異世界に転生したものの何のスキルも貰えなかったので有名小説をパクリまくって小説家として成り上がります
「ハァ……」
俺はリアル猫耳少女やらリアルエルフやらが闊歩する街並みを、一人でトボトボと歩いていた。
俺は流行りの、所謂異世界転生ってやつをしたらしい。
引きこもりニートの俺が珍しく外に出たと思ったら、その途端トラックに轢かれて死んでしまい、気が付いたらこの世界に佇んでいたのだった。
いや、別に異世界に転生したこと自体はいいんだよ?
どうせ現世じゃあのまま生きていても、死ぬまでただ飯を食っては寝るだけの無味乾燥な人生だっただろうし、それなら異世界に転生してチートスキルで無双してハーレムを築くってのは、引きこもりなら一度は夢見ることだろうしな。
……でも肝心のチートスキルらしきものが何一つ授けられてないんですけど!?
いろいろと試してはみたものの、特に身体能力が上がっている訳でもないし、手をかざして中二臭い呪文を詠唱してみても、手のひらから炎や雷が出るということもなかった。
ただ俺の黒歴史が一つ増えただけだ。
……えぇ。
そりゃないぜ神様。
これじゃ着の身着のまま外国に放り出されたのと大して変わらないじゃないか。
これならまだ現世で親の脛を齧ってた方がマシだったまであるぞ……。
まあ、ここがどういった世界観なのかは謎だが、一応道行く人が使っている言語は日本語っぽいのは不幸中の幸いだったがな。
店の看板とかも、全部日本語で書かれてるし。
……ん? 日本語?
待てよ、それなら――。
俺は走ってとある店舗を探した。
そして程なくその店舗は見つかった。
――それは、本屋だった。
これだ。
俺は天啓を得た思いだった。
何のスキルも持ち合わせていない俺だが、たった一つだけこの世界の人間は誰も持っていない超貴重なものを持っている。
それは、『現世で売れている面白い小説の知識』だ。
本屋で売っている本をざっと見回した感じだと、この世界にも小説という文化はあるみたいだが、どれもこれも中学生の作文レベルで、まだまだ発展途上の文化であることが窺える。
ここでなら、俺みたいな文才がない人間でも、小説家としてなら成り上がれるかもしれない。
早速俺は出版社に直談判しに行き、『冴えない人生を送っている男が異世界に転生し、チートスキルで無双してハーレムを築く』という、現世では5億番煎じくらいの小説のネタを編集者に提案した。
だが、編集者はこれを大絶賛した。
そんな画期的な小説は見たこともない! 是非出版したいと、その場で契約を結ばされた。
それもそのはずだ。
現世では一大ブームを巻き起こした程のネタなのだ。
これぞまさしくコロンブスの卵だろう。
こうして俺は異世界転生ネタで小説家デビューを果たした。
そしてその本は重版に次ぐ重版を繰り返し、俺は一躍有名作家となったのだった。
こうなってくると俺も欲が出てくる。
次はまた違うジャンルでヒット作を出したくなってきた。
そこで俺が白羽の矢を立てたのは、『ミステリー』だった。
面白いミステリーは老若男女問わず評価される。
その分ネタを考えるのは至難の業だが、幸い俺はそのネタをあらかじめ知っているのだ。
これは戦う前からほぼ勝ちが決まっていると言っても過言ではない。
俺は王道中の王道である、シャーロック・ホームズシリーズをパクることにした。
俺も子供の頃はホームズシリーズを夢中になって読んだものだ。
ホームズとワトソンという唯一無二の魅力的なキャラクター。
そして100年以上前に作られたとは思えない、今の時代でも十分通用する奇抜なトリックの数々。
特に『赤毛組合』や『まだらの紐』などは当時少年だった俺の心に深く刺さり、俺をすっかりミステリーファンにしてしまった程だ。
こうして俺が世に放ったホームズシリーズも空前の大ヒットを記録し、この世界にも一大ミステリーブームが起こったのだった。
さてと、次は何をパクろうか。
そろそろ俺もエモい感じの小説が書いてみたい。
正直『エモい』という言葉の意味はよくわかっていないが、俺が真っ先に頭に浮かんだのは、『太宰』だった。
太宰治の端整且つ奥深い文章は、時代を超えて人々の胸を打つに違いない。
特に俺が学生時代に読んだ『人間失格』は、俺の人生のバイブルとなった。
……まあ、まさか本当に引きこもりニートという、人間失格そのものになってしまうとは、当時の俺は夢にも思わなかったが。
しかし、人間失格なら空で暗唱できるくらい読み込んでいる。
俺ならそれをこの世界に再現することは造作もないことだった。
俺が書いた人間失格も当然の如く超絶ヒットし、俺はエモい作家としての地位も不動のものとした。
その後も俺は思いつく限りの種々の名作小説を片っ端からパクりまくり、いつしか俺はこの世界で一番著名な小説家となったのだった。
「フゥ……」
俺は印税で買った50LDKの豪邸のバルコニーで、一般人の月収に相当する値打ちのワインを飲んでいた。
正直ワインの味の善し悪しはわからないが、高級なものを飲んでいるという優越感に浸れればそれでいい。
俺の人生は順風満帆だった。
金、地位、名声、その全てを俺はこの手にした。
庶民の暮らしを高みから見下しながら飲むワインの、何と美味いことか。
異世界転生サイコー。
俺はこの世界に転生できて、心から幸せだった。
「――ん?」
その時だった。
俺が印税で買った50LDKの豪邸の門の前で、数十人の民衆がプラカードを持って何やら騒ぎ立てているのが目に入った。
何だあれは?
俺の優雅な庶民見下しタイムを邪魔しやがって!
ナンバーワン著名作家様のこの俺が、直々に文句を言ってやる。
俺は鼻息荒く俺が印税で買った50LDKの豪邸の門の前までズカズカと歩いていった。
――が、民衆が掲げていたプラカードの文字を見て、俺は絶句した。
そこには、『パクり作家は恥を知れ』だの、『本物の作者に謝罪しろ』だのといった文言が並んでいたのだ。
……な、何でバレたんだ。
俺が現世の作品をパクったことを知っているのは、この世界で俺だけなのに。
「何でバレたか見当もつかないって顔をしてるな」
「っ! お、お前は……」
民衆の中心に立って俺を睨んでいる男の顔を見て、俺は全てを察した。
その男は赤の他人だったが、黒髪で、平たくて薄い顔立ちをしていた。
だが、俺には非常に馴染み深い顔だった。
――間違いない、こいつは日本人だ。
「俺もついこの間この世界に転生してきたんだ。そしたら驚いたぜ、コナン・ドイルやら太宰治やらの小説を丸パクりしてドヤ顔してる姑息な野郎が、小説家を名乗ってたんだからよ」
おわり