ニュービースクラップと世界
暗闇の中、1人の少女が目を覚ます。
彼女は起き上がり周りを見渡すが、明かりは無く何の情報も入ってこない。
風が吹き抜ける音すら聞こえず、少女の服の衣擦れの音だけが耳に届く。
「……?」
困惑したまま考えを整理する暇も無く、一筋の光が少女の顔を照らした。
「やあやあ、もう起きていたんだね。暗い所はお好きかな?」
扉が開かれ、逆光を背に誰かが闇の中に入ってくる。
「おはよう、君にとっては初めての目覚めだね」
段々と光に慣れた少女の目に、入ってきた白いケープを着た少女が優しく微笑む。
「あなた、は……? それにここは……」
「安心して、説明はする。それよりこんな暗い部屋からは出ようか、ネズミ君?」
「え?」
ネズミと呼ばれ、呆ける少女の頭を白ケープの少女が指差した。
指されるがまま頭を触ると、手に髪以外の感触か伝わる。
それが何なのか少女には分からなかったが、すぐに答えを言われた。
「立派な耳が似合っているよ、ネズミ君」
「……えっ、ああ、ありがとうございます……?」
白ケープの少女は笑顔で手を引き、困惑顔のネズミ少女を部屋の外に連れ出した。
「さてネズミ君。何にも知らない君の為に、僕が色々と教えてあげよう」
電灯に照らされた一本道の廊下を、2人はゆっくりと歩く。
白ケープの少女が半歩先を進み、首を後ろにいるネズミ少女に向ける。
「何から聞きたいかな。やっぱりスクラップについて?」
「いえあの、まずお名前を伺ってもよろしいでしょうか……?」
それを聞き、白ケープの少女は一瞬口を閉じまた開いた。
「そうだそうだ、仲良くなるのに一番大事なことを忘れていたね。すまない」
そして白ケープの少女はくるりとその場で回り、ネズミ少女と向き合う。
「僕はポークル。君と同じスクラップで、エドからも特に愛されている1人だよ」
言い終えたポークルは、すぐに前に向き直る。
「ポークルさん、ですか。えっと私は……」
「君の名前もすぐに決まるさ。焦ることはない」
廊下の奥にはエレベーターがあり、ポークルは上階へ行くボタンを押した。
「それで、私はスクラップ……何ですよね。ポークルさんと同じ」
「そうだよ。まずはそのスクラップについて教えてあげようか、簡単にね」
エレベーターが到着し、扉が開く。
2人は同時に乗り込み、ポークルはB1Fのボタンを押した。
光っていたB5Fが点滅し、エレベーターが動き始める。
「端的に言うとね、スクラップは壊れたり無くなったりしたものを元に造られた人形なんだよ」
「壊れたり……?」
「そう。本当は細かい条件があるらしいんだけど、僕達には関係無いことだって教えてくれないんだよねぇ」
「関係無いって、誰に言われたんですか?」
「ああ、僕達の創造者だよ。……エドっていう、変わった人間さ」
B1Fの表示が光り、扉が開く。
ポークルはすぐに降り、ネズミ少女も慌てて続いた。
B1Fは広いガレージになっており、あちこちに電灯が付けられているのに全体は暗い。
闇の中を歩きながらも、ポークルの話は続く。
「スクラップには大きく分けて3つの種類があってね。無機物等の物から生まれた《マテリア》。動植物が材料の《ワイルド》。それと概念や現象が元の《オーラ》……この3つだ」
「それなら……私はワイルドですよね。ネズミなんですから」
「警戒しなくてもいいよ、何か考えているわけでもないし。気まぐれに僕達を街に送って、仕事をさせるだけだから」
「街? ……そういえば、ここどこなんです?」
「しまった。スクラップどうこうの前に、それを話すべきだったね。またまたすまない」
ガレージを進んだ先にあった扉を開けると、上への階段が現れた。
登った先にまた扉があり、ポークルはドアノブに手をかける。
「ここは家だよ。エドとスクラップの、ここだけの家さ」
扉の向こうは家の廊下に通じていて、明かりは奥の部屋から漏れているものだけで若干薄暗い。
「この先がリビングさ。続きは何か飲みながら話そう」
「はっ、はい!」
明かりの点いたリビングでは、軍服を着た少女―――レギーキッドがソファーに腰掛け、勲章を磨いていた。
「やあレギー。また何もない勲章を大事に磨いているんだね」
「喧嘩なら買わないぞポークル。……ん、後ろのは……」
「エドが言ってた新人だよ。この前材料が一杯取れたからね。まだ名前は無いから、自己紹介は省略しよう」
「ああネズミの……どうした、震えているようだが」
レギーは、ポークルの後ろに隠れたネズミ少女を指した。
「い、いえ。体が勝手に……すいません」
「理由も分からないのに謝るな。別に怒ってるわけじゃないぞ」
「レギーは目付きが怖いから、仕方無いさ」
ポークルはネズミ少女を手で庇いつつ、レギーに耳打ちする。
「それに、コープスだった時に君にされたことも関係あるんだろう。苦手意識は芽生えるものだよ」
「んん……無意識でか。怯えられるのはいい気分じゃないな……」
気まずい視線にネズミ少女を見たレギーは、ばつが悪そうにまた勲章を磨き始めた。
「さ、ネズミ君。レギーのことは気にしないで座ろうか。まだまだ教えることはあるからね」
「はいぃ……失礼します……」
レギーからは離れた別のソファーにネズミ少女は座り、ポークルもすぐ隣に座った。
「次は僕達が仕事をする場所、街についてだ。これは現場を見ながらの方が分かりやすいかな」
ポークルは机に置かれていたリモコンを操作し、古めのテレビの電源を点ける。
最初は砂嵐が画面に映ったが、チャンネルが切り替えられ上から見た街が映し出された。
「今日は霧が薄いね。見やすくて何よりだ」
「へぇー……これが街ですか」
昼間だが薄らと霧が掛かった街は、道一杯に店が並び、多くの人が行き交っていた。
「これはC区だね。相変わらず賑やかなものだ」
「C? 街には色々な場所があるんですか?」
「そうとも。例えばこのC区に住んでいる人は生活が安定していて、言うなれば普通の人達だ。大金持ちはいないけど、不自由無く暮らしていけると言ったところかな」
そして、ポークルはチャンネルを変える。
今度は背の低い建物が多い場所が映り、人々の服装が少し簡素になった。
人は多いが、店は少なく身だしなみが乱れた人がよく見られる。
「ここはD区。街からの生活保証も少なく、少しでも生活にゆとりを求める人達が多い。下町と言うのが分かりやすいかな?」
「なんというか、さっきと比べて汚くなりましたね。私的にはこっちの方が落ち着きますが……」
「そりゃ、ネズミの君からしたらねぇ」
ポークルは肩を竦めて笑い、チャンネルをまた変える。
「区で結構違いがあるんですね……」
「この街は変わってるからね。僕達スクラップなんてものが生まれるくらいに」
次にチャンネルに映ったのは、D区よりも更に建物や人がみすぼらしくなった街の様子だった。
「……これは?」
「E区。見ての通りスラム街……意味は分かるよね?」
ネズミ少女は聞き慣れない単語に首を傾げたが、頷いた。
「分かりますね……何故か」
「スクラップはある程度知能と知識を与えられるのさ」
ポークルは薄く笑ったまま、テレビの中の街を指した。
「ネズミの君は気にならないだろうけど、僕達はこんなところにも行かなきゃいけない時がある。仕事は選べないからね」
「さっき言っていた、エド、さんが決めるんですか?」
「そうそう……さ、こんな映像は長く見るべきじゃない」
そう言ってポークルは、テレビを消しリモコンを机に置いた。。
「私は平気なんですけど……」
「今度行く機会があるさ、きっと」
ポークルがテレビを消したところで、レギーが「ん?」と言い顔を上げた。
「まだ見せてないのがあるだろ。B区はどうした?」
「行く機会があまり無いからね。それに富裕層の暮らしなんて、変化が少なくて面白くないだろう?」
「それを退屈に思うなよ……」
2人の会話に首を傾げるネズミ少女に、レギーが答える。
「あー、もう1つB区ってところがあるんだ。C区より豊かで、社会的に地位が高い人間が住んでいる」
「そんな場所だから、仕事なんてないのさ。僕達の仕事は街の人の願いを聞いてあげることだから、ね」
「ね、願い?」
レギーに見られて怯えるネズミ少女の頭を撫で、ポークルは机に置いてあった数枚の便箋を取りひらひらと振った。
「そう、願い。これこそが、僕達スクラップにとって1番大事なことかもね」
「……A区については話さなくていいのか?」
「エドが嫌ってる物のことなんてどうでもいいだろう。ネズミ君が怖がるからレギーは黙っておいた方がいいよ」
ネズミ少女の目を見て、レギーは苦い顔をした後視線を逸らした。
それを尻目にいそいそと、ポークルは便箋の封を切る。
「人間達に何か困り事があるとね、この家に手紙という形で届くのさ」
「人間が出してるんじゃあないんですね。それだと本人は分かりようがないんじゃ……」
「知らなくていいだろう。願いが叶うなんて、思われたくはないからね。試しに少し見てみようか」
黒と白、それとピンクの3通の封筒の中身を取り出し、ポークルはざっと目を通す。
「これは気に食わない上司を会社から追い出して欲しい。こっちは交際相手に結婚を申し込まれたい。これは……ペットが飼いたいか。毎日飽きないなぁ人間は」
ネズミ少女もそれに習い、中身を見ていく。
「色々ありますけど、大それた願いは無いですね。もっと有りそうな気が……」
「自分じゃ自覚してない思いとかも拾うんだよ。どの願いを聞くかはエドと僕達次第だけど……おっ、いい感じのがあるじゃないか」
ポークルは1通の茶色い封筒を選び、中身を読み上げる。
「えーっと、『街には沢山の野良猫がいるが、去勢手術されていないのがどれくらいいるか知りたい』……場所はC区だね」
「そんなことまでするんですか!?」
「願いに大小は無いよ。丁度いいし、ここにいる3人で行こうか」
「んっ!?」
聞き耳だけは立てていたレギーが2人に顔を向け、ネズミ少女は逆に顔を逸らした。
「待て待て、そいつは私が苦手だろ。初めてで無理をさせる気か?」
「慣れるのは早い方がいいじゃないか。ネズミ君、彼女は軍人のスクラップのレギーだ。愛想は悪いけど優しい子だから、そこまで怯える必要は無いよ」
ポークルはレギーとネズミ少女の間に入り、頭を撫でながら宥めようとする。
笑顔を絶やさないポークルに、ネズミ少女も段々と固い表情を崩していく。
「は、はい……。あ、でも私まだ名前無いですよ?」
「ああ、実はエドからもう聞いているんだ」
そう言ってポークルは、懐から出した小さいメモ用紙をネズミ少女に見せた。
そこに書いてあったものを、ネズミ少女は読み上げる。
「『ゲシュペスト』……」
「名前が決まったなら、行けない理由は無いだろう。レギー、君も行けるかな?」
「エドがいないが……まぁ行けるぞ。今回役に立てるか分からないがな」
腰を上げたレギーは、ジャケットを羽織り置いてあった勲章を取り付けた。
「さてネズミ君、初仕事だ。気楽に行こうね?」
「わっ分かりました! 未熟ですみません!」
「今謝るなよ……」
ポークルとゲシュペストは何か準備をすることも無くレギーに続く。
「えっと、私が〈ネズミ〉で、レギー、さんが〈軍人〉で……あれ、そういえばポークルさんは何の……?」
疑問を口にしたゲシュペストに、ポークルは変わらない笑顔で答える。
「僕は〈平和〉さ。もう壊れることの無い、ありふれたものだよ」
「……?」
「ふふっ、まぁ頭の片隅にでも入れておいてくれ」
ポークルは扉を開けると、横にずれ前に出るようゲシュペストの背中を押した。
レギーも、黙ってゲシュペストを先に行かせる。
「さぁ、広い世界だ。存分に堪能してくれ」
ゲシュペストは扉をくぐり、街に繰り出す。
新しいスクラップが、また1人誕生した時だった。
説明回を纏めると確認が楽