ミルクの過去
「なにはともあれ、まずは謝罪やね。お兄さん、ウチの不注意で、こんな事になってしもて、ホンマに、ごめんな?」
「気にすんなって。お前も予想外だったんだろ? それに、ちょっと脱力感が強いだけで怪我も何もしてないんだから、心配しなくても大丈夫だ」
あれから、身動きもロクに取れなかった俺は、二人に運ばれ、アインの屋敷に戻ってきていた。
今は俺の個室で、ベッドに横になっている状態だ。
そして、ベッドの傍では、申し訳なさそうなアインと、心配そうなミルク、大人しいもちこが椅子に腰掛け、俺の様子を見守ってくれている。
「……そう言ってくれると、ありがたいわ。とにかく、今日はしっかり休んでな?」
「ああ。アインの特製粥、美味しかったぞ。ズボラに見えて料理も上手いじゃないか。将来は良いお嫁さんになれるな」
ちなみに、屋敷に帰った後も、まだ体を起こすので精一杯だったから、アインとミルクに【あ~ん】をしてもらい、食べさせて貰った。
まさに、怪我の功名というやつだ。
こんな美味しい思いが出来るなら、またやっても良いかも……なんて考えていたら、ミルクの瞳から光が消え、俺の背筋に悪寒が走ったので、大人しく自重することにする。
「……ふふっ。じゃあ、貰い手が無かったら、お兄さんに責任とって貰おかな?」
「心配しなくても、そのうち、もっと良い人が現れるから。俺で妥協すんのは止めとけよ」
冗談めかしたアインのセリフに、こちらも自虐ネタで対抗する。
どうやら、ちょっとは調子が出てきたようだ。
「あらら、フラれてしもた。……ほな、ウチは下にいるから何か用事があったら、このボタン押してな。すぐに来るから」
クイズ番組に出てきそうな赤いボタンを枕元に置きつつ、アインが俺とミルクに、そう言った。
無難な呼び鈴とかじゃないのが、いかにもアインらしい。
「はいはい、あんま気に病むなよ。アインが、しおらしいと、こっちの調子が狂うからさ」
「あははっ。お兄さん、失礼やな~。こんなに純真で淑やかな女の子に向かって。ほな、お大事に。ミルクはん、後は、よろしゅうな~」
「はい、お任せですます!」
最後に、ひらひらと手を振って、アインは部屋を出ていった。
たぶん、気を遣ったんだろうな。
ミルクは帰ってきてから、ずっと何かを話したそうにしていたし。
なら俺もアインを見習って、ミルクが話しやすいように誘導してみるか。
「で、俺に何か言いたい事が、あるんじゃないのか?」
俺の問いに対し、ミルクはイタズラがバレた子供のように苦笑する。
「……バレてましたです?」
「そりゃ見るからに、そわそわしてたからな。同じくらい迷ってるようにも見えたけど」
「……ハルさんには全てお見通し、ですか。なら、これも良い機会だと思う事にしますです。ただ、それでも、今はまだ全てを話すことは出来ません」
申し訳なさそうに項垂れるミルクだが、そんな些細なことで罪悪感を覚える必要はないのだ。
「それで良いさ。話せる部分だけで良い」
そんな風に話を促しつつ、力の入らない腕を何とか伸ばして、ミルクの頭を撫でてみる。
すると、少しは緊張が解れたのか、ミルクは僅かに笑みを浮かべ、ゆっくりと話し始めた。
「……私は昔、大切な人を守れなかった事があります。……いえ、それどころか、大事な戦いの時に、傍にいる事すら出来ませんでした。あの頃のミルクは、それほど【貧弱】だったんですます」
これまで、幾度も俺に放たれた、【貧弱】という言葉。
それが、今は過去のミルク自身に向けられている。
そのことに対し、言い表せない想いが込み上げ、俺は思わずシーツを握り締めた。
「今でも思うんです。あの時、ミルクに力があれば、何かが変わったはずだって。それに、弱いままでいたら、また同じ事が起きるって。だから、ミルクは強くなりたいと願いました。そして、今では、その時よりも、ずっと強くなれたと思いますです。……でも、強いだけじゃ守れない物もあります」
「今回の俺みたいに、か」
「……はい。ハルさん、ミルクは、どうしたら良いですます? いったい何を頑張れば、もう失わないで居られますです?」
「…………」
まるで、幼き迷子のように、自分の道を見失っているミルク。
そんな彼女の問いに対する答えを、この時の俺は、まだ示せなかった。