第五話 聖剣なみの一撃
破壊神と創造神は旅の途中で様々な人間と出会う。それはただの村人であったり、一国の王であったり、昔からの知り合いだったり、ときに人ならざる者だったりと様々だ。
そして物語を加速させるのは大抵そんな奴らだったりする。
日が傾くほどの時間をかけてたどり着いたのは、人口三百人ほどの港町イニズィオ。
貿易や商業が盛んなこの町は、人口の少なさの割に活気に溢れているため治安もいい。
石で組まれた埠頭にはいくつもの大型帆船が停泊しており、その遠洋航海向きの構造から別大陸との交流も盛んであることが窺える。
だからこそ俺は、ここを情報収集の拠点として活動していたわけだが……
――何を隠そう俺はこの町で死んだのだ。
まさかこんないい町で命を落とすとは。神である俺にも人生なにがあるかまったくわからないな。
歩きやすい石畳を踏みしめながらそんなことを考えていると、
――ぐぎゅるるるぅ
創造神のほうから典型的な空腹の音が聞こえてきた。
「えっと……」
「……悪い思い出があるけど良い酒場を知ってる。いくか?」
顔を伏せて立ち止まってしまった創造神に俺が問いかけるとバッと顔を上げた。
「もしかしてこの町に来たことがあるんですか?」
質問に質問で返されたが俺は頷く。
「とにかく行きます、そのお店!」
その長い金髪を夕陽にきらめかせながら、元気よく腹ペコ女神さんが答えた。
その威勢のよさから本当に腹が減ってるのだろうかと疑問に思うが、俺も空腹ぎみだからちょうどいい。
さて、あの店どこにあったっけな。
曖昧な記憶をたよりに町をうろつくが、なかなか見つからない。
腹の音が段々と大きくなってきている創造神のためにも、ここはなるべく早く見つけなければならないのだが、焦れば焦るほどになんか違うほうに向かっている気がする
これは神の面子に関わる重要案件なのだから、早く店を見つけなければ。
確か町の沿岸部だったはずなんだ…………あ、あった。
「ほら、ここの店だ」
割とあっさりと見つかった見覚えのある吊り看板。
そこからすでに店の経営状態が崖っぷちであることが丸わかりだ。
「老舗のような雰囲気を感じますね」
「正確には、老舗のような雰囲気の実際そうではないボロい店、だ」
店の人に聞かれたら絶対ぶっとばされるようなことを言いながら俺がドアを引くと、ガランガランッ、と錆かけの鈴の音が酒場の中に響いた。
店内に足を踏み入れてあたりを見回しても、二人の飲んだくれが端っこの席にいるだけだ。予想通り人少ないな。
食事をしながら俺達の話をしてもここなら問題ない。
そう思っていたら、先に居た客が俺達のほうを向いた。
「んん? あれぇーあんた、十年くらい前の騒ぎで勇者に斬られた奴にそっくりだなぁ」
グデングデンと不思議な動きをしながらおっさんが俺の顔を指さしてきた。
神を指さすな。ばちが当たるぞ。
まあ、あの男の言っていることは正しいんだけどな。しかもそっくりさんではなく本人だ。
髪の色も肉体年齢も若干変わってしまったから、ある意味そっくりさんではあるけども。
「アッハハハ! んなわけねぇだろ、十年たってついにボケたか? こりゃ傑作だ!」
酒を浴びるように飲んでいた男のほうがやかましく笑った。
お酒の匂い……きついな。
ていうかあんた酒こぼしすぎだろ! ほとんど床に飲ませてるようなものじゃん。
そんな酔いどれ達からなるべく離れている席を俺は本能的に探していた。
天界で俺は重苦しくて近寄りがたい印象を持たれていたようだが、こいつらは別の意味で近寄りがたい。というか近寄りたくない。
「もしかしてお知り合いなのですか?」
「……あんなのは例え知っていても、知らないと答えるだろうな」
小声でそう呟き、俺は奥の席についた。その対面に創造神が座る。
あの二人は常連なのだろうか? 十年前の騒ぎがどうのこうのって言ってたし。
あいつらに聞けばきっと、そのときの凄惨な光景をベラベラと語ってくれるんだろうな。
まあ、本人である俺のほうがよく覚えている自信があるから聞く必要なんてない。
そう、覚えている。
確か俺はその時もこの席に座って……ん?
状況を頭の中で整理し、昔の自分と今の自分を重ねてあることに気付いた。
――この席は俺が殺されたときに座っていた場所。
それを思い出した俺はすぐさま隣の席に場所を変える。その動きに合わせて創造神もついてきた。
「どうしたのですか破壊神。顔色が悪いですよ?」
「いや別になんでもないんだ……そこの席で死んだのを思い出しただけだから」
「えっ⁉ 待ってください。この町のこの酒場であなたは死んだんですか? 初耳ですよ、そんなこと!」
テーブルを叩いて抗議する創造神がこの事実を知らないのは当たり前だ。
――言ってないのだから。
あとあんまりテーブルを強く叩かないで欲しい。ただでさえヒビが入って壊れかけているんだぞ。
そんな迷惑行為に近いことをしている俺達のテーブルに、酒場の女将らしき人が近づいてくる。
「お二人とも、注文は?」
「小麦パンと塩野菜スープで」
「……私もそれで」
俺への追及を諦めたらしい創造神は「はあ」とため息をついた。
実際、ため息をつきたいのは俺の方だ。
こんなボロくて嫌な思い出がある酒場なんて本当は来たくなかったからな。
それでもこの店にきたのは、安い割に質も量もそこそこいい、というただ一つの利点のためだ。
そんなことを考えていると、
「あれ? あんた確か、バカ勇者に斬られて死んだ……わ、私がちゃんと埋葬したのはず……まさか」
女将が震えた声で、さっきの酔っ払いのように俺を指差した。
まるで死人を見てしまったかのような目つきで、というか女将はそう思っているのだろう。
やっぱり俺が生きていることについて、なにか説明をしたほうがいいのだろうか?
だが、死んだはずの人間がまた現れるなんていう奇跡を、どんなふうに説明すれば納得してもらえるか見当もつかない。
蘇生魔法で生き返りました、とか? 無理だ。
蘇生は創造神がその力のほとんどをつぎ込むことでやっとなしえた奇跡であって、どんな大魔導士でもおいそれと実現できるものではない。
そもそも魔法とは鍛えれば神の力に匹敵するほど強力なものなのだが、まともな人間であればその域まで到達することはまずない。
経験や想像力を軸とするそれは、なによりも時間をかけた修練が必須となる。
人を蘇生させるという奇跡をなしえた人間はよほど人体構造に精通している者で、しかも超がつくほどの年寄りなのだろう。
そんなやつが実在していれば、間違いなく勇者なんかよりも有名なはずだ。
しかしそんな大魔導士の噂なんて少しも聞いたことがない。
よって、そんな蘇生魔法自体存在しないわけだから言い訳にするには現実味が無さすぎる。
じゃあ単純に、土の下でずっと死んだふりしてました、とかどうだろうか?
――蘇生より無理がある。
俺はミミズやモグラの類ではない。破壊神だ。
何かもっと納得できる嘘をつかなければ。
俺がなんとか答えを見つけるために頭を働かせていると、女将が何かに気付いたかのように、バッと近くの木イスを掴んだ。
「まさかあんたっ! おばっ、おば……」
何かとんでもない勘違いをしている様子だ。
そして今、その勘違いが俺に牙を剝こうとしていることが俺には手に取るように分かった。
「おばさん! とりあえずその手に持ってるイスを降ろしてくれ。危な――」
「おばけぇえええぇぇぇえっ!」
バキャッ!
俺がその言葉を言い終えるよりも早く椅子が振り上げられ、
――俺の頭に命中した。
空中には砕けた椅子の破片が舞い、店内には女将の叫び声が響き渡る。
ドタッと仰向けに倒れ、視界が叫び声を上げるおばさんから、安っぽいランタンがつるされた天井へと切り替わった。
さきほどの酔っ払いたちは「どうしたどうした」「派手にいったなぁ」などと、心配してるのかしてないのかよく分からないことを呟いている。倒れた俺の傍で。
またか。またなのか。
俺はあの日と同じように別に何もしていないのに床に倒れ、天井を見上げている。
――二度もこんなところで死にたくはない。
そう思いながら俺は……眠気のようなものに身をゆだねてゆっくりと目を閉じた。
読んでくれてありがとうございます。本当にただただ感謝しかありません。
……けど心の中で邪な声が「次も読んでくれ」って。