第二話 創造神は優しい人?
破壊神と創造神は旅の途中で様々な人間と出会う。それはただの村人であったり、一国の王であったり、昔からの知り合いだったり、ときに人ならざる者だったりと様々だ。
そして物語を加速させるのは大抵そんな奴らだったりする。
「大丈夫か?」
目の前の少女がこれ以上取り乱さないよう慎重に話しかける。
未だに自分が蘇ったことが信じられない俺だが、目の前のコイツよりは平常心を保てている自信がある。
だから何故か俺が興奮気味の創造神をなだめる役に徹しているが、本来パニックになるのは俺のほうなのだ。
その役割をコイツはさっきの涙と同様にかっさらってしまった。
一体俺にどうして欲しいのだろうか?
「ええ、まだちょっと心臓がバクバクいってますが、もう大丈夫です」
「おおげさすぎないか、創造神」
心臓がどうにかなっちゃうぐらい俺に会えたのが嬉しかったのだろうか。
……創造神は自分の手を、その形のいい胸にあて肩で息をしている。
そんな彼女の姿を見ているだけでとても懐かしい気持ちになり、涙腺が開きそうになるがなんとかこらえる。
ここで泣き出したりしたらまた時間をとることになってしまう。交代で涙の再会なんて繰り広げていたら、聞きたいことも聞けずに日が暮れる。
――そう考えるとさっき泣いておけばよかったという後悔が湧いてくるが。
「私はあなたをずっと探していたんですよ? だから少しくらい大げさに喜ばせてください」
「その、ありがとう創造神。大変だっただろ、俺を探すのは」
俺が苦笑交じりにそう聞くと、創造神がコクリと頷いた。
まあ、そうだよな。下界に降りる時に一切の行き先を伝えず、ただ「行ってきます」という一言で済ませちゃったんだからな。
それなのに……来てくれた。相変わらず創造神の行動力には目を見張るものがある。
「とても大変でしたよ、まったく」
そう言いながら創造神は俺の頬をつねる。心地よいぐらいの小さな痛みなので、文句は言わないし振りほどきもしない。むしろ生き返ったことを実感できる良い痛みだ。
――ちなみに特殊な趣味は持ち合わせていない。
それでも俺は今のこの時間を大切にしたかったのだ。
「何年もかけて、ようやくあなたの気配を察知できたと思ったら既に白骨でしたからね……一時はどうなることかと思いました」
「白骨……それでも完全に俺の体を再生してくれたんだろ? さすが創造神、俺とは違って有能だな」
創造神を褒めながら自虐発言を交える俺は、今一度よみがえった自分の体を見回す。
腕を曲げたり指を開けたり閉じたりしての確認をしてみるが、どこにも不備はない。
――と、結論づけるのは少し早いか。
ほんの少し、ちょこっとだけ何かが違う気がする。
そう、例えば肉体の年齢。この感じだと十七か十八か。
創造神のやつ……歳の差を埋めやがったな。俺の体のもとの年齢は二十くらいだったのに微妙に若返っている。
ほんの些細な変化だが、身長もゴマ一粒ぐらいは縮んでいると思う。
どうでもいいほどの変化だから特に文句はないが、この分だと他の箇所もいじられているかもしれない。
命の恩人である目の前の女神に容疑をかけながら、俺は身体検査を手際よく進めていくがオカシイ部分は肉体年齢以外とくには見つからない。
なんだ杞憂だったのか……という安心は、自分の視界の端に映る前髪を見て消し飛んだ。
「なあ……創造神」
「なんですか破壊神? なにか聞きたいことがあったらなんでも聞いてくださいね」
腰の高さまである長い金髪。それをふわりと揺らしながら創造神が微笑みかけてくる。
見るもの全ての心を射止めるようなその笑顔が、今だけはわざとらしく見える。
そのわざとらしさの根源が何なのか分かっていた俺は前髪をいじりながら問いかける。
「俺の髪って、黒だったっけ。記憶が正しければ……茶色だった気がするんだが」
「そ、そのほうがカッコいいと思いますよっ!」
「正直に言えば怒らないぞ」
質問に対して誤魔化すようなことを言う創造神。
俺がギロリと睨みつつも怒らないという意思表示をすると、まるで親に叱られる子供のように縮こまって口を開いた。
「ちょっとだけ……私好みにしてもいいかなって。だめ……でした?」
「だめ……じゃないけど。あんまり元の姿と違いすぎるってのはちょっと困る」
「大丈夫ですよ。肉体年齢と頭髪の色しかいじってませんので」
薄暗い屋内を照らす創造神のその言葉に俺は一安心、してはいない。
当たり前だ。
身体をいいようにいじられて安心などできないのはごく普通のことで、道ゆく人百人に聞けば百人が『相手を殴っていい』と答えるだろう。
本当にそんなことを聞いたのなら相手にされないような気もするが、この際現実はどうでもいい。最終決定は俺の頭がするんだから、脳内でどんな都合のいい判定をしたところで天罰などくだらない。というか俺は神だ。
と、そこまで考えておいてなんだが、結局俺には目の前のコイツを殴ることはできないのだと思う。それも多分当たり前のことで、俺はその当たり前のほうを尊重したい。
腹が立っていないわけではないのだ。だがそれよりも俺の心を占めていたのは感謝のほうだった。
「破壊神? どうしたのですか、そんな心の葛藤に打ち勝ったかのような顔をして」
「お前、分かってて言ってるだろ。絶対」
こちらの顔を覗き込んできた創造神は、俺の発言の意味が分からなかったようで首を傾げている。
その仕草はずる賢さを感じるほどに可愛いが、俺には効果が薄いって気づいていないらしい。
状況が状況だけに特に何も感じないのもそうだが、大人の対応ができる俺はこの程度の攻撃は平気というか、慣れている。
そうでなきゃとっくの昔に心臓がイカれているはずだ。
「まあいい、とりあえずこのホコリっぽい場所を出るか」
ふらつきながらもなんとか立ち上がり、ゆっくりと建物の出口へ向かう。
足元がおぼつかないのは、まだ身体を動かすことを頭が思い出せていないからだろう。
しばらくすれば治ると思うが、変な吐き気じみたものすらも感じる。うッ。
そんな俺を心配するかのように、創造神がその青く澄んだ瞳でこちらを見ている。
「一人で歩けますか破壊神? もしよかったら私が肩を貸しますが……」
「俺は老人でも赤ん坊でもない。神だ。自立歩行なんて朝飯前っ、――と危ない」
床を転がっていた木片に足を取られかけた。我ながら情けない。
辺りを注視してみれば、折れた長イスや穴だらけの絨毯など、蘇った俺に優しくないものばかりがゴロゴロ転がっている。
こんな場所よりもっと俺の復活に適したとこなんていくらでもあったんじゃないか?
贅沢は言わないからせめて床に物が転がっていない所がよかった。
そんな小さな願いは当然叶えられることもなく、いや生き返ったのだから充分に贅が過ぎるというものか。
「破壊神……別に意地を張る必要なんてないんですよ。この程度のことを貸しになんてしませんから」
「いや、そうじゃなくて。ほら……自分で歩けない破壊神とかさ、なんかもうアレだろ」
「ゴミ……ですか?」
「……認めたくないがそういうことだと思う。歩けない神なんていう面白いやつはおとぎ話にすら出れないほど惨めだろ? 俺はそこまで落ちぶれたつもりはないから自分で歩きたいんだ」
あれ? なんか今さら涙が…………雨だ。雨に決まってる。屋内だけど。
ていうか創造神さん。優しさの中に毒針を混ぜないでください。ダメな破壊神が致命傷を負ってしまいます。
読んでくれてありがとうございます。そして次の話もできれば……いや、可能な限りでいいので読んでください。