺いを立ててみる。
「そ、そんなに気に入りました? どれだけ欲求不満なんですか」
「そうじゃねぇよ。いや、確かに触ってて気持ち良いのもあるんだけどさ。ほら、モンスターを仲間にするのってゲームでも良くあるじゃん。こいつ、お腹が膨れてれば害もないみたいだし、せっかく初めて出会ったモンスターだし」
何となく、このまま倒して、はい終了って気分になれないんだよな。
スライムは、そんな俺たちの会話もどこ吹く風で、俺の手を抜け出すと周囲をピョンピョンと跳ねている。
俺を囲うように跳び跳ねているのは、懐かれている証拠ではないかと、都合の良い想像が頭に浮かんだ。
「うーん。一応、モンスターをテイムして仲間にするスキルもあるにはありますが、白木さんは、まだレベルが低いので習得できませんし。そもそも職業も決まってませんからねぇ」
「その辺の詳しい説明は、また後で聞くとして、やっぱり手懐けてないモンスターを街に連れてったら、まずいかな? 最悪、門のところで殺されたり?」
「……まっ、バレないと思いますよ。テイムされているモンスターとそうでないモンスターを見分ける方法はありませんし。スライム程度なら危険視もされませんから。好き好んで最弱モンスターを仲間にしているのは人目につくかも知れませんが」
「止めなくて良いのか、神様的には」
「私は転生を司る神であって善悪を説いたり、まして裁いたりはしませんよ。転生者の行動に口を出したりはしません。せいぜい出来るだけ新しい世界に馴染めるように助言をするだけです」
「ふーん、神様ってなんかこう、もっと融通が利かないもんだと思ってた」
「世界の理を乱されでもしない限り、人間や、その他の生き物に干渉することはないですね。そして、世の理をどうこうできる生き物なんて、私は見たことありません」
「そっか。まぁ、なんか壮大な話に脱線したけど。結論、こいつは連れてくってことで。よろしくな、もちこ」
「……もちこ?」
「……(プルプル)」
「モチモチしてるから、もちこ」
「そ、そうですか。素敵なネーミングセンスです……ね」
「それ、妹にもよく言われたなぁ。かわいい名前だと思うんだけど。どうだ、もちこ」
「……(ピョンピョン)」
「ほら、もちこも良いってさ」
「私には、ただ跳ねているだけにしか見えませんけど。まぁ、当事者同士が納得してるなら」
「というわけで、行くぞ、もちこ! 俺達の旅はこれからだ!」
「ちょっと、どこの打ちきり漫画ですか!? ていうか、戦闘チュートリアルが終わってないですよぉ!」
走り出した俺に、きちんと跳ねながら付いてくるもちこ。
意外と知能が高いのかもしれない。
後ろから、リンネが何やら叫びながら追いかけて来たが、素直に付いて来る、もちこの可愛さに夢中で良く聞こえない。
こうして、異世界の第一村人(?)とコンタクトに成功した俺は、意気揚々と最初の街に向かうのであった。
なお、案の定、門のところで兵士に呼び止められて説明に苦労したが、ここでは割愛させていただく。