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返事

 コウタは光の中にいた。

 空気そのものが白く輝き、重力も感じない、ふわふわした空間に浮かんでいた。


「レニーシャ!」


 進んでいるのかどうかも分からないままコウタは脚を動かし、レニーシャの名前を呼ぶ。


「返事してレニーシャ!」


 遠くに人の気配を感じる。レニーシャだと決めつけて足を急がせる。が、


「だからさぁ、なんであんたまで入ってくるのよ」


 あの女だった。


「あんたみたいな異物取り込んでさ、またあたし達がおかしくなったらどうしてくれるのよ」

「ぼくは、レニーシャと話がしたいだけです。これがさいごになるかも知れないから、思い残すことが無いように」

「あのねぇ、別れなんていつも突然なの。あんたはちゃんとさよならを聞いたんだから、がまんして帰りなさい」

「いやです。レニーシャに会わせてください」

「だから、あいつはもう雲鯨になったんだってば! あんたは英雄気取りかもしれないけど、あたし達から見ればそこらに居るただのガキでしか無いの!」


 違和感は会話を始めたときからずっと感じていた。


「イヤです」

「あんたが居なくなったら悲しむひとが他にもいるって少しは考えなさい!」


 そしてこのひと言は決定的だった。


「両親のことなら、物心ついた時にはもう居なかったから、よく分かりません。そりゃあ、おじいやルチアさんがいなくなるのは辛いですけど、ぼくにとってはレニーシャと一緒にいられない方がよっぽど辛い」


 しっかりと女の目を見て、くっきりと言う。


「レニーシャは、どうなの?」

「な、なな、なによそれ! あたしはあのグズなんかじゃ!」

「あの女のひとだったら、まずぼくを殺そうとするよ。でもあなたは帰そうと説得した」


 う、と女は怯む。


「それに、レニーシャは隠し事がヘタだもん。すぐ顔に出る。どれだけ強く睨んでも殺意が無いことぐらい、剣士のぼくに分からないと思ってたの?」


 女は、レニーシャは観念した様子で腕を組み、そっぽを向く。


「……ばか」

「ほら。やっぱりレニーシャだ」

「もう。こんなことしてる場合じゃないのに」

「ほんとよ。ひとの目の前でいちゃついてさ。ばかみたい」


 レニーシャの後ろから、あの女が現れる。


「出てこないでって言ったでしょう」


 反射的にコウタはレニーシャの腕を掴んでひっぱり、自分の後ろに隠した。


「片腕で丸腰のくせに、いまさら何しようって言うのよ」

「そんなこと関係ないです」


 は、と笑い飛ばし、


「覚悟はあるんでしょうね」

「ぼくには、レニーシャが一番大事です。レニーシャが望まないまま雲鯨になったのなら、なんとかしたいです」

「だーかーら! そいつは雲鯨になるためだけに生まれてきたの! 意思なんか関係ないの!」

「じゃあなんで雲鯨は分離するんですか。魔素を生み出すための不可欠な存在なら、ずっと雲鯨のままでいればいいのに」

「なんでわかんないのよ! あたしが、そいつのことを、大っ嫌いだからよ!」

「それはさっき聞きました。あなたに記憶が無いってことも。でも、いまあなたがレニーシャを嫌ったままなら、この先ずっと同じようなことが繰り返されます」

「あたしたちは、ずっとそうやってきた」


 憤怒もなくまっすぐ見つめる先にはレニーシャが。

 レニーシャが小さく頷いたのを気配で感じ、コウタはこう返した。


「今度誰かと恋に落ちるのは、あなたの方かも知れないです」

「なにを」

「いままでだって誰かと恋に落ちてた可能性だってあります。あなたが記憶を吸ったっていうのが女の人だけなのって、そういう理由もあるからじゃないんですか?」

「あたしが? あるわけないじゃない。人族はただの素体。魔族は生殖が必要ないのよ?」

「ぼくは可能性の話をしてるだけです。だって」


 す、と女の懐に入り込み、左手で腰を抱き寄せ、


「こうやってあなたとぼくは触れ合うことができるんですから」


 耳元に優しく囁いた。


「ば、ばかにするなぁっ!」


 抱きしめられたまま女は両手を鋭利な刃物へ変質させ、コウタの背中へ突き立てる。


「これ以上、コウタは傷つけさせないから」


 命中するよりもはやくレニーシャが両手首を掴み、ぐい、と引き寄せる。女の上体が傾ぎ、コウタと頬が触れ合う。


「離せ!」


 暴れる女からレニーシャは手を離し、コウタ越しに女の背中を抱き寄せる。


「肌が触れあえれば心も近付きます。心が近付けば、きっと恋にだって」

「離せ! これ以上入ってくるなぁっ!」

「あたしだってあんたのことは嫌い。でも、これから百年以上一緒にいなきゃいけないんだからさ、少しは仲良くしよう?」


 そんなことあるはずがないのに、レニーシャに龍の力は無いはずなのに、彼女の胸元のペンダントが輝き始める。

 柔らかくて暖かな、春の日差しのように穏やかに。


「あなたが魔族の神で、この世界の創造主だって言うのなら、最初は、命の暖かさを知っているから、この世界をつくったんじゃないんですか?」


 そして、ヌェバから預かった龍の鱗もコウタの胸元で輝き出す。

 ふたつの輝きは三人を包み、白く輝いていたこの空間すらその輝きで埋め尽くしていく。


「あ、あたし、は……」

「そうでなきゃ、もっとはやくに壊してるはずです。経緯はどうあれ、雲鯨になっても世界を維持しようとしたのは、あなたが」

「やめて。そういうのじゃ、ないから」

「じゃあ」

「でも、思い出したのも事実よ。あたしは、魔族の神は理想の世界を造ろうとしてた、ってことを」


 もう女に怯えや怒りの色は見えない。


「この姿になって、あんたたちの青臭くて甘っちょろい心に触れてようやくわかった。思い出せた。あたしがどんな気持ちで世界を造ろうとしていたのかも」


 なぜそうしたのか分からないが、コウタは胸をなで下ろした。


「なに安心してるのよ。あんたがそいつと別れることは何も変わってないのよ?」

「分かってます。ぼくはレニーシャの気持ちが聞きたかっただけですから」


 はああ、と深い深いため息を吐いて、さも面倒くさそうに女は促す。


「じゃあさっさと言っちゃってよ。完全な雲鯨になれば、顔は見なくても済むんだから」

「……分かったわよ」


 雑に扱われて不満そうに睨みつつ、レニーシャはコウタの肩を掴んで振り返らせ、じっと見つめた。


 ─うわぁ、かわいいなぁ。かっこいいなぁ。こんなにじっくり見たこと無かったけど、うん、やっぱり顔もかっこいい


「ねえ、レニーシャ?」


 ─これからもっとずっとかっこよくなったりするんだろうな


「レニーシャってば」


 ─ずっと近くで見てたかったけど、しょうがないよね


「ねえレニーシャ!」

「わ、な、なに」

「考えてること、ぜんぶ聞こえてる」


 ひぇ、と誰が聞いても変な声が出た。


「ここは、思いを力に還る魔素が生まれる場所だからね。考えてることぐらい簡単に伝わるよ」


 女が、元の賢者が笑いを押し殺しながら説明する。

 見る間にレニーシャの顔が赤く染まっていく。それを見るコウタの顔も。


「あ、あ、あのね、コウタ」

「な、なに」


 いまさら怖じ気づいても仕方ない。レニーシャは顔を真っ赤に染めたままもう一度コウタに視線を合わせて言う。


「あたしもね、ううん、あたしの方がずっとずっと、コウタのことが好き。大好き。あとどれだけ時間があるのか分からないけど、さいごまでコウタの顔を見てたい」


 ぼくだって、と身を乗り出すコウタに首を振って、レニーシャは続ける。


「ありがとう、コウタ。さっきも言ったけど、何回言っても足りないけど、こんなあたしのわがままに付き合ってくれて、本当に、嬉しい。だから、もう……」


 言えなかった。

 さっきは言えたのに。

 目を合わせて言うことができない。


「レニー……シャ……」


 コウタも、どうすればいいのかは分かるが、それを実行に移すことができないまま、ふたりは潤んだ瞳で見つめ合う。

 涙が溢れ出したのは、レニーシャが先だった。

 そして、


「ああああああもう! いいわよもう!」


 苛立ちもあらわに元の賢者が叫ぶ。


「それ、あんたたちが付けてるペンダント、渡して!」



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