スクラップハウスの男
「今日は数が少ないね」
数枚の封筒を手に、家へと戻るエド。
街の思いを拾う封筒の確認は、彼の朝の日課だ。
「んー、最近平和だよね。急ぎの件無しか」
封筒の色だけ見たエドは机に放り、食事の用意をする。
この家に沢山いるスクラップは食事などの補給無しで活動できるので、食事はエド1人分でいい。
娯楽で食事を欲するスクラップもいるが、今は誰も出てこない。
物音の少ないリビングに、パンの焼ける匂いが漂う。
「えーと、お肉お肉」
冷蔵庫を開けたエドは、中に呼び掛ける。
「ペッグハム、少し貰うよ」
「んー……? んむぅ……」
寝惚けた顔でペッグハムが顔を出し、その様子にエドは微笑む。
「涼しくて気持ち良さそうだね」
「寒いくらいだよぅ……」
目を瞑ったままペッグハムは片腕を外に出す。
エドはキッチンバサミを使い、指を数本切りそのまま熱したフライパンに乗せた。
「ありがとう。ハムは起きるかい?」
「寝るー。出番があったら起こし、て……がくっ」
ペッグハムが扉を閉めた後、すぐに寝息が漏れてきた。
寝坊助っぷりに苦笑しながら、エドはコーヒーを入れだした。
「何かやってないかなぁ」
朝食を食べながら、テレビのチャンネルを変えていく。
B区やC区の情報が流れていくが、目立った事件や事故は無い。
「表面化してる案件は無いね。まだA区はピリピリしてるだろうけど、暫く安泰かな……ん?」
呑気にコーヒーを啜るエドの目に、1つの広告が映った。
それはB区にある、近所で評判の良い洋菓子店の物で、単なる宣伝だったのだが。
「しまった、今日は限定ケーキの日……! 先週は寝坊して買えなかったんだった!」
朝食を急いで食べ終え、エドは身支度を整える。
「レギー! ちょっと出てくるから、留守を頼むよ!」
「誰も来ないだろ、ここ」
呆れた顔でレギーが2階から降りてくる。
「用事なら私達スクラップに頼めばいいだろ」
「いいや、僕はお菓子好きだけど店に行くのも好きなんだ。こんなことを君達に譲るなんてとんでもない!」
「……そうか、なら好きにしろ」
複雑そうにレギーは帽子掛けのエド愛用の帽子を渡す。
「レギーの分も買ってくるからさ。僕と同じのでいいよね?」
「何でもいい」
「そう? じゃあ行ってくるねー」
無愛想な返事を聞き流しエドは家を出た。
「……どこの店に行ったんだ、あいつ」
詳細を聞かされなかったレギーだったが、いつものことかとエドの朝食の後片付けを始めた。
◆◇◆◇◆
「何とか2つ買えた……あまり有名じゃないのに、地元の人に気に入られた店は繁盛するね」
お目当てのケーキを買い終えたエドは人で溢れかえるB区を歩いていた。
平日の今日、大通りにはスーツの人間が多い。
「変わり映えしないな、B区は。安定しててC区よりはA区から離れてるからだろうけど、材料になりそうな人間が少ないのはつまらない」
愚痴を溢すエドだが、この場にそれを拾う者はいない。
「……帰るか。用事が無いといる意味無いからね」
退屈そうに、普段スクラップ達がよく通る裏路地への道を曲がる。
「だから、付け回すのは止めて貰えるかな?」
裏路地を曲がったはずのエドは、近くのビルの屋上に立っていた。
「……?、!?」
声をかけられた屋上にいた人物は、見張っていたエドが後ろにいることに驚愕する。
「ん、何だビルドか。それも量産型」
狙撃銃を構えていたビルドの少女はすぐにエドへ照準を合わせる。
口をマスクのようなもので覆われており息遣いはあれど言葉は無い。
「A区以外だと君くらいのしか出せないのかな? 万が一制御できないと面倒だものね」
「……、……!」
量産型ビルドはどこかに通信しながら、引き金に指をかける。
「物騒だな、心配しなくても人間がビルドに勝てる訳ないじゃないか」
困り眉で両手を上げるエドだが、量産型ビルドは構わず引き金を引いた。
「―――?」
が、銃弾が発射されない。
不思議に思った量産型ビルドが見ると、引き金にかけた指が無くなっていた。
いや、腕ごと腐り落ちていた。
「だから、ここはスクラップに任せようかなって」
「!」
思わず銃を落とす量産型ビルドだが、腕から始まった腐食は全身に広がっていった。
衣服も同時にどろどろに溶けていき、人の原型を崩していく。
「ビルドは丈夫ね。でも段々腐っていく過程が見れるなんて、貴重だとは思わない?」
「……?」
後ろからの声に振り向いた量産型ビルドだが、その動きで首が捩じ切れた。
しかし断面が腐っているからか、意識は途絶えていない。
その視界には、全身が腐り、爛れた少女―――のような何かが映った。
「あら残念、ここまでね」
量産型ビルドの頭が、いとも容易く踏み潰される。
体の方も程無くしてどろどろに溶けていった。
「早いね、デロート。おかげで助かったよ」
「お役に立てたのなら喜ばしいのだけれど、この程度の些事に呼ばないで欲しいのだわ」
顔も分からない程腐っていた少女、デロートの姿が徐々に瑞々しい体になっていく。
「私も同時に腐ってしまうのだから、あまり力を使いたくないのよ。美しい顔も体も服も、みんなみんな混ざってるみたいになってしまうもの」
衣類も含め人間の姿になったデロートは紫のドレスをたなびかせる。
「僕は気にしないよ。なにせ、腐った君も素敵だからね」
「まぁ! おかしなことを言うのねエドは」
大仰なリアクションでデロートはくるくると回る。
「私は腐敗のスクラップなのだから、腐っているのも私なのよ。それなのに『腐った』、なんて言い方はしちゃ駄目よ。あなた私の製造者でしょう?」
柔らかな口調ながらも詰め寄られ、エドはばつが悪そうな顔になる。
「それはすまなかった。てっきり腐るのが嫌いなのかと思ってたよ」
「それはそれで、綺麗な方が好きなだけなの、私は。それよりお手に持っているそれはなんなのかしら?」
デロートはエドが持っている洋菓子店の袋を指す。
「ケーキだよ。家で待ってくれてるレギーの分もあるんだけど、良かったらデロートが食べるかい?」
「冗談ね。腐った舌じゃ味も分からないし、ケーキが可哀想よ。それにレギーは甘い物好きなのに、何も言わずに私にあげるだなんて酷いわエド。非道だわ」
「手厳しいなぁ」
「デリカシーを学ぶ気の無い人の言うことじゃないわね」
厳しい目を向け、デロートは踵を返す。
「また用事があったら呼んでね。下水道に繋がっていれば大体行けるから」
「ああ、ありがとう。たまには帰ってきなよ?」
「臭いからみんな嫌がるでしょ。私自己分析はできる方なの、意地の悪いエドさん」
口を尖らせてデロートは屋上のパイプに入っていった。
「放し飼いにしておくと何かと便利だね。さて、時間食っちゃったし早く帰ろう」
自分が何かした訳ではないのだが、うんと伸びをしてエドは屋上から飛び降りる。
着地した時には、スクラップの家の前に着いていた。
「ただいまー!」
B区を見ていた時と違い満面の笑みで扉を開けるエド。
しかし肝心のケーキはこの時の着地の衝撃で少し崩れてしまい、レギーは微妙な表情をせざるを得なかった。