第一話 涙なしには語れない再会
破壊神と創造神は旅の途中で様々な人間と出会う。それはただの村人であったり、一国の王であったり、昔からの知り合いだったり、ときに人ならざる者だったりと様々だ。
そして物語を加速させるのは大抵そんな奴らだったりする。
「破壊神起きてください! もう……いつまで寝ているのですか?」
誰かが俺の体を乱暴に揺すっている。
――いったい誰?
という疑問はまったく意味が無いだろう。
そもそも『誰か』が俺に触れられるわけがないのだ。
そのことを俺は誰よりも理解していた。
受け入れ難いその事実を十年の闇の中でいやおうなしに飲み込んだ。
その暗闇はずっと続く。
俺が俺でなくなって、時の流れさえも感じられなくなるまで。
受け入れた十年前の不変の事実。それは…………俺が死んだということ。
そのときの光景が今でも頭から離れないし、剥がすこともできはしない。
俺は人間たちの負の感情を司る、天界最高位の神の一人――破壊神。
その名のとおり破壊を得意とするだけでなく、人間の怨嗟や憎悪などを自らの糧にできる特殊な神だ。いや、生前はそうだったというほうが正しいかもしれない。
そんな俺は当時、他の神を震え上がらせるほどの権威を持っていたのだが……下界の人間たちの生活が豊かになりすぎたせいで俺の力は弱まり、それを失いつつあった。
その豊かさの根本的な原因を突き止めるため、俺は下界に降りたのだ。
――しかし、ツイてなかった。
下界に降りて数日、現地の酒場で情報収集を始めた俺を……『勇者』が襲った。
帝都の防衛線から飛び出し、魔族領の長たる魔王を仕留めたという勇者。
その実力は帝都の武将と同格かそれ以上で、もはや人あらざる者といっても過言ではない。
だが仮にも俺は最高位の神だ。万が一でも人間ごときに敗北することはない。
そう思っていた。ここで死ぬはずなどないと。
それは確かに正しかったが、その場においては間違いだった。
俺は人間たちの世界に降りるときに、自らの力に制限をかけていたのだ。
俺が破壊神であることがばれないように。それと同時に残り少ない力を温存するために。
その結果、俺は勇者が持つ聖剣の一撃を受け……他界した。
天界に戻った、という意味ではなく本当に死んだのだ。
それは事実だからしょうがない。俺も大人だからそのくらいのことは覚悟していた。
だが問題は勇者に斬られた理由のほうにあるのだ。
その理由は正体がバレたわけでもなければ、なにか悪事をなしたというものでもない。
俺は自分の名前すら名乗っていない。さらに言えばあまり得意ではないお酒をチビチビと飲んでいただけだ。
死に際に聞こえた言葉によれば……「むしゃくしゃしてたから斬った」らしい。
――勇者とは、頭のオカシイ奴だったのだ。
その『オカシイ奴』はご機嫌ななめになるほど酔っぱらっていて、酒場で情報収集していた俺は殺された。
俺はこの世の不条理を垣間見たのだ。俺がバカだったのもあるけど。
だから今感じている、寝転んでいるかのような背中の圧迫感も、右手を包む温かな熱もきっと気のせいだ。
そう、気のせい。俺の肉体などとうの昔に朽ち果てていて、骨だってどのくらい残っているか分かったもんじゃない。
「破壊神……どうして目覚めないのですか」
再びその声が聞こえる。
気のせいなのかと、思わず己の耳を疑ってしまうが、正気のほうを疑ったほうがいいかもしれない。
死んだはずの俺の耳に涙声が聞こえてきているのだから。
あまりに懐かしくて、逆にこっちが泣きだしそうになるこの声……
「お願いです。目を……開けて」
その声に促されるまま、まぶたを上げるという行為を必死に思い出す。
日頃、意識することのなかった当たり前のこと。それができたのかどうか自覚する前に視界が黒から白へと変わっていった。
見える。
光が。ずっと前に閉ざされた光景がまた戻ってきた。
最初に古臭い木造の天井が視界に入り、首を少し傾ければ……いた。
その手は重ねるように俺の手をそっと握っている。
その瞳は俺がゆっくりと目を開けたのを見るなり、涙で覆われた。
「あぁあ、よっ、よ、よかった。本当に……………」
――懐かしい顔だ、本当に。
「………ほんっとによがっだぁあぁああ」
「……おい……涙はいいけど、鼻水は引っ込めろ。あと一回俺から離れてくれ! 頼むホントに。つくから」
嬉しさのあまりに本当に泣き出し、抱き着いてくる少女をなんとか引きはがす。だが何度引き剥がしても引っ付いてくる。鼻水と共に。
畜生、今のでこっちの感激の涙が引っ込んだぞ。運命的な再会が台無しじゃないか。
どうしてくれるんだよ。
二人しかいない天界最高位の神のもうひとり――『創造神』。
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もちろんそれをしなかったからといって咎めるなんてことはしませんが。