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弟と姉

「カイゼリオン!」


 一瞬遅れて鍔と刀身が白く輝き、天高く光の柱が伸びていく。上空の薄雲まで届いた光はしかしひと筋が街の外に広がるエスタ山脈へと伸び、残りの束はそのまま太さを増していく。


「な、なにが起こってるの?」


 不安そうにベラートを見るが、うむ、と頷くだけで何も語らない。女剣士の動向が不安だが、光の柱を警戒しているのか、じっと天上を見つめたまま動こうとしない。

 やがて、光の柱が急速に収束していく。

 そこに残ったのは、碧と白に輝くガウディウムだった。


「え、え、え?」

 中空に浮かんだままガウディウムが眼下のコウタへ琥珀色の光を照射する。

「わわ、わああっ!」

 光に包まれるとコウタのからだがふわりと浮き上がり、すぅっ、とコウタを引き寄せる。

「お、お、おじい! なにこれぇっ!」


 ガウディウムに取り込まれる直前、悲鳴のようなコウタの声が庭に響き渡るも、彼の気持ちを無視してするりと琥珀色の光ごと体内に吸収されていった。

 ゆっくりと降下し、重さを感じさせない着地を果たした。


「すごい……。これが、カイゼリオン……」


 レニーシャが恍惚とした眼差しでつぶやく。

 頭頂部は二階建てのフォーゼンレイム邸よりも高く凛々しく、腕はしなやかに、胴は力強く、両脚は雄々しく。

 この世界の勇気とせせらぎを象徴する人族をそのまま巨大化したその姿に、場にいる誰もが見惚れた。

 うっとりと見つめていたレニーシャが、はっ、となってベラートに詰め寄る。


「ベ、ベラートさん! コウタロウさんは大丈夫なんですか!?」

『お、おじいっ! どうすればいいの!』


 碧白のガウディウム、カイゼリオンからコウタの混乱した声が聞こえてレニーシャは少し安堵する。


「落ち着くんじゃ。いまコウタはその白いガウディウム、カイゼリオンの中におる。ハンデが過ぎるかも知れんが、ジェーナを止めるためじゃ。右側の細い穴に刀を差して柄を、左手はもうひとつの操縦桿を握り、ただ動きを念じればよい」

『わ、分かった!』

「じゃがよいなコウタ。純星流は受け入れ、護る剣術だということ、忘れるで無いぞ」

『はいっ!』


 ずしゅん、と一歩踏み出す。そこでようやく女剣士が動く。切っ先を下に、烈風のごとく加速し、ガウディウムの膝を切り付ける。

 しかし、細く乾いた金属音が響いただけでカイゼリオンには傷一つ付いていない。女剣士は諦めず、高くジャンプ。


『え?』


 イグラードが話してくれた黒いガウディウムとの決着が唐突に思い出される。まさか、と身構えるコウタ。でもなんで。

 姉さんは剛剣(ごうけん)は使えなかったはず。

 戸惑う間に女剣士が太陽に隠れる。コウタはそれだけを確認するとそのまま後退し、ガードを固める。纏う黒鎧の力も使って女剣士が加速しつつカイゼリオンの右肩を狙う。やっぱりだ。


「せええっ!」

 右肩を引き、女剣士の一撃を回避。中空で完全に無防備となった彼女を殴りつける。

「っ!」

 ぎりぎりで刀身でガードした女剣士だったが、威力だけは減衰できずに大きく吹っ飛び、地面を抉り、何度も何度もバウンドし、玄関口に鎮座する巨大な庭石にぶつかってようやく止まった。


『……姉さんっ』


 自分でやっておいて、と思う気持ちとせめぎ合いながらコウタはカイゼリオンを走らせる。姉はふらつきながらも立ち上がり、乱れた髪の向こうでコウタを睨み付けている。

 姉が構える。

 立ち止まるコウタ。

 いまの一撃で力の差は理解できたはずなのに。もう止めて欲しい。

 一歩踏み出した姉は、ふいに自らのピアスに視線を向け、何度か頷くと刀を収め、コウタに一瞥をくれるとそのまま飛び去って行った。


『行って……くれた……?』


 理由は分からないが、現状の驚異は去った。

 安堵した途端、全身から力が抜け、カイゼリオンの巨体ごと地面に突っ伏してしまう。


「コウタロウさん!」


 右肩に包帯を巻いたレニーシャが駆け寄ってくる。

 カイゼリオンの背中から、琥珀色の光の玉がぽかりと浮かび上がってくる。その中には膝を抱えたコウタの姿がある。光の玉はカイゼリオンの背中からゆっくりと地面に移動するとぱちんと弾け、中のコウタを開放した。


「ごめん、レニーシャ……。怪我、させちゃったね……」

「謝らないでください。すぐにミィシャに治してもらいますから。それよりも、怪我はありませんか?」

「たぶん、だいじょうぶ。レニーシャやミィシャさんの方がよっぽど……」

 ふるふると首を振るレニーシャ。

「お姉様と戦ったコウタロウさんの方がよほど辛かったはずです。あたしたちの傷なんて、すぐに治りますから」

「……ありがと」


 ゆっくりと立ち上がるコウタ。ふらつく彼を支えようとレニーシャが肩を貸し、コウタも受け入れる。ふたりの後ろでミィシャがいつでもフォローに入れるように控えている姿は妙な可愛らしさがある。


「さて、とにかくひと息いれるとしようかの」


 ベラートが客間から辛そうに笑いかけてくる。

 その背後で、ルチアが憤怒に満ちた笑顔でベラートを睨み付けている。


「その前にお父さん? 家や家具の修繕費はお小遣いから引いておきますからね」

「せ、殺生じゃぞ……っ」

「どんな理由があれ、姉弟で実刀で斬り合わせるなど言語道断です。ましてガウディウムまで持ち出すなんて。あれはお父さんが昔使っていたものでしょう? ジェーナにもしものことがあったら、どうするつもりだったんですか!」

「……そうじゃの。コウタ、すまぬ」


 座り込み、深く頭を下げるベラート。


「ぼくよりも、レニーシャとミィシャさんに謝って」


 そうじゃの、とレニーシャたちに視線を合わせてもう一度頭を下げる。


「あ、あたしこそ、出しゃばったまねをしてしまって……」


 ぱん、と手を叩いたのはルチア。表情もずいぶん緩くなっている。


「取り敢えず、お食事にしましょうか。ジェーナも見つかったことですし、前向きに考えましょう」


 うん、と頷いてコウタはレニーシャと共に客間に上がる。それを見てルチアは台所へと駆け足で向かった。ぱたぱたと響くスリッパの音が気持ちいい。


「ささ、ここでは落ち着かぬでしょう。奥の居間まで入ってくだされ」

 ベラートの提案で、被害の無い居間で食事が振る舞われることになった。


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