A区 ~バレットスクランブル~
霧が薄く、外出日和のA区。
しかしストリートでは景観をぶち壊す銃撃音が鳴り響いていた。
何事かと歩行者が顔を上げる中、建物の上階が爆発し2つの影が飛び出した。
「露骨に逃げるわねぇ! 折角A区に来たんだから楽しんでいきなさいよ!」
「お前みたいなバトルジャンキーに付き合ってられるか! それよりお前の方が街を壊してるがいいのか!?」
「今言わないでよ! 後で怒られるの怖いんだから!」
「もう帰れよ!」
弾丸と言葉を交え、2人は街を飛び交う。
破壊された建物が降り注ぎ、逃げ惑う人が悲鳴を上げる。
地面に降り立った2人を中心に、人々は蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
(ポークル達は隕石を奪えたか……? 何にせよ、助けがくるまではこいつを足止めしておかないとな)
レギーはハンドガンと短機関銃を構え、狙いを気にせず撃ちまくる。
ヴァルバレットはそれに銃1つで対応し、自分に向かってきた弾丸を全て撃ち落とした。
「余裕そうな態度ねレギーキッド。そういう態度が気に食わないわ!」
続けて撃とうとしたヴァルバレットだが、残弾が無く舌打ちをする。
そして鉄製の左手の指から伸びるように弾丸が出て、それをリボルバーに押し込んだ。
「あんた達スクラップって、あんまりA区に来ないじゃない? だからコープスぐらいしか相手がいなくて、暇なのよ!」
「聞く耳持たないなこいつ……!」
「……確かに私、他のビルドにもあんまり関わりたくないって言われるわ」
「今だけはそいつらに同情したいな」
「きーーー!」
腹いせとばかりに連射するヴァルバレットだが、狙いは正確でレギーは防御を強いられる。
リロードした弾は5発だったが、10発以上撃っても弾切れの気配は無い。
放たれる銃弾も真っ直ぐに飛ぶだけでなく、途中で軌道が変わり曲がる弾が四方からレギーを襲う。
「ちっ、撃ち合いじゃ部が悪いな」
数発が体を掠めるものの、レギーの動きは鈍らない。
血を吹き出しながらレギーは跳躍し、一気に建物の4階の窓から部屋に飛び込んだ。
「あぁ、もう!逃げ腰が似合うなんてみっともないと思わないのかしら!?」
ヴァルバレットの怒声と銃声が外から聞こえるが、レギーは難なく捌き奥に逃げる。
「いつまで逃げるか……ん?」
進もうとしたレギーの耳に、階下から足音が聞こえた。
ヴァルバレットかと一瞬思ったが、足音は複数で大人のものだ。
「到着が早いな……A区の防衛網も強化してきたか?」
レギーが武器を2丁拳銃に切り替えたと同時に、武装した男達が角から姿を現し発砲する。
「対象、〈軍人〉のレギーキッドを発見! 排除しろ!」
部屋の調度品が辺りに散乱するが、レギーの急所には当たらず逆に撃ち返され武装集団は次々と倒れていく。
「邪魔をするなよ、人間!」
レギーの銃弾は防弾チョッキを無視し、武装集団の体を貫く。
「ぐっ、このっ……!?」
全身から血を吹き出しながらも、男は銃を構えようとする。
しかしレギーは懐に入り、いつの間にか持っていたショットガンで半身を吹き飛ばした。
「お前達の相手をしている暇は無い!」
殺した男を盾にしながら、レギーは他の武装集団を殲滅する。
そしてその男の体に手榴弾を巻き付け、ピンを抜いた状態で窓の外に投げ捨てた。
「ちょっとレギーキッド!? 何か銃声が聞こえるのだけれどまさか私以外、とー!?」
そして丁度良く壁を登ってきたヴァルバレットが、その爆発に巻き込まれた。
ヴァルバレットは黒煙を上げて落ちていき、それを尻目にレギーは場を離れる。
「一応味方同士だよなあいつら……? ヴァルバレットが独りよがりなだけか……」
「ちがーう! 私1人で十分ってだけよ!」
「うわ、もう復活した」
黒焦げになりながらもヴァルバレットは立ち、銃のリボルバーを取り外した。
その後腰のポーチから、長い弾帯の付いたリボルバーを取り出し代わりに銃に取り付けた。
「〈射手〉のビルドとして! 〈軍人〉のあんたと撃ち合いで負けるなんて屈辱なのよ!」
銃から垂れた弾帯を左手に接続し、ヴァルバレットは壁越しにレギーを狙う。
そしてリボルバー銃がガトリングガンの如く火を吹き、射線を阻む建物を容易く抉り取りレギーまで銃弾が迫る。
「―――! 街中でぶっぱなしてきたかっ!」
崩れる建物の向こうから放たれる銃弾は、レギーの体を削っていく。
正確ではない狙いのせいで街の被害が広がっていくが、ヴァルバレットは気にせず地面に散らばった薬莢を踏みしめ進む。
「追い詰めたわねぇ。 考えたらこの被害もあんた達スクラップが来たからなんだし、今さら私が壊しても変わらないんじゃないかしら!」
「否定はっ、しないが……開き直られるのもなっ!」
銃弾の雨を掻い潜り、1発の弾丸がリボルバー銃の弾帯を撃ち抜いた。
ガトリングリボルバーの連射は止まり、土煙が晴れ2人の姿が鮮明になる。
レギーの左腕は千切れかけ、全身には細かい穴が空き、血溜まりが靴を濡らしていた。
「軍人崩れにはお似合いの姿ね。これは貰ったかしら? 私、初勝利しちゃうかも?」
「……別に、お前との勝敗なんざどうでもいいがな。だがこうして付きまとわれるくらいなら、1度負けるのもありだと思えるぞ」
「負け惜しみを言うなんて、あんたらしくないわね!」
リボルバーを通常の物に戻したヴァルバレットは、皮1枚で繋がっていたレギーの左腕を撃ち抜いた。
衝撃にレギーは揺れはするが、痛む素振りは見せずフッ、と笑う。
「感情的なのはビルドもスクラップも同じだな。人間に寄り過ぎるのも考えものだ」
「製作者の趣味でしょ、それは。私達の方もだけど、そっちもまともな人間とは言い難いものね?」
ヴァルバレットはレギーの眉間に銃口を合わせる。
「人間の感情っていうのも悪くはないわよ。愉しいって思えるのは素敵よね!」
「……だから隙が生まれるし、失敗もするんだろ」
「? 何をぶつぶつ―――」
引き金に指をかけたヴァルバレットだが、突如地面が揺れ銃口をずらしてしまう。
それは1度で収まらず、2人の足元を激しく揺らし続ける。
「えっ、何々!?」
慌てて周囲を見渡したヴァルバレットの目に、遠くの高層ビルが崩れる様が映った。
倒壊はビルだけに止まらず、徐々に範囲を広げあらゆる建造物が崩れていく。
ヴァルバレットが呆気に取られている内に、レギーは立ち上がり左腕を回収する。
「やっと援軍か……! この派手なやり方はレックスじゃなくてネクロだな、あいつも来たか」
「ネクロって……ネガクロック!? あんな奴冗談じゃな……ってレギー! 逃げるんじゃないわよ!」
逃げるレギー目掛けて発砲するヴァルバレットだが、崩れる足場のせいで狙いが覚束ない。
追尾する弾丸も、瓦礫に阻まれレギーに届かない。
障害物を利用してヒラヒラとかわし、災害現場の中心に向かっていく。
「合流する気……!? あの中に行かれたらもう追えない……!」
リボルバーを取り替えたヴァルバレットは、崩れる瓦礫の上を跳ね姿の見えなくなったレギーを追う。
「あの傷じゃあ遅いわよね。見えれば追尾弾が撃てるのだけどっ」
追跡しながら、進行を邪魔する瓦礫に銃弾を撃ち込んで行く。
銃弾は一瞬の間の後、炸裂して瓦礫を粉々にする。
そうしている間にも街の崩壊は広がり、瓦礫の隙間からは建物が無くなったことで広々とした地形が見える程だ。
「んっ、あれは?」
ふと、降りしきる瓦礫の中からある物を掴みとったヴァルバレット。
それはレギーの服に付いていた勲章の1つだった。
「あっは! 大事な物を落としてるわよ!」
ヴァルバレットは勲章が落ちてきた方の瓦礫にひたすら銃弾を撃ちこむ。
炸裂した瓦礫から、レギーのジャケットと腕がちらりと見えた。
舌舐めずりしたヴァルバレットは、リロードを終えそこに飛び付く。
「追いかけっこはお仕舞いねぇ、レギっ!?」
しかし死角からワイヤーが伸び、飛び込んだヴァルバレットの右手を銃ごと縛りつけた。
更に四方からのワイヤーが全身の動きを封じる。
「馬鹿のままでは、私には勝てないぞ」
「うっ、レギーキッドォ!」
ヴァルバレットの後ろから、ジャケットを脱ぎ右手のワイヤーガンを捨てたレギーが現れる。
そして腰のライフルを構えた。
「卑怯よ卑怯! ネガクロックが水を差さなきゃあのまま私が勝ってたわ! って痛ぁ!」
もがくヴァルバレットだが、ワイヤーが食い込み全身から血が吹き出る。
「ていうかあんた逃げてたし! 実質私の方が勝ちみたいなもんよ!」
「……実にお前らしい喚きぶりだが」
もう既に、ライフルが眉間に突きつけられていた。
「〈軍人〉と〈射手〉じゃあ、真っ当な撃ち合いなんてできる訳無いだろうが。学習しろ」
「レギッ―――!」
何か言う前に、レギーはライフルでヴァルバレットの頭を吹き飛ばした。
その上に瓦礫が積み重なり、残った体も潰れ血がレギーに降りかかる。
「大分ダメージを受けてしまったな……。ネクロの巻き添えにでもなったら笑えないぞ」
ライフルを仕舞ったレギーは、ボロボロの体に回収したジャケットを羽織り場を離れた。
「ネクロー! 戦闘終了だ、もういいぞ!」
崩れ行く街に声が響かせ、レギーは中心に向かう。
そのまま歩いていくと、崩壊の中悠然と歩く白い人影が現れた。
「あ、レギー発見です。これで全員揃いましたね」
両手首に腕時計、更に首から3つの懐中時計。
計5つの時計を身につけた白髪で白い服の少女、ネクロことネガクロックが状況にそぐわない穏やかな顔で駆け寄った。
「援護助かったぞネクロ。もう能力は解除したな?」
「ええ。どうやら、必要以上の災禍を呼んでしまったようだけれど」
街は崩壊は未だ続いているが、先程までよりペースが遅くなっている。
「レックス含めた3人はもう戻っているから、私達も早く行きましょう。引き付けるのはいいけど、長く戦い過ぎ」
「なるべく穏便に排除したかったんだがな……。来るのがお前だと知っていたらあんな慎重にはならなかったぞ」
「あら、私だって今回は抑えめにしたかったん
ですよ」
「制御できるようになってから言え」
「ちょっと無差別なだけなのに……」
辛辣なレギーの態度に、ネガクロックは頬を膨らます。
「そうそう、回収した隕石は破片程度の大きさだったけど、エドはすごく喜んでいたの。学術的価値がどーたらって」
「そうなのか。てっきりスクラップの材料集めだと思っていたんだが」
「隕石のスクラップ? 何だか砕け散るのが得意そうですね」
2人は他愛ない話をしながら、廃墟同然の街を歩く。
まだ生存者は残っているが戦おうとする者はいない。
武装している人間ですら、もう武器に手をかけることすらしない。
広範囲に渡って破壊されたA区を振り返ることなく、2人はA区を後にした。
その後ボロボロのA区は、少しの刺激で更に倒壊しより死亡者をだすことになった。