第七話 旅のお供は破壊神
破壊神と創造神は旅の途中で様々な人間と出会う。それはただの村人であったり、一国の王であったり、昔からの知り合いだったり、ときに人ならざる者だったりと様々だ。
そして物語を加速させるのは大抵そんな奴らだったりする。
「なあ、これからどうするんだ。帰るべき天界はもうないんだろ?」
そう聞きながら空になったスープの器をどけて、付け合わせ同然のパンをかじる。
スープがうますぎたからマズく感じられるが、この素朴な味が好きだという人もいるのかもしれない。
「ええ、ないので困っています」
俺と同じようにパンをかじっている創造神が、不安になるようなことを言う。
実際問題、帰るべき場所がないというのはかなりマズいことだと思う。このパンもマズいけど。
「じゃあ天界をまた創り直したりはできないのか?」
俺のその質問に創造神は首を横に振った。創造神の力でさえ無理なのか。
「今の神々にそんな大掛かりなことはできません。ただ、人間の信仰心が戻ってくれば話は別ですが、 今そのための布教活動をしている神はごく一部……力を取り戻すためには、途方もない時間が掛かるというのが現実です」
創造神が悲しげにそう語った。心なしかその視線は、空っぽになったスープ皿のほうを向いていて、まるで『もっと味わって食べればよかった』とでも言いたげだ。
――それともそれが本音なのか?
天界と美味しいスープだったら天界のほうが重要なはずだ。
なのに創造神は……天界が消えたことをさほど気にしていないように見える。
「もしかして帰りたくないのか? 天界に」
まさかとは思ったがそう聞いてみると、創造神はさっきとは違って首を縦に振った。
「天界は退屈なんです。お城とそれを取り囲む庭園があるだけですし」
「退屈だなんて今に始まったことじゃないだろ」
「私も他の神も、すでに我慢の限界でした! だからどうせ消えるくらいなら人間になって起伏のある人生を送りたい、そう皆が願ったのです」
テーブルの上に身を乗り出して熱弁されても、俺はその全てを肯定することはできない。
だってそれって消滅の危機に瀕した神たちが仕事を放棄したってことだろ。
人の願いが折り重なって生まれた神が、人のために尽くすのは当たり前のこと。
そんな常識を捨て去ってしまうほどに神々は人間としての生活に憧れていたのか。
――人類の皆さん、本当にごめんなさい。神を代表して俺が心の中で謝罪します。
「……怒ってますか?」
「いいや、呆れてる。まさか俺以外の神が責任感という言葉を知らないなんてな」
「あんまり責めないでくださいね。人間になるのも一つの選択肢だったのですから」
「……わかってる」
まったく、神なんてろくなもんじゃないな。仕事してなかった俺も含めて。
そんなことを思いながら、パンの最後のひとかけらを口に放り込んだ。
「破壊神、実は一つ相談したいことがあるのですが……」
創造神も同じ動作をしていたが、俺と違ってその表情は真剣なものになっている。
やっと今の危機的状況に気付いたのだろうか。
「私……自分で創った世界を自分の目で見て回りたいんです。あなたを探していた時はゆっくり出来なかったので」
――俺の思い過ごしだったか。
落ち着け俺、こいつはこれがいつも通りなんだ。振り回されていたら体力がもたない。
天界でだってコイツのわがままは日常茶飯事だったんだから。
だが世界を見て回るって……本気なのか?
「それでその、もしよかったら――」
「――『一緒に来てくれないか』だろ?」
「えっ⁉」
俺に思考を先読みされた創造神が『どうして言いたいことがわかったんですか!』という顔でポカーンとしている。
「どうして言いたいことがわかったんですか!」
ほら当たった。
「永い時を一緒に過ごしてきたんだ。多少ならわかる」
「それじゃあ、その……ついてきてくれますか? 私の旅に」
創造神がほんの少し頬を赤く染めながら、呟くようにそう言った。
それに対する俺の答えは、
――決まっている。
そもそも今の俺がこうやっていられるのはこいつのおかげなのだから、選択肢が二つ以上に増えることは絶対にあり得ない。
たとえそうでなかったとしても、たぶんこの人は他の選択肢を選ばせてくれないんじゃないかな。創造神は割と我が強いし。
だから俺はこういうしかない。
「ついていけばいいんだろ。お前の気が済むまで」
それを聞いた創造神は嬉しそうな顔をした、と思ったらすぐに微妙な表情を浮かべる。
新しい顔芸か? 落差がすごいな。
「破壊神、なんか仕方なくついてくるって感じがするのですが……」
「半分くらいはそんな感じだ」
「はあ、やっぱりあなたの性格は手遅れですね!」
「笑顔でそんなこと言うな…………効くから」
そもそも俺の性格は別に手遅れなんかじゃない。多分。
友達いなかった時点で自分でもうすうす……だめだ、これ以上考えるのはやめよう。
そんなやりとりをしていた俺達のところに、さっきの女将が済まなさそうな顔をして近づいてきた。
追加の料理でも持ってきてくれたのだろうか。
「その、さっきは悪かったね。私ったら、幽霊がでたって早とちりしちまって」
違う。謝罪をしにきたようだ。
俺としては、千の謝辞よりも、一杯のスープのほうが嬉しいが。
「大丈夫ですよ、死なずにすみましたから。兄さんとは違って」
――ここで死んだ旅人の弟。
さきほど聞かされたその設定を思い出し、慌てて弟っぽい感じの言動をとる。
うまく弟になりきれているかな? 俺の中での弟のイメージが合っているのかどうかは知りようもないが。
「本当にあのお客さんに似てるね。よく見れば髪の色は違うけど、紫色の瞳なんかそっくりだよ」
「よく言われます」
苦笑いでそう返すが、当然のようにウソだ。
そんなこと誰にも言われたことはない。というか、俺が本人だ。
「あ、そうだ。あんたの兄さん勝手に森の教会に埋めちゃったけどそれでよかったかい?」
「わざわざ兄さんの遺体を教会の墓地に……迷惑かけてすいません。あとで行ってみます」
すで行ったけどな。それどころか出発地点がそこだ。
もう瓦礫になってるけど。ついでに言えば壊したのはそこのニコニコしている人だ。
まあ、ちゃんと埋葬してくれたのは助かった。おかげで創造神に見つけてもらえたし。
「謝んないといけないのは私のほうさ。夫婦の大切な時間に水を差しちまったんだから」
「ん?」
その発言に疑問を持った俺がすぐさま創造神のほうに視線を向けるが、ヒュッと顔をそむけて知らぬ存ぜぬを突き通している。
女将がそんな変な思い込みをする理由が俺には一つしか思い浮かばなかったからこその行動で確信はなかったのだが、創造神の反応からみてその推理は間違っていないのだろう。
犯人はおそらく……創造神、お前だ。
こいつは多分、俺が『弟である』という設定とともに、『自分がその妻である』ということも吹き込んだのだ。確かにそれのほうが創造神がこの場にいる説明にもなるが……
他にもあっただろ。一応のってやるけど。
「あー、いや。二人で旅をしてるとこういうことも、結構あるんで」
「確かにいままで色々ありましたね。……そう、色々。その中でも私の一番の思い出はやっぱり結婚式での――」
「あれ? 女将さん、その手に持ってるものは?」
創造神の悪ふざけが加速する前に、俺は強引な話題転換をはかる。
このままありもしない甘い思い出でも語られたら、恥ずかしくてたまったもんじゃないし、それを聞かされる女将さんの立場からしてもはた迷惑なものだろう。
すでに迷惑行為をやらかしているのだからこれ以上の重ね掛けは避けるべきだ。
「ああ、これかい? あんたの兄さんが勇者に斬られたときに持ってたものだよ」
そう言って女将さんは俺が指差したものを、座ってる俺らの目線の高さまで持ち上げた。
その手に持っていたものは二つ。
片方はチャラチャラと音がなる硬貨袋、そしてもう片方は俺の眼と同じ紫色の鞘に収まった……長剣だ。
まさか預かってくれているなんてビックリだな。
剣の方は一品ものだからまだしも、お金のほうはくすねたってバレないはずなのに。
「死人の持ち物だからどうするか迷ってたんだけどね。親族に渡すのが一番だろう?」
「ありがとうございます、何から何まで」
お礼を言いながら、俺と同一人物である兄さんの遺品を受け取る。
長剣のほうは腰に下げて、羽織っていたローブに隠れるようにした。
ここでの目的はあくまで食事と休憩の二つだったのだが、剣と路銀が手に入ったのは運がよかった。これもひとえに日頃の行いが良いからだな。
「それじゃあ、用も済んだし行きましょうか。私たちの旅に」
「そうだな」
「またこのイニズィオの町によることがあったら、この店に来な」
「「もちろん」」
何の打ちあわせもなく同じ言葉を口にしてしまい、女将が笑った。
創造神もこの店が気に入ったんだな。ボロいけど。
おまけに立地もよくないから、客の入りも少ない。潰れるのは時間の問題だろう。
そう思った俺は硬貨袋から金貨を数枚取り出し、店を出る前に近くの椅子にそっと置いた。女将にばれないように。
スープのお代としては多すぎるが、色々な恩もあるし……なにより次来たときにこの店がなくなっていたら悲しすぎるからな。
「それじゃあ、色々ありがとうございました」
再びお礼を言って、来たときよりもずっと晴ればれとした気分で俺たちは店を後にした。
『読んでくれてありがとうございます』という感謝の言葉を届けたいけど、画面越しには無理……
なのでセルフでお願いします。
というわけで(特に前の話と関連性はないけど)次の話も是非とも読んでください。