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カイゼリオン

「お嬢!」


 咄嗟にミィシャが腕を引っ張ってその場から遠ざける。一瞬遅れて長机がまっぷたつに割れ、断面から崩れた。

 ジェーナが土足のまま客間に入り込む。迷いながらコウタはレニーシャの前に出る。ジェーナは迷わずコウタを標的と定めた。


「重度の憶蝕症です! 気をつけて!」


 ミィシャが叫んでもコウタは木刀を構えることは出来ない。

 だって、三年間ずっと行方不明だった姉が、いま目の前にいるのだから。


「しゃんとせい、コウタ! そこに居るのは、己が記憶の力に屈した哀れな剣士の末路じゃぞ!」

 でも、と逡巡する間に腕を足を浅く切られ、部屋の隅へと追いつめられていく。


「コウタロウさん!」


 なにか考えがあってのことでは、決して無い。無我夢中でレニーシャはコウタの前に躍り出て両手を広げ、叫んだ。


「あなたの狙いはあたしでしょう!」


 ジェーナの目の色が狂喜に歪む。大上段に構え、まっすぐにレニーシャの脳天へと振り下ろす。


「なにやってるの!」


 ぐい、と頭を押さえつけて強引に座らせ、木刀でジェーナの手首を下から打ち付ける。


「くっ!」


 無理な体勢で打った一撃は、ジェーナから刀を落とすことは出来ず、逆手に持ち替えさせただけに終わった。

 狙いはレニーシャ、と即座に思い出したコウタは、


「ごめんっ!」

 すぐ後ろにあったふすまを蹴り飛ばし、直後にレニーシャの肩を掴んで後ろに押し投げる。悲鳴をあげながら転がっていくレニーシャを尻目にコウタはジェーナに肉薄、今度は上から手首を打ち付け、腹を蹴り飛ばして庭へと追いやった。

 全身が苦しい。

 姉と手合わせをしたことは何度もあった。

 当然キャリアも年齢も差があるから、姉は決して全力の本気は出していなかった。少なくともコウタはそう感じていた。

 でも、いま目の前にいるジェーナは違う。全身から殺気をまき散らし、丸腰のレニーシャを容赦なく斬ろうとしている。

 あの頃と変わらない、鋭くしなやかな太刀筋で。

 あの頃と全く違う、殺意と憎悪に満ちた挙動で。


「姉さんっ!」


 いまコウタに出来ることはただひとつ。

 レニーシャを狙うその手を振り払うこと。

 気合いと共にコウタも庭に飛び出し、ジェーナへ木刀で斬りかかる。自分だってこの三年間修行して闘戦場での試合経験も積んできたんだ。あのころのように簡単に負けたりはしない、という自負もある。


「たあああああっ!」


 剣の技量だけを測れば、ジェーナに軍配が上がる。にも関わらずコウタが圧しているのは、レニーシャを守りたい一心によるものだ。

 出逢って数時間と経過していないレニーシャと、十年以上暮らしてきた実の姉を天秤に掛けたつもりはない。

 ただ、放っておけなかった。

 相手が姉だとか、そんなことを考慮していたらレニーシャはきっと。


「わああああっ!」


 自分でも信じられないほどにあっさりと漆喰壁の際まで追いつめ、その喉元に剣先を突きつけ、コウタはできるだけ冷静に言う。


「諦めて、姉さん」


 一瞬、驚いたように目を見開き、すぐに目を伏せるジェーナ。つられてピアスの玉がふらりと揺れ、陽光を鈍く反射する。


「あまい」


 あまりにも低く、小さな声だった。

 え、と思わず聞き返してしまったのは、相手が姉だったからでしかない。

 その隙を逃さずジェーナは刀を振り上げる。たったそれだけでコウタの木刀は粉砕され、後悔する余裕も与えずに腹を蹴り飛ばされ、地面を転がり、鹿威しが鳴る池へ顔を半分つっこんでようやく止まった。


「く……っ!」


 なんで気を抜いた。相手がどんな素性であれ、剣をもって対峙すれば倒すまで殺気を(ほど)くな。ベラートになんど言われたか分からない言葉が脳裏に反響する。

 後悔も反省も全部が終わった後だ。

 池から顔を上げてレニーシャ、ジェーナの順で視線を巡らせる。レニーシャはミィシャの後ろから心配そうにこちらを見つめ、ジェーナは師の教え通り殺意を解かずにコウタへと迫ってくる。ならばいい。

 痛み軋むからだをどうにか立ち上がらせて姉を、いや、女剣士を睨む。

 す、と女剣士が切っ先を向け、すぐに横凪に切る。コウタとの距離はまだ十二分にあるのに。疑問に思った次の瞬間、コウタのシャツが細く切れ、赤く滲んだ。


「下がっていろ」


 傷は深くない。けれど、あと一歩踏み込めば簡単に首を落とされる。

 だとしたら何だ。


「あなたの相手は、ぼくです」


 宣言し、柄だけになった木刀を握りしめ、一歩踏み出す。


「コウタ、これを!」


 視界の隅に捕らえたそれは、鞘に収められた刀。回転しながら迫るそれを受け取ろうと左手を伸ばす。しかし、女剣士の一閃により弾かれ、コウタの背後、庭を転がっていく。

 まずい。

 ベラートが投げた刀の位置は、音で大体の見当はついている。しかし、取りに行ってこれ以上間合いを外せば女剣士は必ずレニーシャを斬る。五歩半。この間合いだけは死守しなければいけないのに。


「あたしが行きます」


 レニーシャが動いた。彼女を背にして隙あらば加勢しようと腰の柄に手を添えていたミィシャも完全に虚をつかれ、対応が遅れた。放り込まれた部屋から庭へ躍り出たレニーシャは走りながら刀を掴み上げ、コウタの右隣に滑り込む。


「これです」


 うん、と頷いて視線は動かさずに受け取り、鍔と鞘を固定していた紐に手を掛ける。女剣士が動く。間に合わない。


「きゃうっ!」


 レニーシャの右肩が鮮血を吹き出す。数滴が刀にかかる。


「ミィシャさん!」


 呼ぶと同時に抜刀、裂帛の気合いと共に一瞬で間合いを詰めて女剣士を斬りつける。


「ふっ!」


 正面からの斬撃は女剣士の鞘によって弾かれ、胴をがら空きにさせられた。だが、これでいい。


「はあっ!」


 女剣士の打ち始めをミィシャが詰める。真横からの伏兵に対応が遅れる。いける。コウタも体勢を立て直し、握りを改めて一気に振り下ろ、


「ああああああっ!」


 女剣士が叫びながら刀を地面に突き刺す。直後、彼女を中心に爆発が起こり、コウタは再度庭へ、ミィシャは客間へ吹き飛ばされた。


「……くそっ!」


 コウタは諦めない。刀を支えに立ち上がり、ふらつきながらも女剣士へ詰め寄る。そのいたたまれない姿にルチアがベラートに救いを求めている。


「やむを得ん。コウタ! その刀を掲げ、叫ぶのじゃ! カイゼリオンと!」

「……え?」

「早うせい! このままではただやられるだけじゃぞ!」


 まるで要領を得ないが、この状況を打破できるのなら、レニーシャを守ることに繋がるのならなんだってする。言われるままコウタは刀を掲げ、叫んだ。


「カイゼリオン!」


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