第4話 ぼっちとぼっち
区切りの都合で少し短め
弓弦と奏の会話によほど退屈したのか、子猫は気が付いたら奏の太ももの上で眠っていた。
奏は無表情ながらも、どこか楽しそうに子猫を撫でている。妙に心癒される空間が、弓弦の部屋の一画に出来上がっていた。
「そろそろ、そいつの貰い手も探さなきゃな」
「うん」
「……引き取る人って、どうやって探せばいいんだ?」
「……?」
二人して顔を見合わせる。
「絵を書いて電柱に貼る?」
「それって迷いネコとかじゃないか?」
「……貰ってくれそうな知り合いを探す?」
「知り合い、ねぇ……」
頭の中で頼れそうな人の名前を検索するが、検索結果は片手で数えられるほどだった。
弓弦は元々友達が多い方ではない。
さすがに、生まれ育った地元には友人と呼べる存在が何人かいる。だが、こちらに引っ越してきてからは、校内で広まった噂のせいで、弓弦に近づいてくる人はほぼ居なかった。
(最近まともな会話をしたのって、海斗と天王寺くらいか? いやでも、天王寺のは会話ってより説教だし……)
自分の交友関係の狭さを改めて認識し、少し泣きたくなった。
「奏の方はどうなんだよ。クラスの奴とか、誰か引き取ってくれそうな友達はいないのか?」
会話の流れで何の気なしに聞いた質問だったが、聞かれた奏はいつにも増して感情の籠っていない瞳で、じーっとこちらを見てくる。
「私に友達、いると思う?」
「……俺よりはいるんじゃねえかな、と信じてる」
「……昨日は、休み時間に教室で寝てたら、皆は教室移動してたのに私一人置いてかれた。一昨日のテニスの授業も、一人だけペアがいなくて、見かねた先生が入ってくれた。あと先週は――」
「もういいわかったその辺でストップ」
どうやら、思いっきり地雷を踏んだらしい。抑揚もつけず呪詛のように呟き続ける奏の姿は、正直怖かった。
(人のこと言えないが、どう見ても取っつきやすいタイプではないからな……)
口数は少なく、普段は何を考えているのか分からないぼうっとした表情。確かに美少女ではあるが、奏とぜひお近づきになりたいという男子は少数派だろう。
「というわけで、私は役立たず。ごめんなさい」
「奇遇だな。俺も充てがほぼ無い役立たずだ」
ふぅ、とお互いの口からため息がこぼれた。それに気づいて、二人で苦笑を浮かべる。
(なんつーか……変な感じだな)
弓弦は心の中で呟いた。
楽しい、というのとは少し違う。ただ、決して不快な心情ではなかった。久々に人とたくさん話したからなのか、それとも目の前の少女に自分と似た何かがあるからなのか。それは分からない。
ごーんごーんとアナログな鐘の音が鳴り、壁の時計が17時を告げた。
ふと外を見れば、日の入りの時刻は過ぎていたのか、辺りは真っ暗になっている。
「もうこんな時間か。……奏、今日はもう帰れ」
「……うん」
今度は奏も文句を言わず、膝の上で寝ていた子猫を起こさないようにそっと床に横たえた。ひと撫でしてから、自分が使ったコップをキッチンの方に持っていく。
戻ってきた奏は、目を覚まさない子猫の方を見て少し頬を緩めると、弓弦に向かってぺこりと頭を下げた。
「突然お邪魔して、ごめんなさい」
「あー、別にいいさ。用事も特になかったし」
「……猫のこと、お願い」
「引き受けちまったからな。約束は守る」
なんとなく奏の顔を見るのが恥ずかしかったので、そっぽを向いて答えていると、くすっと笑う声が聞こえた。
「……何笑ってんだ?」
「え、あ……ごめんなさい」
「いや、怒ってるわけじゃないんだが」
奏は自分が笑ったことに気づいていなかったらしい。慌てて頬を引き締める様子を見て、弓弦はふと考える。
(そういえば奏が声に出して笑ったの、これが初めてか)
普段からそうやって笑っていれば少しは取っつきやすいだろうに、と思ったが口には出さなかった。
「じゃ、気を付けて帰れよ」
「……うん。お邪魔しました」
もう一度小さく頭を下げると、奏は玄関の扉を開けた。
見送るつもりはなかったが、鍵を閉めるために弓弦が玄関へ近づく。
すると、奏は扉から一歩外へと出たところで立ち止まり、弓弦の方を振り返った。
「ん? なんだよ」
「……」
何やら口を小さく動かしたようだが、全く聞き取れない。
首を傾げた弓弦が奏の方へ顔を近づけようとしたちょうどその時。奏は意を決したように息を吸い、こう言った。
「明日も、来ていい?」
表情は普段と大して変わらないが、体の前で握りしめた奏の手は少し震えている。
断られることへの不安からか、透き通るような藍色の瞳も少し潤んでいるように見えた。
少し前の弓弦だったら「面倒だ」「うっとうしい」と、にべもなく断っていただろう。
ただ、ほんの少しの間だが、奏と同じ時間を過ごした弓弦は彼女を邪険に扱うことには僅かな抵抗があった。
「……明日こそ、猫をどうするか決めるからな」
代わりに出たのは、そんなぶっきらぼうな返しだった。
奏は一瞬驚いたように目を見開くと、すぐに嬉しそうに目を細め、こくんと頷いた。