裏路地の罪狩り
「はあ、何であたし達がこんなことやらなきゃいけないんだ」
「仕方の無いことでしょう。エドの側に付いた私達には、当然の責務ですよ」
霧が立ち込める街の裏、並んで歩く2人のスクラップ。
露出度が高く、不良っぽい黒髪の方が文句を言い、逆に露出が全く無い清楚な白髪の方がそれを窘めている。
「そのエドが、あたし達を気安く使い過ぎだってことだ! スクラップを愛玩動物扱いしやがって……!」
(間違ってはいないような)
憤る黒髪に何か言いかけた白髪だが、それで止まるとは思えなかったので黙っておいた。
「帰ったら文句言ってやる……!」
「はいはい、帰りますよ」
黒髪を軽くあしらい、白髪が家に繋がっている倉庫の扉を開けようとした時。
向こう側から勢い良く扉が開けられ、弾かれた白髪は尻餅をつくことになった。
「んん? 誰かいたのか」
扉から出てきたのは、〈軍人〉のスクラップ、レギーキッドだ。
「すまない、あっちの景色が見えなかったものでな」
言いながら、倒れた白髪に手を差し伸べ起こす。
「何やってんだレギー! だからこの扉は静かに開けろと……!」「落ち着いて。怪我は無いんだから」
叫ぶ黒髪を抑え、白髪は服の汚れを叩く。
「いや、私が悪いからな……しかしネクロとレックスの2人って、何をしてきたんだ」
レギーに聞かれ黒髪の方、レックスは苛々した口調で答える。
「ゴミ屋敷の掃除だよ! 間違ってもあたしにやらせるようなやつじゃないだろ!」
「こんな感じで、今日はずっと怒りっぱなしなの」
「ああ……」
レックスに比べ、白髪の方のネクロは穏やかなものだった。
「ちょっとレギー。突っ立ってないでどきなさいよ。後が控えてるんだから」
レギーの後ろ、開けっ放しの扉から声が届く。
そして赤ずきんを被った茶髪の少女が、周りを伺いつつ出てきた。
服装は半袖半ズボンと、スポーティーな印象を与える。
そして首に、頭巾と同じ赤色の首輪を付けていた。
「すまんレッド。この2人が扉の前にいてな」
「へえ、タイミングが悪いものね……げ」
出て早々、レックスを見たレッドは嫌な顔をした。
それに対しレックスは笑みで顔を歪める。
「なんだなんだ、レギーの他に誰が来るかと思ったら。犬っころとはなぁ!」
「犬言うな! 私は狼だって何度言えばわかるのよ!」
吠えるレッドを見てレックスは笑いだし、それを見てレッドはもっと怒り出す。
そんな2人を、レギーとネクロは距離を置いて見ていた。
「レックスとレッドルガー、仲悪いですよね」
「そもそもレックスと上手くやれる奴の方が少ないからな……レッドも気が強いし」
「困りものですねぇ……ところで急いでいたようですが、あのまま喧嘩をさせておいて良いのですか?」
「良いわけないな、全く!」
その後2人の喧嘩は、仲裁に入ったレギーにより強引に終わらせられた。
「で、メンバーはレギーと犬だけ?」
少しだけ落ち着いたレックスが2人に問う。
「あと1人来るらしいわ。私もレギーも、誰が来るか分からないけど!」
「睨み合いしないの。……それでお願いの内容は?」
レギーは便箋を取り出し、中身を改めて見る。
「急な奴でな。逃亡中の強盗犯がこの街のE区に来たらしくて、排除してくれというものだ」
「それはまぁ、物騒な話ね」
「我々スクラップに任されることだ、仕方がない」
諦めたような表情で、レギーは便箋をしまった。
「でもそれなら急ぎの案件だな。あと1人は何してんだ?」
「さぁな、もう2人だけで行ってしまおうか……」
と、レギーが扉の方に振り返った時。
「ヘイヘイヘイヘーイ! 私を置いていくなんて、そうはいきませんヨー!」
ジェット機のような音と速度で、ハイテンションな金髪少女が飛び出した。
足に取り付けられた戦闘機の羽のような器具がエンジン音を掻き鳴らし、扉の近くにいたレギー達の髪や服をたなびかせる。
「お待たセしましタ! バイヨン・ベイ、ミッションに参加しまース!」
足の器具を考慮しても高身長な彼女を、他のスクラップ達は呆れたような顔で見上げている。
「相変わらずのテンションにはもう慣れたが……〈爆撃機〉のこいつを出すって、エドは何考えてんだよ」
「Ahー、メンバーならダイスで決めてましたよ?」
ベイの解答にぼやいたレックスだけでなく、他の3人も頭を抱えそうになった。
ベイは自分の言ったことを気にせず、レギーとレッドをそれぞれ片手で掴んだ。
「さあさあ行きますよ皆さン! 時間は待ってくれませんからネー!」
「うおっ!? ベイ、待て!」
「ちょっと、頭巾取れるから!」
暴れる2人をものともせず、ベイは高度を上げていく。
「それではお二人さーん、私達は急ぎますのでコレデ!」
「ええ、頑張ってくださ……」
「ファイヤー!」
ネクロの言葉を遮り、2人を掴んだままベイは霧の中に飛んでいった。
「スクラップって、案外相性悪いの多いよな」
「所詮スクラップだから、そういうものでしょう」
黒と白の2人の少女は、そんな様子を見届けていた。
「全く……人に見つかったらどうする気だったんだ」
「ソーリーソーリー。少し焦り過ぎましたね」
ベイのフライトは数十秒程で終わり、3人はD区の端の方に着いていた。
ここは、E区とも繋がっている場所である。
「時間も経ったから、E区からD区に来ていると思うんだが……ここからは警察もいるからな」
「数は2人だっけ? この街に来るなんて、厄介事を増やしてくれたものね」
「HAHAHA!その通りデース!」
ベイは快活に笑い、レッドの背中を叩く。
「そこで、レッドの出番ですよネー」
「そうだな、お前の鼻が頼りだ」
「分かったから! 叩かなくてもやるわよ!」
ベイを突き放し、レッドは赤ずきんに手をかける。
「強盗犯の手掛かりは無いのよね」
「ああ、特徴も伝えられてない。つまり……」
「匂いだけ、ね」
レッドは赤ずきんの結び目を緩め、うなじまで落とす。
露になった後頭部から、狼が顔を覗かせた。
人の顔と反対になるように、頭の半分を狼が占めている。
瞼は閉じ、呼吸も無く当然のようにレッドの後頭部に鎮座していた。
その半人半狼の頭に、レッドは手を当てる。
「嗅ぎ慣れない匂いを探せばいいのよねっと!」
レッドが自身の手を捻ると、頭が首輪を基点に回転した。
人の顔が後頭部に行き、狼の顔が本来の顔の位置に収まった。
「グ、グオオオオッ!」
狼顔になったレッドが一吠えすると、全身は体毛に覆われ、手足は変形し狼のものへ変わっていく。
ものの数秒で、レッドの体は人狼を思わせる姿となった。
「ワーオ、変わったギミックですネ」
「お前は見慣れてなかったか。レッドはスクラップの中でも珍しい変身をするからな……で、レッド。匂い分かるか?」
「グルルルル……」
レギーの問いに、うなり声だがレッドは返事をする。
首を反らせ、当然だと言っているようだ。
「喋れないのが不便ですネェ。後ろのフェイスも起きればいいのにデス」
ベイがレッドの人の顔をペチペチ叩くが、静かに目を閉じ動く気配は無い。
「ガウッ!」
鬱陶しそうに、レッドはベイの手を払い除ける。
「むー、つれませんネ」
「性格は変わってないんだぞ。ほら、レッドの邪魔をするな」
手を引かれるベイにふんと鼻息を鳴らした後、レッドは四つん這いになり地面に鼻を擦り付けた。
「……ふんふん……ガウ」
何かを感じたのか、レッドは軽く頷いた後立ち上がった。
そしてまた頭を回転させ、人の顔を正面に持ってくる。
毛むくじゃらな体も元に戻り、レッドは髪を掻き上げてから赤ずきんを再び被った。
「あったわよ、気に入らない匂いが2つ。他所の街の人間ね」
「当たりだな。様子は?」
「あまり大きくは動いていないわね。焦りや緊張を感じる動きだわ……D区をうろうろしているようだけれど、何かあてがあるわけじゃなさそうね」
「へー、破れかぶーれデスね」
レッドの報告を受け、レギーは何か考え込んだ様子だ。
「狙ってこの街に来た訳じゃないのか……なら……」
「シンキングの必要はナッシング! 居場所が分かるなら、私がブッ飛ばしてやりマース!」
「無駄に街壊しちゃ駄目でしょ! あんたの特性は街に合ってないんだから、勝手に動かないで!」
「Oh、悲しき正論!」
「お喋りは終わりだ。レッド、匂いを追ってくれ」
「考えが纏まったみたいね。で、どうするの?」
レッドの先導の元、歩きながらレギーが口を開く。
「この街に慣れてないんなら、私達が案内してやろう」
■□■□■
濃い霧が渦巻く細い路地を、2人の男が周りの様子を伺いながら歩いていた。
この2人こそが他所の街で強盗を働き、逃げ場所を求めてこの街に来た強盗犯だ。
「ねぇ、警察が追ってこないのはいいけどさ。この街良く知らねぇよ、俺。霧も濃くて薄気味悪ぃ」
金髪で細身の男がおどおどと見渡しながら弱音を吐く。
一方、黒髪でガタイのいい男はそんな金髪男の頭を殴った。
「痛ぇ!」
「さっきから不安そうな顔してんじゃねぇ! いいか、俺はこの街のことを少しだけ知ってる。少なくともこのD区には警察は少ないはずだ。俺らの情報が出回る前にさっさと進むぞ!」
「分かったよぉ……」
口調は荒いが、黒髪男の動きは慎重だ。
見知った街でないのも理由の1つだが、彼はそれ以上にこの得たいの知れない街の噂を気にしていた。
「なぁ……俺、この街には化け物が出るって聞いたことがあんだけど……確か、コープスだとか……」
「そんなのは俺も知ってるが……いや、名前が違ぇな。俺はスクラップって聞いたぞ。どっちでも会いたかねぇがな」
2人は化け物の噂など信じてはいなかったが、街の不気味な雰囲気に呑まれ萎縮してしまっていた。
(おかしい……裏路地とはいえ、人を見かけねぇ……! いや、誰も外を出歩いてないのか……!?)
建物には明かりが点いており、窓には動く人の影が映っている。
物音も聞こえ、街からは生活が感じられる。
それ故に、誰も外に出ていないのが街の不気味さを強調していた。
「やっぱ変だぜ、この街……! 早く出ちまおうよ!」
「んなこと分かってんだよ! だからこうやって進んで……」
男達が一歩踏み込もうとした時、自分たちの物ではない足音が聞こえた。
「ひっ、人だ! 警察か!?」
「騒ぐな! 音とは逆の道を行くぞ」
黒髪男がそう言った瞬間、1発の銃声が響き男のすぐ横の壁に着弾した。
「うわああっ! 撃ってきやがった、銃を持ってるぞぉ!」
「ちっくしょうっ!」
狼狽する金髪男を強引に引っ張り、黒髪男は路地を走る。
足音も、銃声と共に2人を追いかける。
しかし銃弾は服などを掠めるものの、1発も当たりはしなかった。
「なんか、警察にしては変じゃないかっ? いきなり撃ってくるなんてさぁっ!」
「敵なのは確かだろ! とにかく走れ走れ!」
銃声に追われながら逃げる男達の先に、1つのボロい煉瓦の建物が霧から現れた。
左右に道はなく、袋小路になっている。
「ちぃ、おらぁっ!」
木で出来た簡素な扉を蹴破り、2人は転がるように中に入っていった。
そこで銃声は止み、同時に足音もしなくなった。
「はあっ、はあっ……屋内までは追ってこないようだな……」
部屋の中は殆ど物が無く、生活感は無い。
目立った汚れも見られないが、暫く人が暮らしてはいなさそうだ。
「何で静かに、なったんだぁ? 行き止まりなのに……」
「知るかよ。どっか裏に抜けれねぇか……」
床に腰を付けた金髪男を尻目に、ガラスの無い窓に近付く黒髪男。
そこに、ゆっくりと浮遊する物が窓から室内に入ってきて、男の手に収まった。
「なんだ、こりゃ? 玩具……?」
それは玩具の飛行機、ソフトグライダーだった。
材質はプラスチックのようで、普通に手で飛ばしてもあまり飛びそうには見えない。
不思議に思う黒髪男の手元を見て、金髪男も寄ってくる。
「何だよそれ、飛行機? どこかのガキが飛ばしたのか?」
「それにしちゃ不自然だろ……機種だって、この国のじゃ……」
男達が悩む中、飛行機が一瞬光り―――爆ぜた。
飛行機の大きさからは考えられない爆発がまき起こり、部屋一帯に爆風が吹き荒れる。
しかし炎はすぐに消え、煙が晴れた部屋には男達の残骸すら残っていなかった。
「案の定だけど、街中で使う火力じゃないわよね、ベイって」
「全くだ」
窓越しに、レギーとレッドの2人は室内を確認する。
中の様子を見て、レギーは銃をジャケットに仕舞った。
2人の頭上では、ベイが腕を振り上げながら飛んでいる。
「派手に吹き飛びマシタねー! 流石私デース!」
「過剰に派手よ。1機でこれなんだから、全く……」
建物は部屋こそ吹き飛んだものの、柱は残り崩れる様子は無い。
「でも、追い込むのに丁度いい建物があって良かったわね。廃墟にしては、片付いていたけど」
「そうだな。所有者には悪いが、多少の被害には目を瞑ろう」
2人が帰ろうとした時、建物の周りを飛んでいたベイが降りてきて、口を開いた。
「HEY! そー言えば、ここ、妙に綺麗デシタよね?」
「ん? まぁ、売るつもりの物件だったんじゃないか」
「Ahーそれなんですケド、確かネクロとレックスの2人って、さっきまでゴミ屋敷の掃除をしてたんデスよね……? その屋敷って……」
「…………あ」
改めて、建物内をみる3人。
煤が舞い、床は剥がれ、天井は一部崩落してしまっていた。
「……不味いな。ネクロはともかく、レックスは怒るぞ……」
「ば、場所を指定したのはレギーだからね! 私は敵を見つけただけだから!」
「だったら私も、言われた所を爆撃しただけデース! 知りませーん!」
「薄情過ぎるぞお前ら!」
その場から逃げるレッドとベイを追いかけるレギー。
この後彼女達は、全員もれなくレックスにぶっ飛ばされるのだった。
新キャラ登場頻度高め