第六話 激痛の対価
破壊神と創造神は旅の途中で様々な人間と出会う。それはただの村人であったり、一国の王であったり、昔からの知り合いだったり、ときに人ならざる者だったりと様々だ。
そして物語を加速させるのは大抵そんな奴らだったりする。
「……気を失うくらい頭が痛い。どのくらい痛いかっていうと気を失うくらいだ」
「気絶していたのだから当たり前ですが……結構強く打ったみたいですね」
目を覚ました俺に、隣のテーブルから創造神が微笑みかけてくる。
どうやら俺は女将に殴られた後、テーブルの上に寝かされていたようだ。
そこから降りて店内をさっと見渡すと、酔いどれたちが静かな寝息をたてていた。
店の中が静かなのはいいが……
今どういう状況なんだ?
さっきの騒動がどういうふうに収まったのか全く分からなかった俺は、取りあえず席につくことにした。
「安心していいですよ破壊神。私がちゃんと事情説明をしたので、もう殴られる心配はありません」
「そうか、ありがとう創造神。で、どんなごまかしかたをしたんだ?」
「えーっと、弟……ということにしておきました」
「弟、なるほど、その手があったか」
なかなかうまい設定に俺は思わず納得してしまう。
それ以前に、事情をよく知らない創造神が機転をきかせてくれたのに感謝すべきだが、実際にそれは最善といってもいいほどのものだと思う。
俺の体は微妙に若返ったわけだし、髪の色も前とは違って黒くなっている。これなら『死んだのは自分の兄です』と言ってもばっちり通用するだろう。
まさかこのことを見越して、元とは少し違った体を造り上げたのか? だとしたら余計に感謝しないといけないな。
――自分の好みに寄せたとか言っていたけど。
「破壊神、あんまり見つめられると食事がしづらいのですが……」
「ああ、悪いな。いつも迷惑ばっかりかけて」
「あなたにかけられる迷惑は、どれも楽しいものばかりですよ」
「俺としては『迷惑じゃない』って言って欲しかったんだが」
「『迷惑』であることにかわりはありません」
――本当にこいつには色んな意味で敵わないな。
基本的にはしっかり者なのに、どこか抜けている創造神。
彼女は俺と違って……様々なものを持っている。
無から有を創り出す力や、他の神からの信頼など、どれも俺が手に入れることのできないものばかり。
逆に俺が持っているものといえば、この忌まわしき破壊の力だけ。
同じ最高位の神である俺とコイツとで比べれば、明らかに俺が劣っている。
――惨めだった。
ムダな苦悩だったと今では思う。
それでも昔の俺は、その感情にさいなまれていたのだ。
創造神はそんな俺にも優しい言葉をかけてくれたが……俺はそれに対して素っ気なくあしらうことしか出来なかった。
それを目の前のコイツはどう思っていたのか。
後ろめたくて聞いたことはないが、俺がそういう態度をとるたびに創造神は悲しげな笑みを浮かべていたはずだ。
――決していい気分ではなかったのだと思う。
なのに何度も……何度も……何度でも俺を理解しようと手を差し伸べてくる。
それを振り払うたびに、あの表情をする。
俺は誰にでも優しい創造神がそんな顔をするのが、辛かったのだと思う。
そしてその罪悪感は俺の劣等感を、羨望や憧憬といったものに変えていった。
変えていったというよりも、変わりたかったというほうが正しいかもしれない。
ただ妬むだけの時間はあまりに空っぽなものだった。
だから今度は……俺のほうから創造神を理解しようとした。
そうすれば俺も少しぐらい変われるかもしれない。
その優しさの欠片だけでも模倣することができたなら……きっと。
そんなことを思ってから悠久の時が流れた今でも、俺はコイツがどうして優しいのかを理解できていない。
というかここ最近はそのことをすっかり忘れていた。
だんだん考えるのが面倒になってきたのもそうだが、もはやこの神様の優しさに理由なんてないような気がしてきているからというのもある。
「さっきも言いましたけど……ジロジロ見ないでください。食べづらいです」
そんな思索にふけっていた俺に、創造神がフォークを向けてくる。
あんたそれで俺の目を串刺しにする気かっ! ていうほど近くに迫ってきたので慌てて身を引く。
「断じてわざとじゃない。それよりずっと気になっていたけどその料理どうしたんだ? 俺らが頼んだものとは違うだろ」
話をそらすためにさっきから思っていたことを俺が口にすると、創造神はフォークをひっこめてくれた。
もともと俺の眼球を仕留めるつもりはなかったんだろうけど。
「さきほどの女将さんが殴ってしまったお詫びにと、この店一番の料理をだしてくれたんです。もちろんお代はいらないそうですよ」
「そうか、なら殴られた甲斐があったな」
「あなたが前もって訳を話したり、顔を隠していたりすれば殴られずにすんだと思うのですが……」
いや確かに俺も悪いが、同じくらいあのおばさんも悪い。
だいたい俺をおばけだと思ったのなら、殴ろうとするのはオカシイ。
普通のおばけとか幽霊とかは実体がないのだから。
そんな愚痴じみたことを心の中に押し込んで、俺は目の前の料理に目を向ける。
それは確かにスープではあったが、俺が昔にここで食べたものとは明らかに違っていた。
もちろん頼んだものとも違うから、女将がいい料理を出してくれたというのは本当だろう。
――問題はその味だ。
見た目はすごくいい。丁寧に殻が剝かれた赤いエビや、骨抜き済みの魚などがスープの水面からせり出していて、美味しそうに見えるから。
でもこれがまずかったとしたら、それはもはや見るだけの芸術と変わらない。
この料理は、食いものなのか芸術なのか。
それを判断するために、俺はフォークを手に取る。
それをスープの中の丸まったエビに突き立てると、プチッという軽い手ごたえと共にフォークの先端がその身に通った。
そのままエビを口に運び、ゆっくりと噛むと……
「――ふっ」
笑ってしまった。あまりに美味しくて。
「これ……うまいな」
「はい、思わずおかわりしたくなりますね」
冗談めかしてそう言った創造神の笑顔を見て、俺は再び思った。
――殴られてよかったと。
読んでくれてありがとうございます。
……
ええ、それだけです。別に次も読んでくれとか言いません。
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