第三話 再誕の場所
破壊神と創造神は旅の途中で様々な人間と出会う。それはただの村人であったり、一国の王であったり、昔からの知り合いだったり、ときに人ならざる者だったりと様々だ。
そして物語を加速させるのは大抵そんな奴らだったりする。
「ここ教会だったんだな、やけに清掃が行き届いてなかったけど」
自分の背後に向き直り、今しがた出たばかりのその建物を見上げる。
白壁に青屋根のそれは民家とは違って無駄に高さがあり、硝子の一枚一枚がでかい。
元は職人の手によって造られたのだとは思うが、今では風通しの良すぎるステンドグラスとなっている。
いくら規模が小さいとはいえ、どうしてこんなになるまでほっといたのだろうか?
「私を信仰の対象としていた教会だったみたいですが、ずっと昔から放置されているようです。でも今日からは祈祷の場所ではなくて、あなたの再誕の場所ですね」
そう言いながら嬉しそうに微笑む創造神が、俺に続いて外に出てきた。
さっきは暗がりでよく見えなかったが、その装いは神という名にはおよそ似つかわしくない程に質素なもので、村娘っぽい恰好に薄汚れたローブを羽織っただけというものだった。
いかにもあてのない旅人って感じがするが、自分の服装も似たり寄ったりのものだと今さら気づいた。
天界にいた頃のいかにも神ですよって感じの服よりはマシだから、別に気にするほどのことでもない。創造神と違って俺からはオーラとか微塵も出てないと思うけど。
そんな俺と違ってオーラ全開の創造神が、教会の扉をそっと閉めた。
次の瞬間……
ミシミシミシッ――
木々が震えているかのような不穏な音が辺りに響き始めた。すごいヤバい感じがする。
いや、もちろん音だけではない。
音がするからにはそれを発するものがあるのだから。
「あ、ちょっと……崩れっ、そんな、ストップ! ストップ!」
「…………」
創造神が目を閉じながら慌てふためきながらそう叫んだが、
「あ、あっー!」
バキ、バキバキバキャキャバキャっとその声をかき消すかのように骨組みの木材が次々と砕け散っていった。
長年の役目を終えたそれは、少しづつ、そして確実に形を無くしていく。
人々にとって祈りを捧げる重要な場所だったはずの教会は、巨大な棺おけと言えるほどに危険な空間となり果てていたのか。
そしてあまりに長い轟音をたてながら、ゆっくりと教会が――崩れた。
形あるものはいつか壊れるなんて言うが、ここまで派手な最期は近所迷惑だな。
その余韻とも言うべき土ぼこりにせきこんでしまうが、幸いなことに俺も創造神も無傷だ。
だが俺の再誕の場所が教会から瓦礫の山に変更されてしまった。笑えるな。
ていうか俺、こんな危険な場所で蘇ったのか。
あと少しここを出るのが遅かったら…………そう思うと寒気が止まらない。
「その、私、すごいそっと閉めたのに……崩れてしまいましたね。本当に残念です」
「かなり古かったみたいだし、仕方がないだろ」
そう励ますが、創造神の顔は曇ったままだ。自分が祀ってあった教会だから色々と思うところがあるのだろう。
こんな時に気の利いたことが言えれば一流の神様なんだろうけどな。俺には無理だ。
「でも私がとどめを……」
「まあ、確かに。創造神が破壊活動とか、他の神との話のタネになる」
「他の神? ……破壊神。あなたに親しい神などいたのですか?」
気の利いた言葉の代わりに俺が放った皮肉。それ仕返しするかのごとく創造神が聞いてくる。
マズい。完全に話題転換をしくじった。
そして運の悪いことにその話題は俺にとってあまり触れられたくないものなのだが、墓穴を掘ってしまった以上、穴を土で埋めるか自分で入るしかない。
「親しい神か……うん」
こんな俺でも仲の良い神は……何人かいた。そう、いたんだちゃんと。
だが、大概俺とそいつらの友好関係は長くは続かない。
天界に生まれてからすぐのころは仲良くできる。が、しかしそいつが多くの人間に信仰されるようになってからは、なぜか口を聞いてくれなくなってしまう。
まったくひどい話だ。
――俺が破壊神としての仕事をサボっていたせいもあるんだろうけど。
「えーと、その話は……ナシだ。ゴミ箱にでも突っ込んでおけ」
「そういえば邪神さんと仲が良かったような――」
記憶を辿るために宙を向いていた創造神の目が真っ直ぐとこちらを向く。
俺としては、あー邪神ね。といったぐらいの関係で、特にやましいことはない。
――それにあいつはヤバかった。
口を開いて二言目には『一緒に人間滅ぼそうよー』などと物騒な遊びに俺を誘ってくるような神だったからな。
あいつとは絶対仲良くできないという確信が俺にはある。あいつが俺と仲良くしたかったかどうかは別として。
「とにかく話を戻すが、そんなに後悔しているなら直せばいいんじゃないのか? お前の力で」
俺が良案を弾き出すが……なぜか創造神は力を使うことを渋っている。その理由が俺には分からなかった。
身内をひいきするわけではないが、創造神の力は圧倒的だ。
無から有を創り出すその力は、多くの神や人間の憧憬対象であり、俺ですらちょっといいなと思うほどだ。
それに今俺達がいるこの森だって、この空気だって、空を飛ぶあの鳥だって原点に戻れば創造神が作ったものだ。
目の前の教会だったものぐらい腕の一振りで、十個や百個、簡単に生成できるはずだ。
――そんなにたくさんあっても人間たちは困るだろうけど。
とにかく、人を困らせちゃうくらいの力を持っているからこそ俺は目の前でピッカピカの教会が出来上がるのを待っていたわけだが……
「できないんです、今の私では」
「……っ? 面白い冗談だな。流行ってるのか? 悪いけど友達少ない俺はついていけないぞ」
俺がそう茶化すが……あれ? ひょっとして冗談ではない?
そんなバカな。いやバカなことを言ったのは俺の方か。
でも本当に皆の憧れである創造神さんが、俺と同じように力を失ったのか?
まだだ。どうか俺の早とちりであってくれ。
そんな俺の願いとは裏腹に、創造神は予想通りの言葉を口にした。
「私にはもう昔のような力は……残されていないのです」
読んでくれてありがとうございます。それだけで充分嬉しいので、次の話は読まなくても……いや、読んでください。