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こんどはきっと

最終回です。

「勝負しろ、コウタロウ」


 落下するふたりはミィシャとティロに助けられ、コウタとレニーシャは再会を喜び合った。

 コウタの右腕の具合をミィシャが確認して、剣を振ることも問題ないです、とお墨付きが出た途端、ティロは神妙な顔でコウタに告げた。


「え、いいけどなんで」

「一度も、おまえと勝負していないから」

「……うん。わかった」


 けどこっちでやろう、と木刀を探してティロに差し出し、彼も受け取った。

 レニーシャが不安そうに、ミィシャは優しく見つめる中、互いに疲労の残る中行われた決闘は、しかしコウタが一刀の下にたたき伏せ、ティロは「次は負けない」と言い放ち、


「うん。またこんど、ベストな状態でやろう」


 差し出されたコウタの手に木刀を突き返してそれきり黙ってしまった。

 おろおろするレニーシャの肩に、そっと手を置いて、


「これからはわたしが稽古を付けます。コウタロウさんよりもずっと強くしてみせますから、覚悟しておいてくださいね」


 ミィシャは笑った。

 それに吊られて笑みをこぼすコウタの視界の隅で、カイゼリオンたちがこちらを見つめていることに気付いた。


「カイゼリオンも、プリンセッサもありがとう。いま刀に戻すからゆっくり休んでね」


 ふたりがそれぞれ持っていた星帝丸と光后丸を受け取り掲げ、ふたりを刀に戻し、星帝丸を左腰、光后丸を右腰にはいた。

 これでようやく終わりだ。

 そう思うと全身を激しい疲労が襲ってきた。


「あー疲れた。どこかで休みたいけど、山を下りるしかないよね」

「なら、わたしの背中に乗ってください。麓の里まで一気にお届けします」


 彼女も疲れているだろうに、と思ったが、妙に鼻息荒く腕まくりなんかしてみせるものだから素直に甘えておくことにした。

「あんなにおどけるひとだったんだね」

「あたしも初めて見た」


 ミィシャの背中でひそひそ話していると、


「もう、お嬢に振り回されることはありませんから。あー、ほんとに気が楽になりましたよ」


 うふふ、と上品に笑う。


「もう、ミィシャったら」


 その少し後ろではティロがあぐらをかいたままそっぽ向いていた。


「坊、いえ、ティロ。里に戻ったら特訓ですからね」

「ああ。絶対強くなるから」

「その意気です」


 こくりと頷くティロ。

 そうこうするうちに麓の里が見えてきた。

 木造の家々からは大人達が珍しそうに顔を覗かせたり、子供達は楽しそうに手を振っている。


「さ、下りますよ」


 するりと降下し、里から少し離れた草むらにミィシャはそのからだを下ろした。


    *


「やあ、無事で何よりだよ。コウタロウくん、ミィシャさん、ティロくん」


 下りて早々ヌェバが出迎え、次いで村長らしき老人からも挨拶を受けた。

 老人の話によると、この里は元の賢者が誕生するとその世話係として数人、見えない山に送る役目を魔族の神から言い渡されており、コウタが山で出会った女性たちもそういう役目を持っていたのだという。

 ひどいとは思ったが、元の賢者本人と接したいまではそれを口にすることはできなかった。

 そして。

 ヌェバの紹介で一晩の宿を借り、早朝、出発することにした。


「じゃあわたしはティロを里まで送るため、先に戻ります」

「うん。お願い」

「あなたもしっかりね、レニーシャ」


 目を合わせて、普段とは違う、ただの年上の女性としてミィシャはレニーシャの名を呼んだ。


「ミィシャ……」

「ほんと、こんな形で終わる旅だとは思って無かったですから。いま、とても嬉しいんですよ。ゆ、友人の幸せな姿を見られて」


 やっぱりそこは言い淀むんだな、とコウタは苦笑する。


「忘れるなよ、コウタロウ。今度会ったら勝負だ」

「うん。でもぼくは帰ったら旅に出るつもりだから、家に行っても居ないと思うから」

「それは、困る」


 少し考え、じゃあ、と腰の光后丸を鞘ごと抜いて差し出す。


「光后丸貸すよ。束にぼくの髪を結んでおくから、ティロが血をかければだいたいの場所は分かると思う」


 自分でも驚くほどするりと言葉が落ち、あれだけ必死になって取り返した光后丸を貸すことに後悔も起きなかったのは、心からティロと再戦したいと思っているからだろう。


「いいのか」


 むしろ怪訝そうに眉を寄せるティロに、コウタは困ったように笑う。


「貸すだけだよ。今度勝負したら返してもらうから。どっちが勝っても」

「……分かった。預かる」


 うん、と頷いて光后丸を手渡す。

 受け取ったティロは、そのまま左腰に差し、レニーシャに一礼。くるりと踵を返してしっかりとした足取りで歩き出した。


「あ、ティロ。わたしまだ挨拶が済んでないんですから。あまり早く行かないでくださいね」


 聞こえているのか、ティロは頷きもせずに進んでいく。


「こら、ティロ。ミィシャ困らせるんじゃないの」


 姉の言葉に、ほんの少しだけ歩調を弱めるティロ。

 素直じゃないなぁ、と苦笑するレニーシャにミィシャは微笑みかけ、


「あら、そっくりですよ。ね、コウタロウさん」


 急に話を振られ、しかもその内容に驚いてしまうコウタ。


「もう、そういうときはすぐに否定してよ」

「ご、ごめん」

「ふんだ。どうせ素直じゃないですよ」


 そっぽを向いてしまったレニーシャを、もう、と窘めてコウタはミィシャに深く頭を下げる。


「本当に、ありがとうございました。ぼくがもっと強くなったら、手合わせをお願いしてもいいですか?」

「はい。その前にティロを倒してからですけど」


 うふふ、と上品に、しかし自身たっぷりに微笑むミィシャ。

 本当に強くなるんだろうな、とコウタは思う。昨日の勝利だって紙一重だった。ほんのひと夜、ミィシャと手合わせした自分が強くなれたのだ。付きっ切りで特訓するティロがどれだけ強くなるのかまるで想像できない。


「楽しみにしてます」


 はい、と微笑み、


「レニーシャ」

「うん。……だめね。もう会えないってわけでもないのに」


 目元を指で拭いつつ微笑んで見せるが、口の端はぷるぷると震え、瞳からはどんどん滴が溢れてくる。


「だって、急に名前で呼んだり、里に帰ってもミィシャ、ティロとずっと稽古するって言うし……」

「なに言ってるんですか。レニーシャにはコウタロウさんが居るじゃないですか」

「だって、だって……」


 もう、と苦笑してそっと頭を抱き寄せるミィシャ。


「わたしだって、こんな風に終わるとは思ってませんでしたよ」


 声を上げて泣き出したレニーシャ。ミィシャも目元に光るものがある。吊られてコウタも目元を拭った。

 それからしばらく泣いて泣いて。待ちきれなくなったティロが様子を見に戻ってコウタと肩をすくめ合って。

 さらに里の者やヌェバまでが様子を見に来てようやくふたりはからだを離した。


「いつ終わるのかと観察していたんだが、終わる気配が無いようなのでね」


 すいません、と三人は頭を下げ、

「ヌェバさんはこの里に居るんですよね」

「ああ。新しい雲鯨がどんな風に成長するか、とても興味があるからね」


 魔族は千年生きられると聞く。彼がどれほどの時間を経験しているのかは訊かないでおくが、それでも雲鯨の行く末を見守ることはできるだろう。


「ね、ねえヌェバ」

「なんだい?」

「この次に来る時元の賢者がさ、もしあたしと同じような理由で迷ってたらさ、あたしのこと話してあげて。きっとなにかの手助けになると思うから」


 レニーシャの提案に少しばかり考え、ヌェバはこう言った。


「分かった。魔族は世界の掟に干渉せず、ただ研究するだけの存在だけど、コウタロウくんに少し押しつけるようなことを言ってしまったからね。約束しよう」


 ありがとう、と微笑んでレニーシャはコウタの腕を取った。


「さ、行こ。早くしないともうひと晩泊めてもらわないといけなくなっちゃう」

「そうだね。じゃあ、ミィシャさん、ティロ、ヌェバさん。また」

「はい。また」

「元気で。二度とここへは来ないことを祈るよ」


 ミィシャとヌェバからの返事に会釈して、コウタは大荷物を背負い、レニーシャと歩き出す。

 故郷カルボン・シティへ。


レニーシャを連れて帰ったらベラートたちはなんと言うだろうか。

 きっと驚くだろう。

 そして、すぐに旅に出たいと言ったら。

 今度は反対するかも知れない。

 許可をもらえなくても構わない。

 こっそり抜け出して、レニーシャと一緒に、どこへでも行くんだ。


「辛くなったら、ちゃんと言ってね」

「うん。できるだけがんばる」


 もう、と笑って、手をしっかりと握って。


「約束だからね、レニーシャ。今度はぼくの旅に付き合ってもらうんだから」

「……うんっ」


 レニーシャは顔を真っ赤にし、

 コウタははにかんだ。


「ありがと。大好き」


 旅は、始まったばかりだ。


ここまで読んで下さった方々、投稿報告をリツイートして下さった方々に深い感謝を。

色々と至らない作品ではありますが、どこかひとつでも気に入った所があれば幸いです。

それではまた。

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