ワイルドトライアングル
ある昼下がりのC区。
今日は霧も薄く、多くの人が外に出ている。
そんな人の往来の中、サッカーボールを抱えた子ども達が路地を走っていた。
「早く来いよー、他の奴に公園取られるぞ!」
「なんだよ寝坊したくせにー!」
慌ただしくも楽しげに走る子ども達だったが、最後尾にいる男の子に横路から誰かが話し掛けた。
「あの、そこの君、ちょっといいかな?」
「あ?なんだよー、あいつらに置いてかれるだろ!」
強気な口調の男の子に、フードを被った怪しげな女は少したじろいだ。
そして焦る手つきで、懐から1枚の写真を取り出し男の子に見せた。
「この、ね?写真のネコちゃんを探してるんだけど……君、見たことなぁい?」
「んー……?」
目を細め、写真を覗き込んだ男の子だったが「知らね!」と言って駆け足で元の道に戻った。
「そんなこと聞いてくんなよ! 女は仲間に入れてやらねーからな!」
「えっ、ちょ……」
遠く離れていく男の子に、フードの女は言葉を返すことも出来ず立ち尽くした。
「…………」
暫く同じ姿勢で固まった後、女は人気の無い横路へと引っ込んだ。
そしてフードを取り、深くため息を吐いて顔を上げた。
「こ、子ども怖い……!悪意を口に出すことに躊躇いが無いなんて、あんなの人の子じゃなーい!」
「あんな挙動不審な奴に好意を返す子どもなんて、いないと思うけど」
叫ぶフードの女に、赤ずきんを被った少女が冷ややかに突っ込む。
「だから言ったでしょ、無理に聞き込みしないで足で探そうって」
〈狼〉のスクラップ、レッドルガーが呆れた口調で諭す。
「ぬぐぐぐ……でも!」
地面に手を付き、がっくりと項垂れていた女が顔を上げる。
頭から生えている長い垂れ耳が隠しているが、両の目に若干涙が溜まっている。
「私、いつまでも子どもごときにビビっているようじゃ駄目だと思うの! だからちょっと勇気出して苦手をことをしてみた訳! それでこの仕打ちって酷いと思わない!?」
「うるさい。あんたはウサギらしくビクビクしときゃいいのよ、ホップ」
「がーん!」
捲し立てた言葉をレッドに一蹴され、ウサ耳女は再度崩れ落ちた。
「あーもう、鬱陶しいわねぇ」
〈ウサギ〉のスクラップ、ホップイヤーの醜態にレッドは呆れ果てた。
「こんなことになるなら、最初っからあんたの耳で探せば良かったのに」
「この街に何匹の猫がいると思ってるの……狙った音だけ聞くとか無理だから、無理だから……」
「まぁ、私も匂い知らないから追えないけど……」
レッドは手元の猫が写った写真の匂いを嗅ぐも、自分達の匂いしかせず顔をしかめる。
仕事の内容は他愛の無いペット探しだが、まず手掛かりを掴むことに苦心する2人だった。
願いの手紙は本人の預かり知らぬところで届くので、肝心な情報が抜けていることも多い。
「これだから適当メンバーは嫌なのに……。エドの奴、たまにはワイルドで固めてみようって、バランス考えてよね!」
「一応索敵はできるからいいじゃない。適当なエドより騒ぐあんたの方がうざったいわ」
横路を歩き出したレッドに、ホップは渋々付いていく。
「レッド冷たい……それで、別で動いてるあの子は? 確か蝙蝠の」
「ナイトコール? あいつは超音波があんたと相性悪いからって飛んでったきりだけど」
「配慮が染みるぅ~」
路地の奥に入り、人から離れたところで2人は改めて写真を見た。
「シンプルな茶毛のスコティッシュね。首輪に鈴とかは付いてないし、外見からの情報は乏しいわね」
「はー、C区がどれだけ広いと思ってるんだか。ましてやそこに生きてる猫を探すなんて、正に砂漠でオアシスを探すがごとしだよー」
「オアシスじゃなくて針。……とにかく、手掛かりを見つけないとね」
手紙には名前は書いておらず、住所も無い。
猫の写真には家の内装も写っているが、今の状況では手掛かりになるとは言い難い。
「やっぱりあんたの耳に頼るしかないわね。大通りの方に行くわよ」
「えー! だから聞き分けられないってぇ!」
「猫の声じゃなくて、飼い主の声を探すのよ。歩き回ることになるけど、見付けられれば私が匂いを覚えられるし」
レッドの提案に、ホップは露骨に嫌そうな顔をする。
「人前に……出るのかぁ」
「観念しなさい。ウサギなんだから寂しいのが苦手なんじゃないの?」
「残念ながら、反映されたのは臆病なところなんだよねぇ……」
ぼやいた後、ホップは左右の人間の方の耳を手で塞いだ。
「それじゃあしらみ潰しに聞いていくよ。エスコートよろ~」
「はいはい……」
レッドは地図を広げ、ホップを後ろに連れて大通りの方へ歩き始めた。
ホップは大きな垂れ耳で周りの音を拾い、その中から猫の話題を選別していく。
聞こえる範囲は1キロに満たないが、ホップはそれら1つ1つを聞き分けるのを得意としている。
「どう? 噂話には事欠かない街だけど」
「んー、もうちょっと住宅地に近い方がいいかも。この辺オフィス街寄りだし」
「じゃあ先導するわよ。ナイトコールとは……その内合流できるでしょ」
そして2人は度々立ち止まりながらも街中の音を調べ、夕暮れになってきた頃にC区の住宅地の中心部にたどり着いた。
「はぁ……はぁ……さ、流石にこれだけ集中すると疲れる……」
「悪いわね、全部任せて。夜になったら人も減るし、ナイトコールからも収穫が無かったら今日は諦めましょ」
「そうするぅ~……」
ふらふらな足取りのホップの肩を担ぎ、レッドは人気の少なくなった住宅地を隠れながら歩く。
霧はすっかり晴れており、沈んでいく太陽には雲1つかかっていなかった。
一目の付かない路地裏に入ったところで、レッドはホップを下ろした。
「ふぅ……ん?」
レッドの目に闇に包まれた路地裏に立つ1つの影が映った。
2人と同じくらいの大きさの影は、レッドの視線に気付きマントを翻して振り返った。
「やあレッドにホップ、私だ! 別れて調査していたナイトコールだぞぅ! やっと会えたな!」
黒マントの下に赤いジャケットを着た黒髪の少女は、笑顔で両手を広げ2人にゆっくり近付く。
会って早々の馴れ馴れしい態度に、2人は思わず1歩引いた。
「ご、ご苦労だったわね……夜型のあんた1人に任せて」
「気にしないで欲しい。私の超音波とホップの耳は相性最悪、単独行動もやむ無しなのは当然のことなのだからな」
「いちいち長い言い回しするよね、ナイトコール。気遣いは有難いけど」
「はっはっは! それでは2人とも、飼い主の家まで行こうか!」
マントを再び翻し、ナイトコールは2人を先導しようとする。
「えっ、住所分かったの?」
「分かったからここで待っていたんだ。この時間なら家に人間もいるだろうしな」
「うええ~、なんか無駄足踏んだ気分……」
「気にするな気にするな。C区の広さこそ無駄だと思うぞ!」
昼の調査が空振りに終わり、更に手柄を取られたことでホップは益々疲れを感じたが、渋々ナイトコールとレッドの後に続いた。
飼い主の家は、C区ではよく見かける一軒家だった。
隣接する家々と同じく明かりが点いており、人の声も聞こえてくる。
3人は身を屈め、窓のすぐ下に移動した。
「母親と父親と……子どもは女の子1人だけかしら。狼形態にならないと鼻が効きづらいわね」
鼻をふんふんと鳴らすレッドの横で、ホップは耳を立て中の音を聞く。
「うん、中にいるのはその3人っぽい。他に出入りしてる人間は今はいないよ」
ホップがそのまま親子3人の会話を聞くと、その節々にいなくなった猫の話題が出た。
「……ビンゴ! ここであってたね」
「ふっ、やはり私に間違いは無かったな。レッド、この家の匂いは覚えたな?」
「ええ、数日程度なら猫にも匂いが残ってるはず。ここまで分かれば探すのには十分ね」
レッドはカーテンの隙間から親子を一瞥した後、2人に向き直り立ち上がるよう促す。
「家から出た動物の匂いを追うわ! 私が先導する!」
そう言うや否や、レッドは顔を回転させ人狼モードに切り替わる。
「ああ、その姿ならここからでも追えるんだね」
「ウオゥッ!」
レッドは1度だけ頷き、2人の返事を待たず夜の路地に駆け出した。
「ああもう、早いってぇ! 狼の時野性的過ぎない!?」
「それもまた個性、だ。私達も行くぞっ!」
ホップとナイトコールも後に続き、3人は住宅地を走り抜ける。
レッドは後ろを振り返らず、少し間を空けて2人が追従する。
「これ、ちゃんとあの猫を追えてるのかな!?」
「なぁに、方角さえ分かればある程度見当はつく……ホップ、耳を塞いでおけ」
「へ?」
走りながら、ナイトコールは片手を口に当てた。
そして大きく息を吸い込み、超音波と共に吐き出した。
「――――――――!!!」
「あぎっ!?」
人の耳では聞こえない音域の超音波は住宅地中に広がり、反響して更に広がっていく。
耳を塞いでいたはずのホップも、衝撃で立ち眩みを起こしてしまった。
「……ガウ?」
前を走っていたレッドも立ち止まり、ナイトコールの方を振り返る。
当のナイトコールは両手を耳に当て、うんうんと頷いていた。
「ふむ。その猫かどうか定かではないが、猫らしい形の動物を見つけたぞ。野良にしては動きがおかしいな」
「あ、そ、そう……? じゃあそれなんじゃなぁい……?」
「すまない、この距離だと耳を塞いだ程度じゃどうにもならないな……レッド、方角は合っているからそのまま匂いを追ってくれ」
「ガォウ」
1吠えしてからレッドは走りだし、ナイトコールはふらふらのホップを背負ってそれに続いた。
猫を追う3人は、日が完全に落ちる頃には住宅地郊外に出ていた。
「あ、猫の声聞こえてきた! 沢山!」
「沢山? 群れが集まってきてしまったか」
ホップも回復し、ナイトコールから降りて自分の足で走り出す。
「家からそこまで離れてないよね? 帰れそうなものだけど……」
「猫の生態についてはあまり詳しくないからな。猫のスクラップでもいれば聞けるんだが……いたか?」
「タイガーはいたかも。スクラップ全員なんてワイルドに限っても把握できてないよ」
「同感だ。エドの節操の無さには困ったものだな、このままじゃ家の全てがスクラップになってしまう」
「グオウッ!」
雑談はそこまでだ、と言うようにレッドは吠え1度立ち止まる。
「よっと……ここ曲がってすぐね。獣の匂いが複数だから、一応気を付けなさいよ」
首を回して人に戻ったレッドの言葉に、追い付いた2人は頷く。
「暗くて狭い道だな。こちらは夜目が利くから問題無いが」
「それより猫の声が沢山聞こえるんだけどぉ……レッド、判別つくよね?」
「混ざり合ってるから時間かかるわね。その間2人はフォローよろしく」
「任せてくれ。猫の1匹や10匹、我らスクラップの障害にはなり得ないさ!」
そう言ってレッドと並んでナイトコールは路地を曲がり、ホップもすぐに続く。
しかしその先で3人を待ち構えていたのは、30匹は優に越える猫の視線であった。
「「……っ!?」」
「ねえ、何かあったの?ってうわ、なにこれ!?」
闇の中で目を輝かせた猫達は、縄張りに入ってきた3人に一斉に飛び掛かった。
「ナイトコール!」
「―――――!」
レッドの指示よりも早く、ナイトコールが超音波を前方に放つ。
威力こそ抑えたものの、衝撃波で猫達は吹っ飛び耳を塞ぎ損ねたホップも悶絶し地面に転がった。
「ぎゃー!ぎゃー!」
「レッド、対象の猫はいるか!?」
「ちょっと待って、匂いはするんだけど……」
猫達はすぐに体勢を整え、また3人に襲い掛かってくる。
ナイトコールは倒れたホップの耳を掴み、引き摺りながらレッドの前に出た。
「ふっ、傷付けずに捌くというのも難しいものだな! 起きろホップ、相手はたかが猫だぞ!」
「痛てて……わ、分かったけどぉ。私は本来戦闘なんてできないからねー!」
マントで猫を追い払うナイトコールと、噛みつかれながらも必死で手足をばたつかせるホップ。
牙や爪を突き立てられ少しずつ生傷が付いていくが、スクラップの体は丈夫なので大事には至らない。
例えこのまま傷が深くなろうと、出血死することはないのだ。
次第に猫達は2人に飛びかかるのを止め、数匹ごとに分かれてその場を離れ始めた。
「逃げちゃうよ!? どうする、こっちも分かれる!?」
「その必要は無いわ! 見つけたから、そっちだけ追いなさい!」
慌てるホップの言葉を遮り、レッドは壁を伝い上へと逃げる猫達を指した。
「む、上か! 小癪な猫だな」
「だったら私に任せて! あのくらいの高さ!」
ホップは片足で跳躍し、猫達の高さまで軽く到達する。
(写真と同じの……いた!)
群れに紛れた茶毛の猫を見つけたホップは、猫の合間を縫って手を伸ばす。
「掴っ、うぃっ!?」
だが寸でのところで何かに下から引っ張られ、伸ばした手が空を切る。
落ちながらホップが下を見ると、10数匹の猫がホップの服にしがみつき跳躍を妨害していた。
「なんで、さぁー!?」
体勢を崩し落下したホップを、下で待っていたナイトコールが抱き抱える形で受け止める。
「大丈夫か? 少し格好つかなかったな」
「心配ありがと! でもあの猫共さぁ……あ、逃げた!」
3人が見上げる頃には、猫達は屋根へと登り姿を消していた。
地面に下ろされたホップは、すぐ2人の方を向き猫が去った先を指差して喚き始めた。
「なんかおかしくない!? 野生の猫の動きじゃないって!」
「うるさいうるさい。けどそうね、動きが一貫してるというか。野生の猫ってあんなに統率が取れてるものなのかしら」
騒ぐホップの顔を鷲掴むレッドも疑問を浮かべる。
「いや、ここは素直におかしいと思うべきだな」
一方でナイトコールはマントに付いた猫毛を払い落としながらホップに同意する。
「あの妨害は明らかに捜索対象の猫を守る為だった。だがあの猫が家出したのはほんの数日前。縄張り意識の強い野良猫達が、そんなに必死に守ろうとするかな?」
「……まぁそうよね。猫としても変な動きだったし」
「もしくは、あの猫が世渡りの上手い猫だった、などだな!」
「そんな打算的な猫嫌だなぁ」
ホップが落ち着いたところで3人は仕切り直し、レッドの誘導に従い歩く。
「ねー、急がなくていいの? あの猫達絶対変だよ」
「私達の足なら余裕で追い付けるわよ。それに逃げるような動きじゃないし、変なら原因を探らないとさっきの二の舞じゃないの」
「そりゃそうかもだけど、言い方きつくない?」
口を尖らせるホップの後ろで、ナイトコールは首を傾げる。
「ふーむ、明らかに野生の猫の動きじゃない……だが生体改造された様子も無いし、このC区でそんなことができる人物はいないな」
「音を利く限りは普通の猫だったよ。近くに誰かいたわけでも無かったし」
「……そうね、C区にはいないわね」
ぼやくように、レッドは遠い目で空を見る。
珍しく霧が無い夜空では、久し振りに月光が輝いてる。
街灯の数は多くないが、この街の人間は霧に慣れているので月光がある分眩しく感じる。
「上を見たって、A区の壁は見えないぞ。それに連中が今回関わっているという根拠は無いだろう」
「そうだといいんだけど。……ちょっかいかけてくる奴に心当たりがあるから、どうもね」
「はは、猫を操って我々の妨害をするとは。いたとしたら随分な小物だな」
笑うナイトコールに、ホップが口を挟む。
「でも私とナイトコールの索敵には引っ掛からなかったじゃん。猫のことは別問題じゃない?」
「そうだな。分からない原因は置いておいて、猫の捕獲をしなければ! レッド、それでいいか?」
「不安はあるけど、今はそうした方がいいかしらね……で、策は?」
ナイトコールは少し溜めた後、不敵に笑い。
「私にいい考えがある」
「レッド、これ駄目だよ」
「私もそう思う」
完全に日が落ちた夜の公園で、猫達が各々寛いでいる。
3人が追っているスコティッシュフォールドも群れに加わり、他の猫と交流していた。
この光景からは、先程のような異常な知性は感じられない。
喧嘩している猫もおり、団結力等も見られない。
「ウォウーーーー!!!」
しかし、狼の遠吠えが聞こえた途端。
全ての猫がスコティッシュフォールドを守るように囲い、遠吠えがした方角とは逆の方へと駆け出した。
遠吠えは間隔を空けながら複数の方向から聞こえ、猫達はその都度進行方向を変え走る。
この光景を人が見れば、すぐに遠吠えで猫を誘導していることに気付くだろう。
だがこの猫達は、妙な知性を発揮した割にはそれに気付く様子は無い。
次第に公園の隅、道路がすぐ側にあるところまで追いやられた。
ここで遠吠えが止み、辺りに静けさが戻る。
そして猫達がまだ警戒を緩めず、何匹かが偵察に行こうとした時
「――――――――!!!」
超音波が辺り一杯に響き、全ての猫がショックで停止する。
この音は人間には聞こえず、住宅地は静寂を保ったままだ。
だか猫達には音響兵器の如く、動きを止める効果が出た。
そんな状態の猫達に、上から何かが落ちてくる音等聞く暇があるはずが無く―――
「はーいっと!」
上空から目標の猫目掛けて落下してきたホップが、着地と同時に網を振るい猫を捕まえた。
「フニャッ、フー!」
我に返った猫が威嚇するが、ホップはすかさず跳躍し公園から消えた。
公園には沢山の呆然とした猫が残ったが、やがて何事も無かったように群れは解散。それぞれ夜の街に散っていった。
「ふっ、終わってみればあっさりだったな」
「所詮は猫ってことね。……色々謎はあるけど」
猫を捕獲した場所から少し離れたところでは、ナイトコールと人間体に戻ったレッドがいた。
そこに、猫入りの網を持ったホップが着地する。
「成功成功っと。私の高速跳躍には反応できなかったみたいだね!」
「横はともかく、縦の動きなら劣ることは無い。ホップの速さならできることだからな」
「そうそう! やっぱり私ってできる奴だよなぇ!」
「うっざ……」
猫入り網を担ぎ、3人は飼い主の家に向かう。
猫は捕まっている内は暴れていたが、家の前で放すと真っ直ぐ玄関へ歩き扉をガリガリ引っ掻き始めた。
それを見た3人は、家主が出てくる前にその場を去り住宅地から離れた。
「すっかり普通の猫だったわね。自分から家出したくせに」
「野生というのは気紛れなものだ。動物が元の我々こそ理解するべきだろう」
「生存本能だけは自信あるかな」
穏やかな雰囲気で、スクラップ達は家路に着く。
そんな3人の背中を、屋根の上から見下ろす者がいた。
「なんだ、思ったより普通なんだね、スクラップって」
側に沢山の猫を侍らせた彼女は、言葉とは裏腹に楽しそうだ。
「猫を動かしてちょっかいかけてみたけど、C区じゃこの程度が限界かな」
彼女は立ち上がり、猫達もそれに続く。
「またA区に来てくれないかな、スクラップさん達。その時は私達がちゃんと相手してあげるのに」
猫を引き連れて屋根を飛び回る彼女は、やがてC区から姿を消した。
その朝、C区の住宅街ではそこら中に猫の毛が落ちており、住民達はその処理に困ったのだとか。