A区 ~メテオ&ビルド~
「君達3人にはこれからA区に向かってもらう!」
家に入ってくるやいなやそんなことを言い放ったエドに、リビングにいた〈軍人〉のレギーキッドと〈ネズミ〉のゲシュペストは不愉快な視線を送る。
〈平和〉のポークルもいたが、全く気にせず手元の本から目を離さない。
エドはそんな3人の態度を見ながらも、笑顔のままリモコンを操作しテレビを点けた。
「ぜひとも欲しい物がA区に入ってきてね。まだ警備も薄いだろうし、取ってきてくれ」
「待て待て待て、拒否権については諦めているが、A区だと?」
エドを制したレギーは、疑問符を浮かべるゲシュペストを指差す。
「A区はゲシュペストにはまだ早い。あそこでスクラップが何人やられたと思ってるんだ」
「分かってる分かってる。僕がスクラップを見殺しにするようなことをするわけないだろう?」
「……」
エドの言葉を聞いても、レギーは警戒の顔を隠さない。釣られてゲシュペストも不安げな表情になる。
「まずは内容から聞いてくれ。大丈夫、ゲシュペストには向いてるよ」
エドはチャンネルを変え、巨大な壁を画面に映す。
そして巻き戻しを押し、画面の中の映像を過去へと遡らせた。
「ここ、昨晩のことなんだけどね」
巨大な壁から僅かに見える空を、エドは指差す。
その直後、空から降ってきた物体が壁の向こうに消えていった。
「何ですか今の。飛行機って奴ですか?」
「隕石さ。落下地点は見ての通り壁の中……A区」
「A区って……この高い壁は一体」
「そこは行けば分かるさ! という訳で、落ちた隕石の破片でもいいから持って帰ってきてくれ! OK?」
「隕石って、まさかスクラップにするつもりか?」
「んっんー、ほら、それは取ってきてのお楽しみってことで」
レギーの問いにエドは答えず、3人を急かす。
やれやれとため息を吐いたレギーは、ゲシュペストの肩に手を置く。
「しょうがない、腹を括れ。なるべく私とポークルが守るから」
「ご、強引な……」
項垂れるゲシュペストを半ば引き摺るような形で、レギーは玄関に向かう。
そして未だに本から目を離さないポークルの襟首を掴む。
「おい、いつまで本を読んでるんだ。私だけじゃいくらなんでもきついぞ」
「あーはいはい、分かってるよ」
ポークルは抵抗することもなく、大人しく引き摺られる。
ゲシュペストがどんどん不安な顔に顔になっていくが、エドはまるで気にしない。
「地図の場所にレックスを送っているから、隕石までの道のりは彼女に手引きしてもらうといい。無事隕石を確保できた際には応援も送るからさ」
そんな言葉と地図とともに、エドは3人を送り出した。
誰1人返事をしなかったが、エドは扉が閉まるまで手を振っていた。
◇◆◇◆◇
家の扉は、A区の壁の一部に繋がっていた。
ゲシュペストは背後にそびえる巨大な壁を見上げ、霧が出ていることを含めても天辺が見えないことに驚愕する。
「た、高っ! しかもどこまで広がってるんですか、これ!?」
「A区全体を囲ってるからね。それにA区の広さは他の区を全部足した面積を軽く上回るから、壁全体を見るには人口衛星でも使わないと無理だよ」
「私達でも全容を知らないな」
レギーとポークルは慣れている様子だが、「相変わらず訳が分からないスケールだ」、と呆れている。
「因みに高さは150メートル。厚さ80メートルだ」
「それ、環境的に色々問題が起きそうな……」
「普通なら、な。ただまぁここはA区だからな……」
「?」
遠い目をするレギーにゲシュペストは言葉の意味を尋ねようとするが、我に返ったレギーが2人を急かす。
「ま、まぁ行くぞ。ポークル、読書はもういいんだな?」
「ああ、そこまで油断はしないよ。行くよゲシュペスト、早くしないとA区の連中に見つかる」
「はい……」
色々と疑問は尽きないが、ゲシュペストは地図通りに進む2人に従った。
A区の街並みは、他の区と大きくは変わらなかった。
テレビで映されたB区に似ているが、人通りは多くない。
それでも壁から離れるほど、外に出ている人が増えていった。
しかしゲシュペストが疑問に思ったのは、レギー達がそこまで人目を避けようとしていないことだった。
人がいない道を選びつつも、慎重さは無く物音も消していない。
スクラップとして生まれまだ日が浅いゲシュペストだが、極力人に見付からない、ということは特に念を押されて教えられた。
どういうことかと、レギーに耳打ちしようとする。
「あの、レギーさん。少し聞きたいことが……」
「あー! やっと来たなお前ら!」
しかしゲシュペストの声は、それより大きく、荒っぽい声に掻き消された。
「ったく、エドに言われて渋々来てやったのに。遅いんだよ」
所々傷の付いた黒い服を着た、黒髪の少女―――レックスがぶつぶつ言いながら3人へと寄ってきた。
「待たせたつもりはないがな。大方エドが適当な時間指定をしたんだろう」
「災難だったねぇ、いつものことだけど」
「クソッタレ、あの野郎……!」
レックスは不機嫌な態度を隠そうともせず、足元の小石をはるか彼方に蹴飛ばす。
「落ち着けよ……で、隕石はどこだ?」
「あぁ? 分かった分かったよ」
そう言ってレックスが床を殴ると、綺麗に陥没し地下の道が現れた。
瓦礫が崩れる音はしたが、不思議なことに床の破壊自体は全くの無音だった。
「この道を進んだら落下地点の下に着く。とっとと行くぞ!」
「乱暴だけど仕事はこなすね、彼女」
「とても律儀とは思えませんけど」
レックスに続き3人も飛び降り、僅かな電灯しかない地下を歩き出した。
レックスが先導し、そのすぐ後をレギーが。数歩遅れてポークルとゲシュペストが並んで歩く。
「あの、ポークルさん。A区ってそんなに他と違うんですか?」
落ち着いた所を見計らって、ゲシュペストが疑問をぶつける。
「ああ。まず僕達スクラップのことは殆どの人間が知っているし、壁の外より高度な化学力を有している。それに同類もいるよ」
「だから見付かっても問題無い……と?」
「いやぁ、そんなに楽にいくものじゃないよ。味方ではないんだから、ね」
「……?」
会話を打ち切ったポークルは立ち止まり、ゲシュペストも歩を止める。
前を見れば、レックスとレギーも止まっていた。
「見付かるのが早いな、何のための地下道だ」
「使われないとはいえ、元々A区の道だからな。ある程度ルート予測はされるだろ」
2人が睨む先、通路の奥には武装した数人の人間が銃を構えていた。
「ひえっ、むぐっ!」
思わず叫びそうになったゲシュペストの口をポークルが手で押さえ、前の2人に目配せをする。
レックスは頷き、レギーより1歩踏み出て武装集団と向かい合う。
「もう上に出ていいのか?」
「ああ。こいつら程度なんてことはねぇから、とっとと行け!」
レックスが腕を上げると、武装集団は4人目掛けて一斉に発砲した。
しかし同時に天井が勢いよく崩れ、レギー達と武装集団に降りかかった。
「レックス、頼むぞ!」
「うるせぇ! 早く終わらせろよな!」
レックスを残し、3人は崩れる瓦礫を飛び移り地上に上がる。
「わ、あああっ!」
「舌を噛まないようにしなよ?」
ポークルに抱えられたゲシュペストの目に、瓦礫に埋もれていくレックスが映った。
武装集団は瓦礫を浴びながらもレックスに銃撃を見舞うが、弾丸は1発も届いていない。
(だ、大丈夫そう……)
そこで天井の崩壊は止まり、瓦礫で地下の様子は見えなくなった。
「レックスより、自分の心配をした方がいいよ」
「敵はあれだけじゃないからなっ、と」
飛び出した先の地上は、周りを立ち入り禁止と書かれた柵で囲まれていた。
柵の内側では白衣を着た人間達と、地下の武装集団と同じ服を着た人間達が話合っていたが、レギー達を見ると直ぐ様武器を構えた。
「ふん、思っていたより警備が薄いな」
しかしレギーは撃たれるより早く2丁ライフル銃をジャケットから取り出し、武装集団を撃ち抜く。
着地するまでにそれを何度か繰り返し、僅か数秒で地上には白衣の人間だけが立っていることとなった。
「スクラップか……!目ざとい奴らめ!」
武装集団を秒殺され白衣の研究者達は苦い顔をするが、彼らもまたレギーによって射殺された。
「わざわざ隔離してまで研究しているお前らがよく言うな。やはり隕石は珍しいか」
「中々大きいそうだよ? 落下地点は更地になったそうだ」
「それでこの隔離か……。隕石はあそこか?」
レギーの指した場所ではドーム状のテントが張られていた。
周辺の地形は隕石落下の影響か、所々デコボコになっていた。
「中の奴らが気付く前に行くぞ。私が撃つからお前らは走れ」
「あっ……そうか、外にいる人で全員ではないですよね」
「幸い外に警備はいないみたいだね。まぁA区の住人は危機感薄いのが殆どだから、むしろ警備がいたことが驚きなんだけど……おっと?」
ポークルが歩き始めようとしたしたところ、広場に銃声が響いた。
次の瞬間、高速で飛来した何かをポークルが片手で掴み取った。
「えっ、えっ? どこから……?」
「うーん、面倒なのが出てきてしまったね」
開いたポークルの手の中には、煙の消えた銃弾があった。
それで何が来るのか察したレギーとポークルが上を見ると、視線の先から3発の銃声が鳴り同時に黒い影が落ちてくる。
弾丸は不規則な軌道でそれぞれ別方向から3人に迫るが、2発をポークルが先程と同様にキャッチし、残る1発はレギーがライフルの銃身で叩き落とした。
「あらあら、腕は鈍っていないみたいねぇ!」
空から落ちてきた影―――黒と白のメイド服を想起させるドレスを着た少女が、手にしたリボルバー銃をくるくると回す。
銃を持っている右手には皮のグローブが嵌められていたが、左手は籠手状の機械で包まれていた。
少女は1度銃を下ろした後、3人をそれぞれ指差し
「レギーキッドと、そこの2人は初見ね! よりにもよってこのヴァルバレットに見付かるなんて、可哀想ったらないわー!」
手の甲を頬に当て、高々に笑いだした。
「くっそ……鬱陶しい奴が……」
レギーは苦虫を噛み潰したような顔をし、横のポークルは変わらず笑みを浮かべる。
ゲシュペストは青い顔で、2人と少女を交互に見比べた。
「ちっ、ポークル! そっちは任せたぞ!」
両手に銃器を構え、レギーがポークル達とヴァルバレットの間に立つ。
「了解。そら、行くよ!」
直ぐ様返答したポークルは、ゲシュペストの背を押し共に駆け出した。
「うえぇっ、1人でいいんですか!?」
「どのみち君を単独行動させる訳にはいかないからね。それにレギーなら大抵のビルドは問題無いだろう」
「ビルドって……あの銃を持った人のことですか?」
ポークルは一瞬首を捻った後
「彼女だけじゃないけどね。あれは僕達スクラップと同じ。同じ技術で、でも違う方法で造られた人造生命体―――名はビルド。A区の異質さを象徴する物の1つさ」
「私達と同じ……」
振り向いたゲシュペストの目には対峙する2人が映った。
ヴァルバレットが逃げる2人を撃つが、レギーが射線に入り銃弾を弾く。
「お前の相手は私だ。それとももう私とは戦りあきたか?」
「……ふぅん、別にいいわよ。隕石なんかより、あんたと遊ぶ方が私好みだからね!」
そこで会話は終わり、2人は激しく撃ち合う。
その銃撃音を背に、ポークルとゲシュペストはテントの入り口を蹴り破った。
「やぁやぁ、お邪魔させてもらうよ!」
「なにも正面から行かなくても!」
突然の闖入者に驚く研究者達と電子機器の間を、2人は駆け抜ける。
研究者達はそれぞれ武器を取り出したが、周囲に研究機器があるからか使うのを躊躇っていた。
「賢い選択だね。何事も平和が1番だから、ねっ!」
懐から手榴弾を取り出したポークルは、それを投げると同時にゲシュペストの目を塞いだ。
そして手榴弾が弾け、テント内を目映い光で満たした。
「「「うおおおおっ!?」」」
目が潰れた研究者達が絶叫し、思わず武器を手放す。
ゲシュペストの目隠しを解いたポークルは、走るのを止めテント内を物色し始めた。
「閃光弾って……ポークルさん持ってましたっけ?」
「レギーから拝借したものさ。非殺傷武器なら僕でも扱えるからね……あ、これじゃないかな?」
ポークルは液体の中に石の礫が浮かんだ、透明の容器を見つけた。
すぐ側の書類に『隕石の破片』と書いてあるのを確認したポークルは、容器から破片を取り出しゲシュペストを手招きした。
「割とあっさりありましたね……」
「隠しながら研究するものでもないだろう。それじゃ、これは頂いていくね」
跳ねるような足取りでテントを出ていこうとするポークルに、ゲシュペストも続く。
「うっ……待て、スクラップ!」
1人の研究者が、視界が不十分なままポークル達に発砲した。
破れかぶれの弾丸は狙いが定まらず周囲の機器を壊すばかりだが、他の復活した研究者も銃撃に加わる。
その内何発かはポークルに当たるのだが、全く手応えは無く弾丸が床に落ちるのみだ。
「ポークルさん、当たってませんか!?」
「気にしないで、僕に銃弾は効かないから。じゃあ研究者の皆さん、お邪魔したね」
ゲシュペストを庇い全身に銃弾を受けながらも、ポークルは平然としたままテントを後にした。
「……追ってこないんですか?」
「非戦闘員がスクラップを追えなんて、無理なことさ。ただ通報されるだろうから、のんびりしてる暇はないけどね」
テントを抜けた後、2人は隔離用の柵ところまで走り抜けた。
固定されている柵は高さこそあったものの下に隙間があり、体の小さいスクラップなら通り抜けられる大きさだ。
2人は身を屈め、柵の外の様子を見る。
柵のすぐ外は、高い建物が並ぶストリートになっていた。
「ふむ、隕石はこんな街中に落ちてきたのか。住民にも大きな被害が出ただろうね」
「その割には慌てた様子がありませんね……。それでどうします? エドさんの話では助けを送るとのことでしたが、待ってます?」
「待つにしたって、1ヶ所でじっとしているのは駄目だよ。ネズミ君の能力なら、にげられるだろう?」
ポークルは持っていた隕石を、ゲシュペストの口に当てる。
「……なんです?」
「食べて。君の中に隠す方が効果的だし、取り出しやすいから」
「はぁ……躊躇い無く言いますね、ほんと」
変わらぬ笑顔のまま迫るポークルに一瞬の抵抗も諦めたゲシュペストは、苦しい顔をしながらも隕石を飲み込んだ。
「やっぱり君を連れてきて正解だったね。この後も宜しく頼むよ」
「うっぷ……分かりました。手、失礼しますね」
そう言い、ゲシュペストはポークルの手を取る。
すると2人の体が服ごと縮み、数秒で10センチ程の大きさになった。
ポークルは小さくなった体を確かめるように、その場でクルクルと回りだす。
「いやぁ、世界が広く見えるね。面白い能力を持っているものだねぇ、君は」
「いいことばかりじゃないですけどね。私はともかくポークルさんは暫くしたら戻りますし、早く行きましょう」
「ああ。応援も、じきに来るだろうさ」
2人は柵の下を通り、人通りの多いストリートに出た。
ネズミサイズの2人に通行人が気付くことは無く、2人は小さい歩幅で壁の方に向かうのだった。